危険な賭け
「……今語った内容は、あくまで仮定に仮定を重ねた結果だ」
少し間を置いて、エリアスはさらに続けた。
「俺達の考えは深読みかつ誤りで、現状では開拓について評価はするが、もっと速度を引き上げろ、と不満を言ってきているというだけかもしれない。むしろその可能性の方が圧倒的に高い」
「……だが、最前線を預かる指揮官として、僅かな可能性であっても考慮し、可能な限り対策をしたい」
そうテルヴァはエリアスへ言う。
「しかも小さな可能性の話が……私達に破滅を呼び込むものであるのなら」
「けど……どうするんだ?」
「公爵に対し案を否定することはできない。政治的な権力は公爵の方が圧倒的に上だ。よって、公爵の案を飲むことは、申し訳ないが大前提となる」
「もし断ったら?」
「それを理由に私は更迭されるだろう」
「……最前線が混乱することは確定だな」
エリアスはそう述べた後、ならばと一つ提案をする。
「なら、そうだな……いっそのこと、公爵の言葉に乗っかるのはどうだ?」
「乗っかる、とは?」
「二度、霊木の主による襲撃があった。けれど俺達は迎撃し、相手はすぐに立て直すだけの魔物を生み出すことはできていない様子……なら、距離はあるにしても霊木の主を打倒するタイミングとしては、悪くないと思う」
「……つまり、討伐隊を編成して一気に畳みかけるということか?」
「ああ。もちろん、それが非常に危険な動きであることはわかる」
肩をすくめつつ、エリアスは話す。
「場合によっては『ロージェス』だって出てくるかもしれない……それを踏まえると、どれだけ犠牲が出るのかわからない……大変な戦いになるのは確定だ」
「……公爵からそれを指示されても、私は反対する気でいる。さすがに危険すぎる、と」
「そうだな……だが、例えば聖騎士である俺が発案したとすればどうだ? 例え討伐に失敗したとしても、責任を全部俺に押しつければ、少なくとも北部最前線の指揮官が替わることはないんじゃないか?」
「……それは」
テルヴァはエリアスを見据える。
「あなたが責任を負う、ということか?」
「もし提案に同意してくれるなら……ああ、犠牲を出さないように立ち回るつもりではいるよ。最悪の想定をした上で、可能な限り準備を行う。場合によって退却の必要性があるなら、俺が殿を買って出る」
「あなた自身が、命の危機に晒されるぞ?」
「大きな戦いなんだ。誰かがそのくらいはやらないと」
エリアスの言葉にテルヴァは押し黙った。
「……こんなやり方はテルヴァの本意とは異なるかもしれないが、俺は北部の最前線でも認められるくらいの実力がある。なら、個人の力を活用した無茶な作戦だって、あってもいいはずだ」
「そうした役目を担ってもらうというわけではなかったが……」
「ああ、そこはわかっている。わかった上で、俺は今提案している。俺の行動で政治的な立場が危うくなれば、遠慮なく切ってもらっていい」
「どうしてそこまでの無茶を?」
テルヴァが問う。それにエリアスは苦笑と共に語る。
「……もし『ロージェス』が絡んでいるとしたら、俺は東部からの因縁がある。それに自分の手で決着をつけたいというのが理由の一つ。もう一つは、東部の実情を王都に報告する上で、この上ない好機だということ」
「好機……?」
「作戦に成功すれば、今までにない功績を得る。それは間違いなく、俺の発言力を大きく高めることになるだろう……それこそ、俺の出自的なハンデを覆すほどに、な」
「功績を得たいというあなたの目標にも、今回の一件は使えるというわけか」
「ああ……もっとも、失敗すれば発言どころの話ではなくなるけどな」
「極めて危険な賭けだ。それに、無茶なことをしなくともあなたの目標はここで仕事をしていれば、いずれ果たすことができるはずだ」
「そうだな」
エリアスは同意する。とはいえ、引き下がるつもりはなかった。
「……なぜ、そうまでして?」
「別に意地になる必要性はないんだが……今後、俺自身仕事が楽になる方法は何かと考えたら、あなたがずっとこの場所にいてくれた方が何かと良さそうだと思ったから、かな。それと、東部にまつわる話はいずれ解決できるとしても、早期に解決できるならそれに越したことはないし」
テルヴァはそれでも首を縦に振ろうとはしない。だが、その目が少し揺らいでいるのをエリアスは感じ取る。
「……色々とここから調査して、さすがに難しいとなったら他の手を考えるが、公爵を帰らせるためには提言をしておくべきだろ? 危険なのはわかっているが……」
「……どちらにせよ、公爵の意見に乗らなければならないのは事実だ」
そうテルヴァは諦めたように呟くと、エリアスへ向け頷いた。
「わかった、あなたの意見を採用しよう。ただ、討伐には入念な準備が必要だ。それに相応の戦力も」
「忙しくなりそうだな」
エリアスが言う。それにテルヴァは小さく笑い――彼は、今回の提言を受け入れたのだった。




