戦線維持
「現在、霊木周辺から魔物が押し寄せています。ただし、現在進行形で魔物が生じている気配はないとのことです」
近くにやってきた騎士の報告を聞いて、エリアスは小さく頷いた。
「つまり、倒し続ければいずれ状況は改善すると」
「はい、ただもし魔物が新しく生じるようでしたら……」
「さすがに戦い続けるのは危険だな。よって、退却も視野に入れる必要がある」
エリアスはそう呟いた後、騎士へさらに尋ねた。
「索敵によって霊木周辺の状況は明確になったのか?」
「ある程度は。しかし、全てを解明するにはもう少々時間が必要だと」
「わかった。ならその作業が終わるまでは戦い続けよう。索敵を行う者にそう報告してくれ。作業が終了次第、次の指示を出す――ああ、それと何か変化があれば都度連絡を、と伝えてほしい」
「わかりました」
騎士が去る。そこでエリアスは周囲に叫んだ。
「このまま戦線を維持する!」
呼応するように騎士達が声を発し応じた。それと共に、森にいる騎士達の迎撃速度が増していく。
彼らはまだ余裕がある様子であり、エリアスも彼らに触発されてさらに魔物を倒していく。霊木のある方角からなおも断続的に魔物が押し寄せてくるが、その全てをいなすことができている。
なおかつ後方についても問題はなく、質より量という作戦も対処することができそうだった。
(とはいえ、さすがに油断はできないか……)
エリアスは次の一手がないかを警戒し、魔物と切り結ぶ。個体の能力は全てが同一であり、強い個体というのは現れていない。
(そういった戦略を立てるほどの知能はない? いや、大量の魔物を差し向けるという作戦を立てただけの考えはある。何かしら謀略の一つや二つ仕込んでいてもおかしくはないと思うんだが……)
エリアスの思考は次第に魔物との戦いよりも霊木の主がどのような策を用いてくるか――それに集中するようになった。
(このまま魔物の数が減り続ければ当然、霊木の主は対処法を考える必要がある。もし何か手を打つとしたら、もうそろそろ動かないとまずいはずだが――)
さらに押し寄せる魔物達。だが、それに対しエリアス達は数を減らし続け、やがてエリアスの目にもやってくる魔物の数が少なくなり始めたことがわかる。
(いよいよリソースが尽きてきた……さて、どう動く――)
その時、後方から騎士の報告が。
「索敵、完全に作業終了しました」
「何か変化はあるのか?」
「霊木周辺の魔物については、そのほとんどが移動し、こちらへ向かってきています。残っている魔物もいて、危険度も高いようですがそうした魔物が接近してくることはありません」
「……霊木を守護する存在か。それらもまとめて来たらさすがに退却するしかないが、魔物側としても使いたくないってことか」
もしそれらを使うと、霊木周辺の守りが手薄になるとしたら――
(魔物を生成できるにしても、多少の時間は掛かるのか? それと、もし霊木を守護する魔物が動かせないとしたら……霊木の主自身の能力はそこまで高くない、のか?)
胸中で推測をしつつ、エリアスはなおも魔物を倒し続ける――この時点でエリアスは魔物と距離があっても魔物の能力を把握できるようになっていた。
(能力を判断できるようになったが、過信はできない……が、やはり襲い掛かってくる魔物は全て同一の能力だな)
エリアスは周囲にいる騎士達へ目を向ける。彼らは襲い掛かってくる魔物を注視しながら、その能力を確認し戦っているのがわかる。
(彼らも油断なく能力を見極め続けている、か……これなら魔物を完全に倒しきるまでもちそうだが――)
そう考えた時、新たな変化が。後続からやってくる魔物が突如動きを止めた。エリアスは間近にいた個体を倒し、動かなくなった魔物を見据える。
「……さすがに、まずいと判断したか?」
エリアスが呟くと同時、残る魔物は背を向けて霊木の方角へと走り去っていった。
「こちらが戦い続けるかの判断をする前に、向こうが根を上げたか」
「魔物が減り続けた結果、消耗具合でまずいと思ったのでしょうか?」
報告をした騎士が問う。それにエリアスは頷き、
「さすがに倒した数が数だからな……おそらく今日のところは来ないだろう。もし来るとしたら、おそらく危険度の高い魔物を先頭に襲い掛かってくるだろうな」
エリアスの言葉に騎士は少し緊張した面持ちとなる。
「まだ警戒の必要は……」
「もちろん、ある。ひとまず森を出て結界魔法を仕込んでいる場所まで戻るとしよう」
エリアスは言うと、周囲にいる迎撃の騎士達へ手で戻るように促す。彼らはそれに首肯し、後方へと足を向けた。
「……作業を再開するかどうかは騎士バートと話し合いをしないといけないな」
そう呟いたエリアスもまた、後方へと歩き出す――迎撃は成功した。だが霊木方向の森は、どこまでも人間を拒絶するかのように瘴気を漂わせていた。




