霊木の主
その日の作業は滞りなく終了し、朝から時間を掛けた分だけの木を切り倒し、バート達は撤収を行った。
一方でエリアスは魔物の領域を警戒し――結局、昼以降魔物が現れることなく剣を抜くこともなかった。
「順調ですね」
結界魔法の作業を終えたフレンがエリアスへ近づき声を掛ける。
「開拓のペースとしてはそれなりのようですが、魔物が発生していない分だけ作業ペースは早いみたいです」
「そうか……フレンの方はどうだ?」
「結界魔法の構築手法もしっかり学びましたし、迷惑を掛けることはないかと思います」
「わかった」
「……何かありましたか?」
口数が少ないと感じたか、フレンが問い掛けた。それにエリアスは首を振り、
「いや、警戒に集中していたためか、肩に力が入ってしまって思った以上に疲労している」
「魔物の動向を常に観察しないといけませんから、仕方がないかと」
「とりあえず今まで以上に疲れたから、砦に戻ってすぐに休みたいな……まあ、報告はしないといけないか」
エリアスはそう言いつつ、一度魔物の領域が広がる森を見る。
気配を探るが、魔物の姿はない。それを確認した後、エリアスはバート達と共に砦へと帰還した。
フレンへ語った通り、実際に疲労はある。だが、それ以上に気になることがあったためエリアスの口数が少なかった。
それを説明するため、エリアスはテルヴァの部屋を訪れる。
「何かあったようだな」
「バートにも説明はしていないんだが……」
「まず私に、というわけか。内容は?」
「今日は危険度一程度の魔物が、かなり魔物の領域をうろついていた。どうやら俺達のことを観察し、情報を取ろうと画策していたと考えられる」
「魔物が……?」
「ずいぶんと組織立った動きをしていた」
その言葉にテルヴァは目を細め、少し身を乗り出しエリアスへ問い掛ける。
「強い魔物を迎撃したことで、霊木周辺にいる魔物が斥候を……ということか?」
「その可能性が高い。おそらく弱い魔物なら瘴気もあって勘づかれないと判断したのかもしれない」
「つまり霊木にいる魔物は、状況に合わせて配下を動かしている、と」
「ああ」
「人の形をした魔物、か?」
「かなり知性が高いのは認めるが、人の領域までいくかと言われると、微妙だと俺は思う。東部でも魔物を使い分けて動く魔物はいた。ただその個体は、少なくとも危険度が三以上はあったが」
「……先日出現した魔物のことを考えると、危険度四以上は確定かもしれないな」
「霊木周辺を気配で探ってみたが、かなり魔力が大きい魔物の気配は捉えた。形までは不明で、より詳しい索敵魔法が必須だろう」
「そうか……数などはどうだ?」
「現時点では不明だ。でも、思った以上に頭数は少ないかもしれない」
そう返答したエリアスは、さらに自身の見解を語っていく。
「これはあくまで可能性の話なんだが……霊木周辺にいる存在、言わば霊木の主とでも言うべき魔物は一体で、完全にその魔物によって制圧されているのかもしれない」
エリアスの意見にテルヴァは沈黙する。
「そして斥候を送り、俺達の反応を窺った……もしかすると、俺が霊木周辺の情報を取ったことを相手方が気付くと、何か反応があるかもしれない……そんな風に考え、俺はあえて斥候の魔物に対し気付かないフリをしていたんだが」
「そうした反応も、霊木の主は気付いていると?」
「あくまで可能性だが」
「もしそれが真実であるなら……例え人の形をした魔物でなくとも、厄介極まりない。しかしそれはある意味、こちらとしては朗報と言えるかもしれない」
「倒すべき相手が絞られるからな」
「現段階では色々な情報を基に推測している部分もある……まずは、あなたの推測が真実なのかどうかを確認すべきだな」
「具体的にはどうする?」
「……本日の開拓で、霊木へある程度距離が縮まった。魔法陣を用いた索敵魔法を行使すれば、霊木周辺の状況を精査できるだろう」
「ということは――」
「地底を調査している人員を派遣し、霊木周辺の状況を把握する」
「ただし、その動きは霊木の主も気付く」
「それによってどう反応するか……魔物が来る可能性を考慮し、迎撃する人員も用意しよう」
――もしかすると、本格的な戦闘になるかもしれない。
エリアスはそう言おうとしたが、テルヴァが視線でそれを制した。わかっていると暗に語っている。
「……多少なりとも、リスクを取ることになるぞ」
「そうだな。とはいえ、いつかはやらなければいけないことだった……そのタイミングが、今になったというだけだ」
テルヴァはそう語る間に、決意が固まったのかエリアスへ明言した。
「数日以内に霊木周辺の調査を決行する。そして、霊木の主……その詳細についても、しっかりと把握しよう――」




