ある戦いの記憶
エリアスにとって人の形をした魔物――名を『ロージス』とした存在は、脅威であり不倶戴天の敵であった。ロージスがルーンデル王国東部に出現してから、数々の騎士が倒れた。エリアスの援護をしていた魔術師や、同じ年に兵士となった同期。果ては幾多の戦場を共にした親友――そういったかけがえのない仲間達が、ロージスによって奪われていった。
「――やれやれ、君の執念はなかなかのものだな」
エリアスの脳裏に、ある記憶が蘇る。時折、まぶたを閉じれば押し寄せる光景。それはロージスと行った最後の戦い。自分が死ぬか相手が滅びるか――そういった覚悟を決めた、最終決戦。
そこは東部に存在する渓谷の底で行われた。東部の騎士団はロージスが地底の奥から現れたのを確認し、可能な限り準備をした。極めて厄介な存在は、定期的に深淵の世界から顔を覗かせて破壊するだけして帰って行く。だが、騎士団も馬鹿ではない。いつ何時来ようとも迎え撃つべく様々な策を用意していた。
その中で、エリアスは全ての戦場でロージスと相対した。そして、その時行われた戦いでは可能な限り準備をしていた策が全てはまり、多数の魔物と共に押し寄せたロージスを孤立させることに成功した。
「思えば、僕が姿を現した時も君が先頭に立っていた。そして僕を追い始め、今こうして追い詰めている……策略が実ったという形だけど、果たして滅ぼすことができるのか?」
「黙れ」
エリアスは端的に応じる。この時は、目前にいる最大の脅威に対し限りない警戒を行い、心理的な余裕はほとんどなかった。
エリアスの背後には共に戦う騎士や魔術師がいる。加え渓谷の上では結界を構成する人員がいて、フレンもその中にいる。結界によってロージスを閉じ込め、その内側で今まさに決戦を行う状況。
それに加え、ロージスの周囲には魔物がいない。これは分断に成功した結果だった。谷底にいるロージスを捉え、可能な限り準備を行った策略が成功。引き連れていた魔物を倒し、結界の外へ追い出し――相手は孤立した。
さらに言えば、結界は特殊なもので魔物なら弱体化するはず――だがロージスはそうした効果をまったく受けていないように思える。
「ふむ、この状況ではさすがに逃げの一手……と、言いたいところだけどさすがに厳しいかな?」
ロージスは後方を一瞬だけ見る。エリアス達とは向かい合っており挟撃しているわけではないため、逃げようと思えば逃げられる。結界という障害は存在しているが、ロージスであれば破壊することは十分可能――
「……ここまで仕掛けを施すとは、さすがに僕も暴れすぎたかな?」
ロージスは言う。結界は破壊をすればさらに罠が発動するようになっており、ロージスはそれを明確に気付いている様子。
「思えば、十年くらいは活動しているからね……ま、執念の果てがこれなら、僕も少しはやる気を出さないといけないかな」
呟きつつ、ロージスの気配が濃くなる。エリアスの目からは、湧き上がる禍々しい魔力により、人の形をしているにも関わらず、巨大な化け物のように見えた。
「君達からすれば、千載一遇の好機……ではあるけれど、この戦いに敗北したら、最早再起不能になるかな? どうやら、相当な戦力を傾けているし」
エリアスは一歩前に出た。するとロージスは微笑を浮かべ、
「もしかして君一人で挑もうとしているのかい?」
「……お前は囲い込もうが壁際に追い詰めようが、意味はない」
エリアスは、淡々とロージスへ言う。
「もっとよりシンプルな戦法……それも、可能な限り計略を施した上で、だ」
次の瞬間、エリアスが立つ地面に魔法陣が浮かび上がる。それによってエリアスの体に魔力が取り巻き、身体強化を施していく。
「大地の魔力を利用した強化魔法か。でもそれは前回の戦いでもやらなかったっけ?」
「もちろんこれだけじゃない。こんな策が成功するのかと疑っていたが……気が向くままに、昼だろうが関係なく地底からやってくるお前に助けられた」
その時、地底に日差しが降り注いだ。渓谷の真上、真昼を迎えた太陽が、渓谷の谷底にほんの一時、日の光を注ぐ。
その瞬間、周囲の魔力が膨れ上がった――結界の効果が、太陽の光を受けてさらに増幅された。
「……ほう、これは」
「ここまですればさすがに、お前も手痛いだろう?」
「確かに、体がずいぶんと重くなった……が、これは僕を仕留める策じゃない。弱体化させただけでは、勝てないよ?」
「……さて、どうかな」
可能な限り弱体化を施し、限界まで強化する――エリアスは呼吸を整える。あとやれることは、命を賭して目の前の標的を倒すだけ。
「今日限りで、終わりだ……ロージス」
「いいだろう、なら僕も、存分にやらせてもらおう」
弱体化の効果をものともせず、ロージスはさらに気配を濃くする。同時、互いが互いを滅するために――死闘が始まった。




