騎士の剣
バートの剣術は、これまで連勝を重ねていたエリアスにとってもかなり重いものだった。衝撃がかなり大きく、刃がかみ合うと同時に火花すら散るほどの勢いがあった。
(これが、最前線で戦い続ける騎士の剣か……!)
エリアスはその重みを実感しながら、バートの攻撃に応じていく。
剣術そのものは正道かつ王道。小細工など一切なしの真っ直ぐなもので、それでいて衝撃の重さから正面から挑む以外にはない圧力を感じた。
(魔物と戦うにしても真っ直ぐすぎるが……)
エリアスはそう思いながらバートの剣をいなす。彼は攻め立て続けているがその全てに対処できている。
そうした状況を周囲の騎士はつぶさに理解しているようで、バートの攻撃を受けてもビクともしないエリアスの動きに驚嘆の声が上がる。
対するバートは――まだまだこれからだ、と言わんばかりに余裕の表情。
(まだ奥の手があるか?)
エリアスは推測しながら、どんな技が来てもいいように余力を残しつつバートの剣を弾いた。そして反撃に転じたが、相手はそれを見事防ぐ。
一進一退の攻防――ではあるが、攻めの姿勢はバートの方が強く、エリアスは防戦という形に終始する。周囲にいる騎士達の目から見れば、猛攻を仕掛けるバートに対しエリアスが迎え撃っている形だ。
苛烈な攻めにエリアスが防戦一方――という風に見ることもできたが、真実は大きく違う。それは戦っている当事者がわかっている。時間が経過するごとに、エリアスは何も変わらないのに対し、バートの表情が少しずつ変化し始める。
どれだけ攻め立てても、まったく変化がない――焦燥感が募る状況であり、少しでも気が緩めば反撃を許す――バートはそこまでわかっているとエリアスは表情から理解する。
そして、エリアスは動きを見極めつつあり、反撃の糸口を見つける余裕まで得られる。時間がさらに経過すればどのような結末になるかは火を見るよりも明らかであり、だからこそバートはさらに火を噴くように攻め立てた。
この時を逃せば、必敗の状況になる――そう思い決断した攻勢だったが、それでもエリアスはビクともしなかった。
「っ……!」
バートが呻く。突き崩せそうな気配すらない、という状況であり、タイムリミットは近いと思ったことだろう。
だからこそ、彼は突如距離を置いた。一向に剣を当てることができない状況により、態勢を立て直そうとした。
ただ、ここまでの攻防でバートの呼吸が乱れている。さすがに肩で息をするようなレベルに到達してはいなかったが、それでも彼自身相当な魔力を費やし勝負を仕掛けていたのは明白だった。
(……頃合いだな)
エリアスはそう心の中で呟くと、足を前に出した。バートは即座に反応した。来る――剣を構え迎え撃つ。
そして今度はエリアスの攻勢が始まった――が、それは先ほどのような長い戦いにはならなかった。短時間ながら全力を注ぎ魔力を消耗したバートに対し、エリアスは連戦連勝という状況ながらなお余裕があった。
エリアスの剣が幾度となくバートの体を掠める。両者がどういう状況なのか、周囲にいる騎士達は克明に理解しただろう。勝負はもう間もなく終わる――誰もがそう感じたいに違いない。
エリアスの剣を、一度バートは受け損ない動きが鈍った。まずい、と彼は表情と共に危機を感じ取ったが、それの対処はできなかった。
刹那、剣が弾き飛ばされた。バートの手から離れた剣は地面に落ち――審判を行う騎士が、エリアスの勝利を宣言した。
周囲の騎士達が沸騰し、中には戦いについて分析しようと考え込む者までいた。やや混沌した状況の中、エリアスはバートへ向け口を開く。
「魔力の消耗が激しかったみたいだな」
「……防御が固くて、色々試行錯誤していたのが理由だな。しかし、ここまで崩せないとは……地竜討伐で活躍したこともあるが、テルヴァさんが注目するわけだ」
エリアスはここで、自身のことを彼がどう考えているのか気になったが――結局、尋ねることはしなかった。
「確認だが、俺の実力は北部の最前線に見合うものなのか?」
「十分過ぎるだろう……あなたのような人物が調査に加わってくれれば百人力だ。明日以降、活躍を期待しているよ」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。俺は魔物の領域についてわからないことも多いし、調査の際にはそちらの指示に従うつもりだから、存分に使ってくれ」
その言葉にバートは頷き、中庭を去った。そして残されたのは観戦していた騎士達。
興奮冷めやらぬ中、エリアスは後方から近寄ってくるフレンに気付いて振り向いた。
「エリアスさん、お疲れ様です」
「お疲れ……成果は上々かな?」
「はい、問題なく北部最前線で動ける立場にあるかと」
「うん、フレンの目から見てもそうなら何一つ問題はないだろう……と、本来なら連戦だったし休むところだが、もう一つ確認しておこう」
「それは?」
フレンが聞き返すと、エリアスは笑みを浮かべた。
「魔物の領域について……俺達の目で一度確認しておこうじゃないか――」




