地道な作業
霊木が存在する途中、人の手が入っていない場所に到達した瞬間、エリアスは目を細め森を見た。
「なるほど……な」
森からは瘴気が漂い、異様な雰囲気が存在している。おそらく周囲に魔物はいない――はずだが、茂みの奥に大量の魔物がいるのでは、と感じてしまうほどに空気が重い。
「東部ではこういった場所はなかったか?」
バートがエリアスへ尋ねる。
「開拓はしないからな……基本的には人間の領域にやってくる魔物を倒していただけだから」
「なるほど、魔物の領域に足を踏み入れることはなかったと」
バートは応じた後に騎士にいくらか指示を出す。それによって複数の騎士が散開した。
「作業内容は二段階に分けられる。一つは周辺の瘴気を取り払う。その後、結界魔法でここが人間の領域であるとマーキングを行う」
「それで魔物が近寄ってこなくなるのか?」
「そうだな。無論、開拓が進んだ場所にも魔物が出現することを踏まえると完全ではないが……魔物の視点からすると、見たことも感じたこともない気配が漂っている場所が突如出現し、警戒して近寄らない、といったところか」
「……今までの環境が激変したら、魔物だって戸惑うよな」
話をする間にも、騎士の一人が魔法を使用した。風を発生させる魔法らしいが、魔力を伴っているためか森の中に存在していた瘴気が取り払われていく。
次いで他の騎士が地面へ魔法を使用する。それこそ結界魔法だろう――やがて作業を終えると、バートは周囲を見回した。
「この辺りは終わりだな」
「もう作業は終了か?」
エリアスが問うと、バートはニヤリとした。
「ああ、この場は。ただし森の中へ踏み込めばすぐ瘴気が滞留している場所に辿り着くし、少し横へ移動すれば瘴気が立ちこめる場所に辿り着く」
エリアスは左右を見た。森が広がっている地点においては、濃い瘴気を確認することができた。
「こういう地道な作業を土地に繰り返して、少しずつ支配圏を広げていく……北部最前線は魔物と日々戦う場所だと想像してやってきた騎士は地味な仕事に戸惑うケースもあるな」
「平和的でいいと思うけどな」
エリアスが感想を述べる。それにバートは意外そうな顔を見せ、
「好戦的かと思ったが、そうではないんだな」
「平和的に人間の領域を広げられるなら、それに越したことはないだろ……俺は武を極めるという目的はあるけど、だからといって魔物が大量に発生してくれなんて思わないし、むしろこういう目標はあれど戦いがない方が良いと思っているさ」
「そういう人間の方が最前線は適性があるから、優秀な隊長になれるな」
「それはどうも……次はどうするんだ?」
「この周辺で同様に魔法を使用し、少しずつ結界魔法を使用して領域を広げる」
「森に存在する瘴気は少ししたら戻るだろ? それはどうするんだ?」
エリアスは瘴気が取り払われた正面の森を見る。その間にバートが答えを提示した。
「調査により魔物の領域に存在する瘴気の発生源は三つあることがわかっている。一つは魔物自身から。二つ目が樹木自体。そして三つ目が大地から。この中で、一番瘴気を発するのは大地からだ」
「……そうか、結界魔法によって瘴気の発生そのものを防ぐのか」
「正解だ。魔物が闊歩し、その影響を受けた植物や大地が瘴気を発するようになっているんだが、その中で大地の瘴気を結界魔法で抑え込めば、やがて樹木が瘴気を発することはなくなる」
「そうして瘴気を少なくしていき、支配領域を広げる……か」
本当に地道な作業だ、とエリアスは思う。それと共に時間が掛かり、それでいて着実な進展がある方法だとも思った。
(これが北部における開拓……か。王都からすれば牛歩かもしれないが、確実に開拓を進めることができる方法ではあるし、北部はこうやって開拓をされ続けてきた)
その結果、人々の支配領域が増えつつある――と、ここでバートはエリアスへ視線を送った。
「少しずつしか進めないしが、こういった作業によって最近大きな成果を得た」
「それは?」
「数年前に開拓した場所に鉱脈を発見した。現在は開発が進み、稀少な鉱石が採れるようになった」
「開拓の成果か」
「ああ、そうやって資源を得られるようになった場所も多い……だからこそルーンデル王国は開拓を止めないし、言わば魔物の領域を新天地と考え、騎士を多数投入して開拓を継続している」
「新天地か……」
瘴気が濃く、魔物が存在する領域だが――多量の資源が眠っているとなれば、国は見過ごすわけにはいかない。
さらに言えば、町や村と魔物の領域が隣接し続けるのも問題ではある――人間の支配領域を広げ、開拓最前線に多数の騎士を配置することで、魔物の脅威から人々を守っているという解釈もできる。
(この場所は、国にとってはなくてはならない存在というわけだ)
「それじゃあ、作業を進めていくぞ」
エリアスが考える間に、バートはさらに騎士達へ指示を出した。




