観測した魔力
「この砦の人員で、地竜に関する調査を行っていた……時間軸としては、聖騎士エリアスが大猿の魔物を倒した直後くらいだ」
聖騎士テルヴァの言葉を受け、エリアスは小さく頷く。
「地底内を調べていたわけだな」
「そうだ。最前線には地底へ繋がる洞窟も存在するが、この場所であれば、例え地底から出てきたとしても対処はできると踏んで、索敵魔法によって地底を調べていた」
「そうして地竜を発見した……というわけだな」
「そうだが、問題はここからだ」
そう述べるテルヴァに、エリアスは首を傾げた。
「問題……?」
「調査を行っていた魔術師は大きな魔力を見つけ、それが地竜であると判断した。結果から言うと正解だったのだが、最初相手は動かなかった」
「動かなかった……警戒していたのか?」
「その可能性が高い。大猿の魔物みたいに魔力に反応するかと思ったが、そうではなかった」
「しかし地竜は地上に出たよな?」
「ああ、地竜という存在を観測し、どう討伐するかを考えてたんだが……ある日、というより地竜が出現した日だな。突如、動き出した」
「……何か動き出す理由があったのか?」
「少なくとも索敵魔法は使用していたが、それまで動きはなかった。だが、魔法を使用していた魔術師は、地竜が動き出す直前に何かしら別の魔力を観測したと言っていた」
「別の……魔力?」
眉をひそめ聞き返すエリアスに対し、テルヴァはさらに話を進める。
「その魔力は間違いなく魔物ではあるが……その個体が地竜と接触した瞬間に、地竜が動き出した。一体どういう理屈なのか……魔物に触発されて地上に出た……という推測もできるが」
「地竜が実際に地上へ出たのは何かしら原因があるみたいだが……その詳細は謎だと」
「そうだ」
「話は理解できたが、その話と俺をここに呼んだのは何か関係があるのか?」
「……東部にも、地底へと繋がる洞窟が存在するだろう。加え、あなたには二十年以上の戦歴がある」
「地底の魔物と戦い続けた俺に、謎の心当たりがあるのかというのを聞きたかったのか」
「ああ……といっても、この情報だけではさすがに判断がつかないだろう。地竜が地上に出るまでに観測した情報を、可能な限りまとめた資料がある」
そう言うとテルヴァは騎士メイルへ目配せした。彼女は小さく頷くと、会議室の端においてある棚から、資料を取り机の上に置いた。
「魔術師が観測した情報だ。一番不可解なのは、接触した魔力……その存在の形だ」
エリアスは資料に目を通す。それは地竜の動向を観測した記録であった。
地底の洞窟を調べ始め、地竜と思しき存在を見つけ出し、常に監視をしていた。その内容は非常に分かりやすく、専門的な知識がなくとも内容を理解することができた。
エリアスはここで該当部分の資料に目を向ける。地竜が地上に出現した当日、地竜に接触した魔力に関する情報。
それは不可解であったためか、より詳細な情報が記載されていた。魔力濃度を始め、保有する魔力とその大きさから姿形までもが推計され、なおかつ観測できた範囲で魔力の値が記されていた。
その文面を目でなぞっていた時――エリアスは動きを止めた。
「……フレン」
そして名を呼びフレンへと資料を渡す。彼女は受け取ると該当部分に目を通す。そこで彼女は、
「これは……」
「何かあるのか?」
テルヴァが問う。それにフレンは顔を上げ、
「地竜に接触した魔力について、これは間違いありませんね?」
「ああ、そこは魔術師も間違いないと語っていた」
「で、あれば……私達は似たような存在と遭遇した経験があります」
フレンの言葉にテルヴァと騎士メイルは一度互いに目を合わせ、
「その魔物について、詳細は?」
「ただ、その魔物は既に討伐しています。同一個体である可能性はないでしょう」
「だが、似た魔物がいたんだな?」
フレンは一度エリアスを見る。そこでエリアスも気づき彼女と目を合わせた後、
「……ああ、俺達は遭遇し、討伐を果たした」
「ならばわかっていると思うが、魔術師が得たデータから基づくと……地竜と接触した存在は、明らかに人の形をしている。これはつまり、人間の姿をした魔物ということでいいのか?」
「そうだな……俺達が戦ったのも、人の形をしていた。だがそれだけじゃない。そいつは人と同じく思考し、策略を練るだけの能力を持っていた」
エリアスの言葉にテルヴァは目を見張る。
「知性……獣の本能ではなく、理性を保有する敵か。にわかには信じがたいが……」
「北部にそういった魔物が出現した記録はあるのか?」
「いや、ない。しかし東部にはあるようだな」
「ああ、そうだな……その魔物は、東部の戦力が一丸となって戦わなければいけなかった。それこそ、犠牲者も多数出た」
テルヴァ達の表情が厳しくなる。そこでエリアスはさらに語る。
「そいつは東部で『ロージス』という名称を付けていた……人のように喋り、俺達と会話をすることもできた、異形。そして魔物を率いることができる存在でもあった……魔物の王を自称する、最悪な敵だった」




