歴史を変える戦い
翌朝、エリアスはいつものように支度を整え出発の準備をした。外へ出ると既に討伐隊の面々の多くは準備を済ませ、出発するのを待っていた。
開拓を行おうと準備を済ませた騎士バートの姿も目に入った。エリアスは彼に近づき、
「おはよう、そっちの調子は問題ないか?」
「ああ、平気だ。今日は護衛の騎士と一緒に行くことになるが、彼らの方も調子は良いみたいだ」
バートはそう言うと、護衛を行う騎士へ目を向けた。
「ただ、少しばかりいつもと様子が違う……彼らも緊張しているのかもしれない」
「俺達が魔物の領域に踏み込むから?」
「ああ……北部最前線の開拓は、魔物の領域へ踏み込むようなことはあまりない……調査として精鋭の騎士が入り込むことはあるが、目的の場所にいる魔物を討伐する……なんてのは少なくとも近年ではなかっただろう」
「普段はない光景だからこそ、彼らも緊張しているのか」
「……この戦いは、間違いなく大きなものになる。この戦いの先に何が待っているのか、多くの騎士が気にしている」
バートはそう言うと、エリアスと目を合わせた。
「それが良い意味合いであることを祈りながら、俺はいつもと同じように作業をするさ」
「ああ、そうだな……さて、人も集まってきたが――」
エリアスは討伐隊の面々が全員集合したことを確認。そこで騎士バートも開拓従事者と護衛の騎士が集まったのを確認したようで、
「俺達は一足先に向かうよ」
「ああ」
バート達が動き出す。先んじて砦の門をくぐり、開拓場所へと進んでいった。
そしてエリアスは一度討伐隊の面々を一瞥。近くに勇者オルレイトとフレンがやってきたのを見て、口を開いた。
「……今日、間違いなく決戦となる。夕刻、砦に戻ってくることができたなら、その時点でおそらく開拓の歴史が塗り替えられる」
エリアスの言葉を、隊の面々も黙って聞き続ける。
「ただ、一つ言うことがあるとしたらそれはきっと、勝っても負けても……だ。負ければルーンデル王国における屈辱の歴史が刻まれる。勝てば、この討伐隊の功績は、歴史に刻まれることになると俺は思う」
「――つまり、それだけの価値があるということだ」
聖騎士テルヴァの声だった。目を向けると、彼が砦から出てエリアス達へ近づいてきていた。
「間違いなく、北部開拓最前線における最大の戦いになるだろう……魔物の領域は不確定な要素が多い以上は、必ず勝てるとは言いがたい……しかし、君達は間違いなく、完全勝利できるだけの力を持っている」
テルヴァの言葉に隊の面々は表情を引き締める――勝機は十二分にある。しかし、それは絶対的ではないし、最悪の可能性――それこそ、全滅すらあり得る。
「戦いの行方次第だが、私は紙一重の戦いになると考えている……聖騎士エリアスから聞いているとは思うが、彼は犠牲を最小に抑えるべく戦う。場合によっては彼が殿を受け持つこともあるだろう……私としては、一人でも逃げ延びることができるのなら、そうして欲しいと思っている」
テルヴァが言う――隊の者達が見せる表情は、一切変わらない。
「……指揮官としての言葉は以上だ。すまないエリアス、話の腰を折った」
「俺も似たような話をするつもりだったから問題ないよ……厳しい戦いが予想される以上、無謀なことはしないように……俺が指揮するし責任だって俺が負うつもりだが、もしもの時は、自分の判断で生き延びることを優先してくれ」
そこまで言うと、エリアスは小さく息をついた。
「……と、ここまでネガティブな話ばかりだったから、そろそろ前向きな話もしておこう。先日の魔物討伐で、敵の戦力は間違いなく減った。霊木の主が他に何か策を用意している可能性は否定できないが、それでも今回の戦いにおいて、大きな有利を得られたのは確実だ。魔物の領域へ踏み込んだ時、霊木の主は気付くと思うが……おそらく、道中での戦闘はそれほどないと推測される」
エリアスはそう述べた後、一度横にいるオルレイトへ目を向けた。
「……オルレイトは遊撃としての立場だが、何か意見はあるか?」
「いや、ない。戦線を維持できるよう、全力を尽くす」
「ありがとう……フレン、そちらは大丈夫か?」
「はい、用意については全て完了しています。後方支援役のメンバーも既に編成済みであり、魔物の領域内でも十二分に動くことができます」
その言葉を受けてエリアスは一度大きく頷いた。
「よし、それじゃあ――行くとするか」
告げて、歩き出す。そして隊員達はその後へ追随する。
砦を出て、迷うことなく開拓最前線へと向かう。全員が表情を引き締め、歴史を変えるかもしれない戦いに備えている。
そうした中でエリアスは、地底にいた『ロージェス』と名付けた存在のことを思い出す。もし、霊木の主と共にいたのなら――
(……俺達が用意した策が成功するか。生きるか死ぬかは、そこにかかっているかもしれないな)
そんな予感を抱きながら、エリアスは淡々と歩き続けた。




