魔物の戦術
エリアスは森へと再び移動して警戒に当たる。相変わらず小さな魔物が人間の領域を監視している様子だったが、襲撃してくるようなことはなかった。
(俺達の攻勢を見て退却した魔物がいるが……そうした魔物が一挙に襲い掛かってきたら面倒なことにはなるな)
まず負けることはない。だが、負傷者が出るかもしれない――犠牲者が出ることを考慮に入れれば、警戒を緩めるわけにはいかない。
「……報告です」
そこで後方から声が。振り返ると男性騎士が一人。索敵魔法を行使する魔術師からの連絡だ。
「攻撃を仕掛けていた同一の魔物達は霊木周辺に戻りました」
「移動している気配はない?」
「はい。それに加えて元々霊木周辺にいた魔物にも動きはありません」
「完全に防衛モードに入ったな……たぶん俺達に襲い掛かっても返り討ちにされるだけだから、ひとまず守りを固めることを優先した」
「新たに魔物を生成し、再度攻撃するまで閉じこもっている、というわけですか」
「ああ、それで間違いない」
騎士へ返答した後、エリアスは霊木がある方角を見据える。
距離があるため霊木周辺の気配をつかむことはできない。だが、ただよう瘴気の奥で明らかに大きな気配があることだけは理解できる。
(……もし、霊木を一気に制圧するのであれば、魔物が少なくなり、情報を得られた今の状況でやるのがベストだろう)
エリアスは胸中で現状を考察し始める。
(今日、索敵を行ったことは霊木の主は認識した。最初に熊型の魔物を撃退した後、今日みたいに数で押し通そうとしたことを踏まえれば、また新たな戦術で仕掛けてくるかもしれない)
今回は撃退したが――次に今日の反省を踏まえた攻撃を仕掛けてきたらどうなるか。
(霊木周辺の守護も、索敵魔法により手の内が看破されたと考えたら、変更するだろう……問題は態勢を整えるまでにどのくらい時間を必要とするのか。これが短期間であるなら、より霊木周辺の動向を観察し、動き方を考えないといけないが……)
そう考えた時、エリアスは小さくかぶりを振った。魔物の数が減ったことで逆に攻撃を仕掛ける、というのは戦術的には正しい。だが、エリアス達が行っていることは霊木にいる魔物を討伐するのではなく、開拓だ。
(……霊木周辺の動きを確かめながら、少しずつ開拓を進めていく、か。地道ではあるが、テルヴァもそうした選択をとることになるだろうな)
そもそも彼は短期間で戦いを終わらせようとはしていない。あくまで少しずつ、切り開いていくように開拓を進めようとするだろう。
(俺達は霊木にいる魔物を警戒しながら、領域を広げていく……その内に魔物が先んじて仕掛けてくるかもしれないが――)
そこまで考えた後、エリアスは周囲を見た。森の中で警戒を行う騎士達がいる。
(今以上に霊木へ近づいた段階で、戦力をさらに増やすことになるだろう……とはいえ、霊木まではまだまだ距離がある。当面はこの状況が続くだろうな)
それはつまり、警戒をし続ける必要があるということ。
(……肩が凝りそうだな)
ストレスが溜まりそうなので、何か解消法を見つけるべきだろう、などとエリアスは考えたのだった。
その後、予定通りの作業を進めて索敵魔法による調査から始まった作業は終了した。
エリアスは最後に索敵魔法を行使していた魔術師から話を聞く。テルヴァにも報告するため、彼の所へ行けば話を聞くことはできるのだが――
「霊木の主について、姿は確認できたか?」
エリアスの問いに魔術師は頷きながら、一枚の紙を差し出した。
それは綺麗に描かれた一枚の絵。絵心が皆無であるエリアスから見たら思わず「おお」と声を上げてしまうほどのものであり――そこに描かれていたのは、一頭の狼。
「大きさは通常の狼の数倍……神狼とでも呼称するべきでしょうか」
「これが霊木の主、というわけか……こちらを観察し、戦術を立てるだけの知性を持っている以上、長い付き合いになりそうだな」
「現状、霊木周辺にいる魔物の数は減っています。当面、こちらに攻撃してくる可能性は低いと思いますが……」
「問題はこの魔物がどのくらいの速度で魔物を生成できるか、だな。熊型の魔物を倒した後、戦術を変えたわけだが……減った魔物をどのくらいの速度で回復できるか。それによって、今後の開拓スケジュールが大きく変わりそうだ」
もし、明日にでも魔物の数が戻れば――
(霊木の力を活用できるのであれば、そういう可能性もゼロじゃないんだよな……最初の襲撃から少し期間が空いたのは俺達を観察していたからと考えたら、やり方を変えてどんどん攻撃してくる可能性もある)
「ま、何にせよ明日だな。明日の開拓が順調に進めば、少なくとも当面動きはないかもしれない」
「明日も、同じ布陣で動くよう報告しに行った際に進言しておきます」
魔術師が言う。エリアスはそれに頷き――この日の作業は終了した。




