白い世界
森の出口――その先にあったものは、真っ白い世界。霧のようなものが多量に存在することで、エリアスの視界には直線上に存在するはずの霊木がほとんど見えていない。巨大な輪郭が見える程度であった。
そして、エリアス達が出た真正面に人の姿があった。それだけでエリアスは理解する。地底で観測していた人の形をした魔物。
その姿は、青い髪の中肉中背かつ、男性。エリアスとしては当然見たことはない。だが、
「ようこそ」
太い声が森の中に響く。そしてエリアスに続いて出た勇者オルレイトは、眉をひそめた。
「人間……? いや、違うな。魔物なのか……?」
「見たことはないか?」
エリアスの問いにオルレイトは頷き、
「そちらは、あるようだな」
「人の形をした魔物は東部で遭遇した経験がある。それこそ多大な犠牲者が出た。最後はどうにか倒したが」
「……その同質である魔物が、魔物の領域である霊木にいる、というわけか」
オルレイトの眼光が鋭くなる。状況は最悪――そう認識している。
そしてエリアス達が警戒したためか、勇み足で人の姿をした魔物へ仕掛ける騎士や勇者はいない。ただそれは霊木を警戒している意味もある。森を出てすぐにわかった。霊木の根元には、凶悪な魔物が控えている。
「歓迎するよ人間ども……とはいえ、帰ることはできないだろうが」
「……お前は、ここに本来いる魔物じゃないな?」
エリアスが問う。質問が返ってくるか不明であったが――相手は律儀にも答えた。
「ああ、そうだ。お前達が狙っているあの樹木……そこにいる魔物と話をして、罠を張ろうと思ってな」
「……お前がここへ赴き霊木の魔物と手を組む理由は何だ?」
エリアスはさらに問う。そこで相手は目を細めた。
「ずいぶんな言い回しだな」
「……不確定ではあったが、地底にお前のような姿形をした存在を観測している。それがお前と同一かどうかは確証などないが……人の姿をした魔物なんてものが何人もいるわけがない。もしいたら、北部最前線にも度々現れているだろう」
「確かに……少なくとも俺は、自分以外に似たような個体を見かけた憶えはほぼないな」
「ほぼ、か」
「……お前が想像している存在と俺が頭に浮かべている存在は同じかもしれないな。まあいい、俺がここへ来たのは、さすがにこれ以上領域を広げられると面倒だと考えたためだ。この辺りで人間の快進撃を止めよう……そう、決定した」
男が言い放った直後、霊木方向から獣の咆哮が聞こえてきた。それは明らかに霊木の主から発せられたもの――
「ここまで来た以上、相応のもてなしをすることになる……果たしてお前達に耐えられるか?」
「……やれるだけやってみるさ。ただ、もう一つ質問をさせてもらおうか。お前は人間と手を組んでいるな?」
それは傍から見れば根拠のない問い掛けだった。しかし男は、
「そちらが想像している意味合いと違うかもしれないが……交流はあるな」
「そうか、わかった……それだけ聞ければ十分だ」
「魔物の妄言を信じるのか?」
「信じるさ……別にお前が嘘を語る必要はないからな」
エリアスは男をにらむ。考え得る限り最悪の状況――ではあったが、決して犠牲が出ることを確定させたわけではない。
(……相手が律儀に返答したことで、時間稼ぎができたな)
会話を伸ばして、後方にいるであろうフレンに色々と準備をやってもらう――その目論見は成功し、いよいよエリアスが踏み込もうかと考えた時、森の中から魔力が発せられた。
「ほう?」
それは開拓に使用される結界魔法――それをより強力にしたようなものだった。途端、周囲に存在する白い霧のようなものが少しずつ霧散していく。
「面白い、こんな場所でまさか結界魔法なんてものを使うとは……有効な手立てではあるな。特性上かなり面倒な上、解除するのも難しい」
男はそう認めつつも、さらに言及する。
「だが、わかっているか? それは所詮こちらに少し重圧を掛けた程度だ。今から押し寄せる存在相手に、効果があるだろうか?」
「……結界はあくまで補助的なものだ。それに、僅かな変化であってもそれが勝機になったりもする。案外馬鹿にできるものではないぞ」
そうエリアスは言いながら、剣を構え直した。
「お前の相手が俺がやる。覚悟しておけよ」
「ずいぶんと強い物言いだな。先ほどの会話からすると経験があるようだが、容易く勝てるほど甘くないのは理解しているだろう――」
そう言った直後だった。突如周囲の魔力がさらに鳴動した。これもまたフレンの仕掛け――これに対し男は反応する。
「ほう? なるほど、面白いな……圧力がさらに強くなった、か。しかし、これでもどこまで影響を与えるのか――」
「十分だ。少なくとも、お前を倒すには」
エリアスが言う。それで男の表情が――消えた。
「自信があるようだが……まあいい、ならば身の程を教えてやるまで」
直後、男が動く――それと共に霊木から気配が多数迫り――決戦が、始まった。




