果てのない作業
テルヴァと会話をして以降、エリアスは騎士バートと共に開拓を進めることとなった。
仕事を始めて当初は魔物が出現し、その撃退なども行ったが、それ以降は魔物が姿を現すこともなく、少しずつ目標である霊木へと歩を進めることとなった。
熊の魔物が出現した際、霊木に近しい場所を開拓したことで魔物の縄張りに入った――という懸念をしていたのだが、結果から言うと魔物が逃げたかそれとも縄張り確保を諦めたか――どちらにせよ、交戦することはなかった。
「……とはいえ」
エリアスは一つ作業を終えた時、魔物の領域である森を眺める。どこまでも鬱蒼と茂る森。漂う瘴気は相変わらずであり、仕事によって確実に人間の領域を広げているはずだが、まったく進んでいないようにも思えてしまう。
「果てのない作業だな」
「ああ、まったくだ」
エリアスの呟きに近くにいたバートが応じた。
「俺もやり始めた当初、同じ事を思ったさ。これだけの範囲を開拓し広げるなんて、無茶もいいところだと」
「……そもそも、人間の領域より魔物の領域の方が世界的に見ても広いんだ。果てしない事業であるのは当然なんだが、それでも最前線に来る前はあっという間に終わりそうなものだと考えてしまっていたな」
「作業は地味で、一日に進める距離なんてほんの少しだからな……ま、作業の安全性を無視すればもっとやりようはあるんだろうが」
「さすがに開拓で多数の人が犠牲に、みたいなやり方は賛同しないな」
エリアスはそう応じつつ森から目を離した。自身の後方には、これまで開拓を進めてきたことによる、清浄な空気と大地が存在していた。
「霊木まではまだ距離がある……幸いながら魔物の動向も落ち着いているし、今のうちに距離を稼いでおきたいところかな?」
「それが望ましいが、ここから開拓ペースは遅くなるぞ」
バートは応じつつ、魔物の領域である森を眺めた。
「ここから先はさらに森そのものが深くなる……森自体を切り開いていく必要性が出てくる」
「木を伐採するってことか……そういう装備はあるのか?」
「もちろんだ。今日のところは結界を構築する作業だったから必要な装備は持ってきていないが、ここからは結界を構成するチームと、木を伐採するチーム、そして周辺を警戒するチームと役割分担をして行動していくことになるな」
バートはそう語ると魔物の領域に対し背を向けた。
「今日の作業はこれで終わりだ。明日はここまで進んできた場所の確認を行い、安全が確立された段階で森の伐採に入る」
「かなり大変そうだな……」
「森の中を進んでいくわけにはいかないから仕方がないさ。それに霊木へ到達するには、どうしたって道がいる……それと、森を切り開く作業はこれまでとは違って大きな危険が伴う。ここまで魔物はおとなしくしていたが、さすがに森自体が破壊されるとなったら、魔物としても黙ってはいないだろう」
「森に手を入れたら魔物が襲ってきた、という事例があるのか?」
「ああ、というよりほぼ確実に」
エリアスは「なるほど」と一つ呟きつつ、思考する。
(ここまでは足場固めで、むしろここからが本番といったところか)
「よって、明日からは明確に役割を設定して仕事をしてもらうことになる」
「ちなみに俺は?」
「魔物の警戒を」
当然か、とエリアスは思いつつ、
「もし魔物が来た場合は迎撃するのか?」
「魔物の数などを考慮する必要性がある。危険度の低い魔物であるならさすがにそのまま作業を続行するけど、もし凶悪な魔力を保有する個体が出現したら、退却も視野に入れる」
「現場判断で選択するのか」
「そうだ……魔物の警戒を行う面々は、その判断の見極めも重要になってくる」
バートは言うとエリアスへ視線を送る――戦歴と経験から、そうした判断をしてほしいということらしい。
「……仮に警戒の役目を担うとしたら、俺の判断で退却するかどうかの裁定を行っていいのか?」
「手順を踏むのであれば、砦に報告して判断を仰ぐ……という流れだが、魔物を前にしてそんな悠長なことも言っていられないからな」
「それもそうだな……」
「よって、判断そのものはあなたの考えでいい。これまで俺達に見せてきた戦いぶりから考えて、あなたの判断であれば他の騎士達も従うはずだ」
彼の言葉に、周囲にいた騎士達はうんうんと頷いた。同意するらしい。
(……なかなかの大役だが、おそらくこれまでは騎士バートがやってきたんだろうな)
しかし、今回エリアスにその役目を――彼は話していないが、もしかすると判断を見誤り危険な状況に陥ったりなどしたのかもしれない。
(魔物の見極め、瞬間的な判断は経験がかなり重要だろうからな……)
「わかった、その役目、頑張ってみるさ」
エリアスが応じる。それにバートは「頼む」と一言告げ、今日のところは撤収準備を始めたのだった。




