恩義と憎悪
「簡単に言えば、この国に対する恩義と、憎悪だ」
憎悪――そんな言葉が聖騎士テルヴァの口から出るとは思っていなかったため、エリアスは驚いた。
「恩義……というのはなんとなく想像できるが、憎悪? なんだか相反している感情のように見えるが……」
「まず恩義については、そう難しい話ではない。開拓を進めたことによって、俺は幼少の頃命を救われた」
「……開拓によって得られた資源で、か」
「そうだ。私は幼少の頃病弱だったのだが、その病を治したのが魔物の領域に自生していた薬草だった」
「なるほど、な。将来、開拓によって救われる命がある……そうした事実を実体験から得られていることから、国に尽くそうと」
「そうだ」
「なら、憎悪は何だ?」
「憎悪、と言っても人間相手ではないよ。魔物に対してのものだ」
「魔物……か」
どういうことなのかはエリアスにもおおよそ想像できた。話したくなければ話さなくてもいい――そういう意味合いの視線をエリアスは向けたが、テルヴァはさらに続けた。
「最前線にいるのであれば、こういう事例もあるという話だが……将来を誓い合った騎士がいたんだ。けれど開拓の途中で、帰らぬ人となった」
「……その騎士、テルヴァがここにいるから残り続けたのか?」
「ああ、その通りだ……幾度となく思うよ。どこかで後方支援として異動してくれないか、と言っていれば、今も彼女は隣にいたのではないか、とね」
テルヴァはそこで力なく笑う。
「だがまあ、これは終わった話だ。私にとっては陰鬱になる話だが……いや、だからこそ開拓最前線だからといって、犠牲が出ていいなどという話にはしたくない。この砦にいる騎士達は、様々な思惑がある。けれど一人一人に家族がいる……私を蹴落とそうとする人間がいたとしても、犠牲になってはいけない……そうはさせまいと、ルールを策定した」
「……厳格なルールは、テルヴァの経験から来ていると」
「そうだ……しかし、ルールで縛っても限界がある。地竜のように、私達が策定したルールなど破壊してしまう凶暴な存在が、魔物の領域にはいる。そしてこの場所は、そうした魔物ともっとも戦う可能性が高い。万全を期したとしても、それを上回る何かが、確実に魔物の領域にはある」
テルヴァの言葉にエリアスは頷く。同時に思い出すのは、多数の犠牲を伴いながら討伐を果たしたロージスのこと。
「そうした中で、打てる手は打っておきたい……たった一人で戦局を変えることができる人材。それは犠牲を大きく減らすことができる要因となる」
「……俺も犠牲が少ないやり方を望むし、テルヴァのやり方については同意するよ。ただ、俺が出てきたことによって反発を生む可能性は考慮しておいてくれよ」
「ああ、そこは問題ない」
自信を持って頷くテルヴァ。彼の表情からエリアスは言葉通り大丈夫なのだろうと考え、話を変えることにした。
「今後『ロージェス』に対抗するための手段だが……」
「まずは地底から出てくる可能性を検証する必要があるだろう。さすがに地底調査というのはこの砦の人員ばかりでやるだけでは時間も掛かるため、後方の砦から人員を多少なりとも引っ張る予定だ。無論、表向きの理由としては地竜討伐後の地底がどうなっているかの調査だ」
「人が増えれば問題が起きる可能性もあるが……ま、テルヴァの方針なら大丈夫か」
「ただ、地底調査はまだまだ手法が確立していない。地竜の時のように思わぬ形で地上に出てくる危険性も否定できないため、最大限の注意は払う……が、ロージェスについてはどれだけ警戒しても意味はなさそうだな」
「まあ、な……おそらく知性を持ち、俺達の動向を観察しているのなら、最大限俺達にとって嫌な状況で攻撃を仕掛けてくるだろうな」
「……犠牲をゼロに、というのは厳しいだろうか?」
「理想ではあるし、実現するために戦力を尽くすべきなのは間違いない。ただ、それでも相手が相手だ。覚悟はしておいた方がいいだろう」
エリアスの言葉にテルヴァは少しくらい顔を見せた後、
「……わかった、心構えはしておく」
「俺もできるだけのことはやる。でも、確実なことを言うことが難しいほどの相手だということは、理解しておいてくれ――」
そうエリアスが言った時、部屋の外から鐘の音が聞こえてきた。
「これは……」
「魔物だ」
テルヴァが端的に言った直後、エリアス達は弾かれるように部屋の外へ出た。
そこで、騎士メイルが駆け寄ってくる。すぐさまテルヴァへ報告を行うと、
「わかった、騎士達には警戒態勢を敷くように伝達を」
「はい!」
騎士メイルは走る。そこでエリアスは、
「状況は?」
「霊木シュレイの方角から、複数体の魔物を観測し、砦に接近しているらしい。それなりに大きい個体であるため、動向を観察し攻撃してくるのであれば迎撃しなければならない」
「早速俺の出番か?」
エリアスが問う。テルヴァは一度見返した後、
「……まずは魔物の確認といこう。ただ、手を貸してもらう可能性が高いかもしれない」
「俺はいつでも戦えるから大丈夫さ。それじゃあ、急ぐとしよう」
言葉と同時、エリアスとテルヴァは走り出した。




