違和感
勇者オルレイトと、熊の魔物との勝負は――まさしく、一瞬の内に勝負が決まった。
彼が握る剣に魔力が瞬時に収束すると、熊の魔物が攻撃を放つより前にその剣が炸裂した。エリアスの剣は純粋な魔力強化による一撃であるため派手さはないが、オルレイトの剣は光り輝き、熊の魔物に当たった直後、その体躯が光によって取り込まれた。
そして光が途切れ、熊の魔物は――体がボロボロになる中、ズウンとゆっくり倒れ伏した。
「あなたのように両断することも可能ではあるが、ここは私のやり方の方がいいだろう」
「剣を当てると同時に魔法により対象の魔物を滅する、というわけか」
エリアスが言うと、オルレイトは「そうだ」と同意した。
「私は剣に仕掛けを施すのが得意で、魔法を普通に放つよりもこういうやり方の方が性に合っている」
「……俺との戦いでは披露しなかったな」
「単純な力勝負であったことに加え、あれだけ高速で戦っていれば、さすがに魔法が自分に当たる可能性が高かったからな」
「意図せず、あなたの得意分野を潰していたか」
エリアスはそう言うが、オルレイトは小さく笑う。
「あの戦いで活用していても勝負が変わっていたかどうかはわからないな……さて、危険度の高い魔物を倒したが、ここから先はどうする?」
「俺達の役割は変わらない。今回ここへ来た目的としては、魔物が来た場合の迎撃だ……魔物を倒しきったら、騎士バートを呼んで開拓の続きをやってもらおう」
「……この道がさらに進んだら、かなり有利に戦うことができるな」
オルレイトの言葉にエリアスは「そうだな」と返事をしつつ、
「敵はさらに警戒するだろう……けど、これだけ魔物を倒せたら、敵もすぐに新たな魔物を生み出すことはできない……と思うんだが」
エリアスはそう推測を述べた時、脳裏に『ロージェス』のことがチラついた。
(俺達は目論見通りに戦えている……森の中にいる隊員達も問題なく戦えているし、最初の戦いは満足のいく結果ではある)
エリアスはそう考えつつ、今後の懸念を考察する。
(問題はここから先……いざ魔物の領域へ入った時、か。索敵を行う人によれば、気配をつかみにくくなっているらしい。ということは、こちらに情報を渡したくない……魔物の強さを調整して戦略を立てるような相手だ。絶対に、何かあると考えた方がいい)
そこまで考えた時、エリアスはオルレイトへ顔を向けた。
「そちらには遊撃をお願いしているが……問題はなさそうか?」
「ああ、私としてはやりやすい。ただ、前線に出て戦うというよりは、状況に合わせて動いた方がいいかもしれないな」
「……どうしてそう思う?」
エリアスが問うとオルレイトは鋭い視線を魔物の領域である森へと投げた。
「何か、違和感がある。霊木の主は、これで自分の兵が尽きた、と私達に教えたいように思えた」
――エリアスはそれを聞いて自身もまた同様の見解だと胸中で呟く。
「もっとも、それをする敵の目的まではわからないが」
「……かなり厳しい戦いになりそうだな。今回の迎撃で気が緩む人間だっているだろうし、一層警戒を強くするように言っておかないと」
エリアスはそう呟いた後、周囲に魔物の声がないことに気付く。
「どうやら戦いが終わったらしい……それじゃあ、一度戻るとしようか――」
怪我人などの確認を行った結果、負傷者はゼロであり、倒した魔物の数も前回襲撃とそれほど変わらない、という事実も把握した。
「敵はかなりのリソースを消費した、ということでいいのか?」
騎士バートが問うとエリアスは頷きつつ、
「そう考えてもよさそうだが……俺達に変化があったから、いきなり魔物を投入したというのも不思議な話だ。様子が変わったのであれば、まずは斥候とかを送ってもいいはずだ。二度目の襲撃前は、小さな魔物が俺達の様子を窺っていたわけだし」
その言葉にバートは「確かに」と同意しつつ、
「それじゃあどういう可能性があるんだ?」
「……戦力を見て、俺達がいよいよ霊木へ踏み込むと考えたのであれば、もしかするとあえて魔物を費やしたことで、今ならば手薄だろと誘っているのかもしれない」
「考えすぎのような気もするが……」
と、応じたのは話を聞いていた騎士ロムハ。
「そこまで霊木の主、というのは策謀を巡らせるのか?」
「魔物の種類や質、量を変えて俺達へ攻撃を仕掛けているんだ。多少なりとも知性を有し、戦略を立てることができると考えた方がいい。それに、索敵を行う者の話によれば、霊木周辺の情報が取りにくくなっているらしい。つまり敵は情報封鎖をしている」
「……そういったことに頭が回るというわけか」
説明にロムハも考え直した様子。他の隊員も表情を引き締めたので、エリアスはこれ以上言葉は必要ないな、と感じた。




