砦の夜
決闘を行った夜、エリアスは自室で眠っていたのだが――深夜になってふと目が覚めた。
なぜ、唐突に起きたのか――という疑問を抱きつつ、エリアスは暗闇の中であることに気付いた。
「……やれやれ」
小さくこぼすと、エリアスはベッドから起き上がった。そして寝間着からいつもの服に着替えて部屋を出た。
廊下は静寂に包まれており、それでいて外には見張りをする騎士の声が聞こえた。魔物の領域へ踏み込む討伐隊が砦内にいることから、人の数も増えているはずだが、さすがに深夜となっては寝静まっている様子。
その中でエリアスは淡々と歩を進め、やがて砦を囲う城壁の上へと到達した。そこに見張りをする騎士がいて、エリアスの姿に気付いたか声を上げた。
「どうしましたか?」
「ああ、すまない。ちょっと夜風に当たりたかっただけだ。城壁の隅の方でおとなしくしているから、気にしなくていい」
エリアスが言うと騎士は「わかりました」と応じ、立ち去る。そこでエリアスは魔物の領域が見える位置で座り込んだ。城壁の向こう側はひたすら漆黒が広がっており、月明かりはあるにしろ世界はまさしく夜に包まれ何も見えない状況であった。
空を見上げれば、月光と星がよく見える。標高が高いため、東部で見た星々と比べてずいぶんと数が多いように思えた。
エリアスはしばらく黙ったまま空を見上げていたのだが――やがて、隣にやってくる存在がいた。いや、それは実際にいるのではない――エリアスにしか見えない、幻覚だ。
「ずいぶんとまあ、感傷的な雰囲気じゃないか」
横にやってきたロージスが言う。エリアスは何も言わず、視線を漆黒の森へと向ける。
「勇者との決闘で思うところがあったのかい? それとも、今後行われる討伐に対し何か懸念でもあるのかい?」
「……全部だな」
小さく呟くと、ロージスは「なるほど」と声をこぼしながら笑った。
「君なりに色々と不安があるわけだ……というより、予感をしていると言い換えた方がいいかもしれないな」
ロージスはそこまで言うと、エリアスと同じ場所へ目を向けた。
「君はこう考えている……可能性としては低いが、人の姿をした魔物が……つまり『ロージェス』が、霊木の根元で待っているのではないか」
「……普通に考えれば、あり得ない話ではあるんだがな」
エリアスはそう呟くと、憎たらしい幻影へと目を向けた。
「お前のような存在がいるにしても、わざわざ地底から地上へ出てくるなんて、普通は考えられない。魔物にとってみれば地底の方が潤沢な魔力がある……地上に出て霊木の魔力を得ようなんて発想は、そもそもない」
「けれど僕は、地底から這い出てきた……そして別にどこからか魔力を得よう、などとも思っていなかった」
その言葉で、エリアスは再び視線を漆黒へとやった。
「……そうだな、ならば間違いなく最大の懸念事項だな」
「勇者オルレイトと戦い、何を思ったんだい?」
「……先に言っておくが、別にオルレイトの実力を目の当たりにして、失望したなどというわけじゃない。ただ、一つ……彼でもああいった技量であるなら、お前と似通った存在と戦いになった場合、厳しいと思っただけだ」
「なるほどね……可能な限り戦力をかき集めても、まだ足りないか。東部から戦力を引っ張るかい?」
「それも無理だし、昨日の時点で東部の情報を得た……向こうも現在進行形で戦っているらしいな。であれば、さすがに誰かを呼び寄せるのは難しいだろう」
それに、とエリアスは付け加える。例え誰かを呼び寄せるにしても、精々二、三人程度だろう。東部の連携は十人単位での戦術であり、そこから数人引っ張ってきてもあまり意味がない。
ただ、後方支援の砦にいた時は、持っている戦闘経験などから、一人でも来れば大きな役割を担っていただろうし、大きな助けになっていた。だが、現状では難しい。
(東部の強さは連携があってこそ……個々の戦力を重視した今回の討伐隊で真価を発揮することは、ない)
「さて、君は討伐隊をどうやって指揮していくのかな?」
ロージスが問う。それにエリアスは視線を送り、
「やるだけやってみるさ……お前もさっさと消えてくれ」
「話し相手になってあげようと考えただけなのに……ま、いいさ。なら、霊木における戦い……その結果を、楽しみにしているよ」
途端、ロージスが消えた。そこでエリアスは嘆息し、部屋に戻ろうかと歩き出そうとした。
だがその寸前、城壁の上にフレンが上がってくるのを見た。彼女はすぐにエリアスに気付き、
「あ、エリアスさん……どうしましたか?」
「フレンこそどうしたんだ? こんな夜更けに」
「今まで仕事をしていたので、少し夜風にでも当たろうかと」
「……あんまり根を詰めるなよ」
「大丈夫です。私にできることは後方支援だけですし、今は頑張らないと」
「……討伐隊にはフレンも同行してもらう。大丈夫か?」
「はい、わかっています」
彼女は即答。ついてくるなと言われても絶対に来そうな雰囲気であった。




