自分の役割
着任初日、砦内を見て回り所属する騎士や魔術師と話をして――翌日、聖騎士テルヴァは今後の方針を発表した。
「隊を二つに分け、一方は開拓を進め、もう一方は地底への調査を行う」
そう表明しても反発はまったくなかった。最前線では地竜が出現したこともあって、むしろこの方向性は当然だろう、という見向きが強かった。
そこからはエリアスが驚くほど理路整然と部隊の編成が始まった――着任してまだ二日目であるエリアスは編成について言及することはできず、テルヴァが行う仕事ぶりを眺めるだけとなった。
そしてすぐに一つ気付いた。騎士達が自発的に自身の役割を述べ、そのほとんどで誰からも異論が出ない。それが意味することは、
(彼らは自分の役割が何であるのかを完璧に理解している。自分はどちらの隊が適しているのかを、誰に言われるまでもなく理解できている)
編成した隊について異論を唱える者もいなかった。結果として編成は驚くほど進み、昼前には作業を終えることになった。
(……北部は権力闘争を行っている場所でもある)
そうした光景を見ながらエリアスは心の内で呟く。
(けれど、この北部最前線は、そうした争いがあるにしても、開拓を進める上では誰もが平等の関係でで、自分にやれることをやっている……犠牲を出さないように、そして開拓を進め国を発展させるために)
「さすがですね」
ここで作業を眺めていたフレンが言及した。
「誰がどういう仕事をすればいいかを理解した上で、隊を編成している」
「そうだな……むしろ俺みたいな人間が混ざって大丈夫なのか、というくらい理路整然としているな」
「こういう風にしなければ、生き残れないということでしょうか?」
「というより、これはたぶん聖騎士テルヴァの方針なんだろう」
フレンが目線でどういうことか問い掛けてくる。そこでエリアスは、
「おそらく内心ではどう出世するか、とかそういう政治的な思惑だって持っているかもしれない。聖騎士テルヴァはそれを認識しつつ、ある程度は受容し、その上で仕事を振り分けている。適材適所を是とし、出世したいのであれば、まず自分の仕事を果たし開拓に貢献しろと」
「……聖騎士テルヴァが行う指揮の結果というわけですか」
「逆に言うと、このくらい指導力がなければ、開拓を進めるのが大変ということなんだろうな」
エリアスの言葉にフレンは小さく首肯した。
(――俺には絶対に無理な話だな)
同じ聖騎士ではあるが、平民出身かつ目指す場所が個の力を極めるということを掲げている以上、聖騎士テルヴァのような指導力を発揮することは不可能だとエリアスは断じる。
自身の武力を見せつけ、信頼を勝ち取るという方法はある。だが、それで全員がついてきてくれるとは思えない。むしろその実力に対し妬みを抱いた者が、邪魔立てする可能性すらある。
(テルヴァのバックボーンなんかは知らないけど、これだけの人を引き寄せるだけの何かを持っている……そして当人は犠牲を出さないように、開拓を進めている。完璧な人格者かつ、当人は無欲な雰囲気を出していることも、かなり大きいか)
聖騎士テルヴァに対し評価をしていると、やがて隊がまとまり今後の打ち合わせが始まった。それに参加した方が良いのだろうか――そんなことをエリアスが考えた時、聖騎士テルヴァが近寄ってくるのが見えた。
「作業は一段落だ。そちらはどうする?」
エリアスは一度彼と視線を重ねる。そして、
「とりあえず開拓をする隊に加わろうかと思う」
「わかった。隊を率いる者にそう伝えておく。出発は明日だ」
「……一人も取りこぼさず、完璧に騎士や魔術師をまとめ上げているな」
「このくらいは最前線の指揮官として過ごせば、誰にでも可能だ」
「謙遜だな……例えばの話、俺では絶対に無理だろ」
エリアスの言及に対しテルヴァは「そうか?」と言わんばかりに小さく首を傾げた。
「そんなものか?」
「大変なことをしているという自覚がないのか……?」
「先代の砦の主も、こんな風に指導していたからな……人の能力というよりは、最前線だからこそ、ルールを制定しどんな人間にも遵守させる……それを徹底しているからこそだろうな」
「人による能力ではなく、敷いているルールが重要だと」
「そういうことだ。無論、それを遵守させるには相応の実力は必要になるが」
(やっぱり俺にやるのは無理だな……まあ、彼の椅子を奪い取ろうなんて気は微塵もないけど)
エリアスは心の中でそう呟きつつ、
「出発は明日から、だな? なら今日のところは……」
「よければ訓練に付き合ってもらえないか? あなたの実力から、打ち合ってみたいと思っている騎士も多い」
「ああ、いいぞ」
その言葉にエリアスは頷く――剣を通して騎士のことを理解するチャンスだ。
「ただ、どこまで評価してもらえるか――」
「普段通りの実力を出せば問題はないさ」
そうテルヴァに言われつつ、エリアスは訓練を始めるべく準備をする騎士達へ視線を送ったのだった。




