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中年聖騎士は、気付かぬうちに武を極める  作者: 陽山純樹
第三章

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足らないもの

 資料室で行った資料探しは無事に目当てのものが見つかり、フレンは「今日中に確認をします」と告げ、やがて夜を迎えた。


 エリアスは食事を済ませ、眠る準備を行い、深夜になる前にベッドに入り目をつむった――が、気持ちが多少昂ぶっていたか、上手く寝付けなかった。

 よってエリアスはさてどうしようかと部屋にあった椅子に座り、ぼーっとすることに。


「……寝不足で万全の状態にならなかったら、それこそ笑いものだな」


 そう呟きつつ、エリアスはなぜここまで寝付けないのか考える。明日、いよいよ魔物の領域へと入る。エリアスは東部で危険度の高い魔物とも戦い続けていたが、魔物の領域へ踏み込んだことは数えるしかない。

 戦歴の長いエリアスにとっても滅多にない戦い。よって不安など、様々な感情が湧き上がってくる――寝付けない理由の一つはそれだった。


 体が緊張しているのだと思いつつ、エリアスはもう一つの理由を考える。隊の命運を自分が背負う――ここについては東部でも経験があった。

 けれど、今回は失敗すればそれだけで自分の地位だって脅かされるかもしれない――ただエリアスとしてはそこはあまり気にしていなかった。聖騎士という称号が剥奪されたとしても、東部に戻ればいいだけだ。


(今回得た色々な情報を基にして……武を極めるために鍛錬に励めばいい)


 そうエリアスは思う――懸念しているのは、隊の面々。勇者オルレイトを含め、間違いなく精鋭であるが、それでも全員が無事に生きて帰れる保証はない。


(……思った以上に、神経質になってしまったな)


 エリアスは心の内で呟きつつ、これが聖騎士テルヴァの影響なのだと自覚する。彼は犠牲をなくすことを第一に考えていた。その心情に触発され、エリアスとしても全員が無事に――という考えが強くなっていた。


(犠牲が出ただけでも、テルヴァの地位だって脅かされる、という点も緊張する理由になっているかな……)


 エリアスはそう考えつつ、改めて明日の予定を確認する。

 早朝時点でエリアス達は最前線へと向かう。そしてバート達が作業を始める中、エリアス達は魔物の領域へ踏み込む。


 霊木までは瘴気漂う森林が広がっているが、直線距離的には霊木までさほど遠くはない。瘴気があることに加え人が入ったことのない手つかずの森であるため、歩きにくさはあるだろうが――昼までには霊木へ到達することができるだろう。

 そして、霊木の主と戦うことになる――もしその場に『ロージェス』がいたとしたなら、同時に相手をしなければならないだろう。


(人間の形をした魔物……『ロージス』のような強さを持っているのなら、俺とオルレイトの二人でどうにか……いや、それでもさすがに厳しいか)


 以前『ロージス』を倒した際は、それこそ人間側が圧倒的な有利な盤面を気付いた上での戦闘だった。しかし今回は魔物達の本拠地であるため、地の利は相手側にある。


「不利な戦いを強いられるのは間違いないし、敵は自分達のテリトリーに入ってきた俺達を許すはずもない……間違いなく死闘になる」


 一応、フレンに思いついた対抗策を持たせたが、それがどこまで通用するのか未知数――とはいえ、敵の動きが多少なりとも鈍ってくれれば、それだけで大きな助けとなるのは間違いない。


(やれやれ、相手に有利な状況下かつ、対抗策も通用するかどうかわからない賭けだ……可能な限り準備はしてきたつもりだったけど、足らないものが多すぎる)


 ただ――エリアスはここで口の端に笑みを浮かべた。だからこそ、心のどこかでその戦いについて考えると、体の芯が熱くなった。


(不安もあるし、懸念も多数……けど、心のどこかで、この戦いを心待ちにしているような、そんな気分もある)


 相反する感情だが――それが自分なのだとエリアスは改めて自覚する。何もかも背負いながら、それでも武を極めるため、危険な戦いに身を投じる――『ロージス』との戦いは苦しさしかなかった。けれどその果てに、自分自身が強くなったという自覚もあった。


(今回の戦い……その果てに、俺は何を得るんだろうな?)


 そこまで考えた時、エリアスは睡魔を自覚した。色々と考えた結果、自分自身を見つめ直して緊張が薄れたらしい。


(……何より優先すべきは、犠牲をゼロにすることだ。それができるかどうかわからない。けど、最善を尽くしそれが果たされれば……俺は、聖騎士として何よりも代えがたい力を得たということを意味するだろう)


 武を極めた、と主張することはない。しかし、間違いなくその終着点へと近づくのは確実だった。

 そこでエリアスはベッドに入り、目をつむる。そこからはあっという間で、眠りに就いた。


 最後、エリアスが考えたことは――


(これが……俺だ)


 そう呟き、意識は沈んでいった。


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