惨劇を防ぐために
――エリアスは、過去の情景を思い起こしながら最前線の砦を出た。時刻は夕刻前だが、強化魔法を使えば日が沈むまでには帰ることができる。
「情報によって、聖騎士テルヴァがどう判断するか……ですね」
横にいるフレンが言う。エリアスは首肯しつつ、
「ロージスについて一通り説明したが……テルヴァ自身は他にはない情報だとして真剣に聞いていた。人の形をした魔物というものがどれほど危険かは認識してくれたみたいだし、きちんと対応はしてくれるだろう」
「……エリアスさんは、今回の件をどうお考えですか?」
フレンは問う。ロージス――もしや因縁の相手が復活しているのではないか――
「俺は別の個体だと考えている」
そうエリアスは語りつつ、自身の見解を述べる。
「ただ、無関係とも思えない……ロージスは人をベースにした魔物だが、他にも人の姿をした存在がいないとも限らない……いや、魔物の領域が人間の領域より大きいことを考えると、むしろいる方が自然だと考えてもいい」
「私達が戦ったロージスはそうした魔物の一体だと」
「そうだ。とはいえ、いたとしても魔物全体からすれば非常に希少だとは思うぞ。数が多ければ人間の領域にやってくるケースだって相応に多いはずだが、魔物の領域と接する北部でも見たことがないとすれば、数は本当に少ないんだろう」
エリアスはそこまで語ると、静かに気配を発しながら、
「東部のような惨劇は繰り返さない……同じ事を、北部で起こしてはならない」
「犠牲を出さずに、というわけですね……しかし相手が相手です。できるのでしょうか」
「俺達には情報がある。加えて、危機感を覚える聖騎士が対策に乗り出すのなら、十分可能性はある」
「……そもそも、人間の姿をした魔物。それが牙を剥くのでしょうか?」
「おそらくは、攻撃を仕掛けてくると思う。でなければ、地竜を地上に寄越したりはしないだろう」
エリアスの言及にフレンは押し黙る。
「聖騎士テルヴァもそこを懸念して俺を北部最前線へ異動させたいということだろう」
「……私達がロージスを打倒できたのは、可能な限り準備を行ったためです。しかも、相手が罠に入る形でした。今回の敵もそうした状況に持ち込めれば可能性はあると思いますが……」
「今回は難しいかもしれないな」
「どうしてそう思うのですか?」
フレンの問い掛けに対し、エリアスはさらに考察を語っていく。
「東部では、魔物が出現するルートがある程度特定できていた。よってロージスがどこから出てくるか予想できたし、その全ての場所に対応策を施すことができた」
「確かに、監視もできていましたからね……」
「だがこの北部ではそれができない……というか、先日の大猿の魔物みたいに、予想外の場所から魔物が出てくる危険性があることを踏まえると、人間の形をした魔物がどこから現れるか……様々な可能性があるため、万全の態勢にできるか怪しい」
エリアスの指摘に対しフレンは小さく頷く。
「そういえば、私が得た情報……貴族から討伐指示を受けた方々が独自に調べているという情報については……」
「地竜討伐の際には、特に影響がなかった。ここについては幸いだが、もしかするとそれによって予想外の場所から新たな魔物……ひいては、人の形をした魔物が地上に出てくる危険性もある」
「……そうした地上への入口を、敵は全て把握しているのでしょうか?」
「不明だが、魔物は魔力に敏感だからな。地上へ繋がる道だってすぐに判別できる、と考えた方がいいだろう」
「となれば、状況的に危険ですね……」
「地竜をけしかけるくらいだからな。次はより凶悪な魔物だって現れる……あるいは、実際に地上に出てくるかもしれない」
エリアスはそう言及した後、聖騎士テルヴァのことを思い返す。
「聖騎士テルヴァが危機感を持っているのは、人の形をした魔物がすぐにでも地上に出てくるかもしれない、という点を懸念してのことだろう。俺としてもそこは同意するし、対策はすぐに始めるべきだとは思うが……」
「どこから地上に出てくるかわからないという事実を踏まえると、対策はかなり広範囲に及ぶのでは?」
「そうだな。かといって、後方支援の砦の人員を動員したとしても、完全な対策というのは不可能だろう。そもそも東部ではロージス専用の対抗策として様々な罠を準備していた。北部でそんな罠を設置することはできないし、そうした技術を持っている人も少ないだろう」
「……対策が困難、加えてどこから出現するかわからない。その状況下で犠牲を出さないようにするためには――」
「いっそのこと、例えば俺なんかが囮になるというやり方……おびき出して、罠に掛ける以外にはないだろうな」
「……難しいですね」
率直な感想をフレンは述べる。エリアスはそれに首肯しつつ、
「最前線の砦でできることは限られるだろうし、俺達の異動が決定した際に改めて相談という形かな。ま、聖騎士テルヴァの様子から話は一気に進むだろう。俺達はひとまず、異動の準備をしておくとしようか――」




