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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第四部02 ガードナーの反乱
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火蓋を切る (1)


近衛騎士の選定試験を観覧するマリアは、久しぶりにドレスを着て城へ来ていた。

聞けば男ばかりの試験会場らしく、女の自分が一人で……というのは体裁が悪いような気がして、ウォルトン副団長に同伴を依頼した。副団長は快諾し、マリアを伴って選定試験が行われる中庭へ案内してくれた。


「ウォルトン候。もしやついに、近衛騎士への入隊を決意してくださったのですか?」


すらりと背の高い青年が、副団長に親しげに声をかける。

王国騎士団と近衛騎士隊というのは仲が良くない印象であったが、青年からは副団長への敬意を感じられた。


「残念。今日は美貌の公爵のお供さ。彼女が推薦した男が、この試験を受けるものでね。近衛騎士隊の実力がどんなものか、冷やかしに来たというのもあるが」

「あなたが見に来てくださったのなら、あまり無様な試合はできませんな。部下にも発破をかけておきましょう」


そう言って笑う青年は、非常に感じが良い。

美しい公爵に紹介を、と青年はマリアを見た。


「すまんすまん。オルディス公。こちらはウィリアム・ガードナー。近衛騎士隊副隊長だ。ガードナー伯爵の娘婿殿でな。実力は確かだぞ」

「初めまして、オルディス公爵。隊長より公爵のお話はうかがっております。男顔負けの、肝の据わった御方だと。隊長は貴女のことをとても気に入っているようです」

「恐れ入ります」


ガードナー隊長とは、個人的な面識があった。

ほんの短い間手を組んでいただけの相手で、それ以降はあまり接点がなかったのだが。彼の中で良い印象として残っているのなら有難い。


副隊長はマリアにも感じ良く丁寧に挨拶をして、集合した受験者たちのもとへ行った。

マリアが誰を推薦したのかは聞かなかった。礼儀正しく、公平な青年だ。


「実子よりも優秀そうな御方ですね」


皮肉も込めてマリアが言えば、副団長も笑う。

ガードナー隊長の実の息子も近衛騎士であるが、はっきり言ってマリアの中での印象はよろしくない。実力……は、ともかく、騎士にしては短慮な男に見えた。


「ガードナー隊長は長い間、息子に恵まれなくてな。ほとんど諦めていたんだ。それで娘にはしっかりとした婿をと彼を選んだ。男児が生まれても、ガードナー伯爵家の次期当主は彼のままだ。それだけでも、いかに優秀な男かわかるだろう?」


マリアは頷いた。

ガードナー隊長も騎士としては潔い人だ。息子の愚かさを嘆き、親子ほど年の離れたマリアにも頭を下げるぐらい、器も大きい。

その彼が息子可愛さに実力を見誤ることなく娘婿を当主に指名しているのだとしたら、近衛騎士は隊長も副隊長も真っ当な人物ということになる。

……それだけに、実子の不出来さが気の毒でならない。


「僕が思うに、チャールズ王子に近づけたのが良くなかったな。ガードナー隊長としては、騎士として王子に上に立つ者の自覚を促す役目を果たすことを期待して選任したのだろうが……残念ながら、息子のスティーブは父親の意を正しく理解していなかった。選民思想の強い王子にすっかり感化され、親衛隊に選ばれた自分は特別だと思い上がっている」


辛辣な評だが、それは事実だとマリアも思った。


にわかに中庭が騒がしくなる。親衛隊の近衛騎士を引き連れ、チャールズ王子がやって来た――しかも女連れで。


「ここが近衛騎士隊の選定試験会場。あれが受験者――あいつらと現役騎士が戦い、その実力を計るというわけだ」

「はあー、皆さん、お強そうですね」


独特のエンジェリク語で相槌を打つ少女は、明らかにこの場に相応しくない雰囲気をまとっている――いや、いっそこの王城に相応しくない。


少女が話しているのはエンジェリク語だが、発音が、城に出入りする人間のそれではない。

エンジェリク語は、その発音で相手の身分の高さがあらわれる。上流階級のエンジェリク人と、下町で暮らす平民のエンジェリク人では、その違いがはっきり出るほどに。


もちろん、平民であっても貴族並みの発音を身に着けている者はいる。例えばホールデン伯爵などは平民だが、貴族に混ざってもまったく違和感のない発音だ。


つまり、生まれがどうであっても、高い教養があれば身に着けられるものなのだ。

彼女は、その最低限の努力すらしていない人間……。


そして話す言葉以上に……見た目からして、彼女は異質だ。

可憐な容姿であるのに、ゴテゴテしたドレスが彼女のその良さを台無しにしている。はっきり言えば、ドレス選びのセンスがない。ただ派手で豪華に見えるだけ、むしろ安っぽさすら感じるドレスだ。

……誰が選んだんだ、あんなの。


「チャールズ殿下。そちらの少女は何者ですか」


チャールズ王子から少し遅れて中庭に到着したガードナー隊長が、騒がしさに顔をしかめている。

見覚えのない少女に、冷たい視線を送っていた。


「彼女はモニカ・アップルトン男爵令嬢だ。この試験にスティーブが参加すると聞いて、ぜひ応援したいと彼女が言っている。それで観覧に来てやったのだ」

「観覧について、私は殿下から何も伺っておりません。その少女のことも」


ガードナー隊長が厳格な態度で遠回しに断れば、チャールズ王子が露骨に不機嫌な表情になった。


「ウォルトンも女連れではないか!あの男は認め、この僕を認めないとはどういうつもりだ!」


短慮に怒鳴るその姿は、かつてのスティーブ・ガードナーの浅はかさを彷彿させる。

なるほど。たしかに主人の影響を受けているようだ。


「彼女は選定試験の関係者です。本日の受験者に彼女が推薦した者がおり、結果を見届けたいと事前に申し出がございました。女性の彼女が、王国騎士団のウォルトン副団長に同伴を依頼するのは、特に問題のないことかと」


ブレイクリー提督だったなら、出自もよく分からん小娘と、仮にも近衛騎士隊と同格である王国騎士団の副団長を一緒にするなドアホ、と言い捨てただろうか。

さすがに王子相手ではもう少し穏便な言い方を……いや、どうせ言っても分からないと思って無視を決め込んでいたかもしれないな。


「王子の僕が、わざわざ足を運んでやったのだぞ。恭しく膝をついて出迎えるべきだろう」

「……私、このままだとあれと結婚させられるのですよね」


小さな声で、隣に立つウォルトン副団長に話しかけた。

あれに奪われるのは勘弁してほしいなぁ、と副団長が言った。


「王太子の座が目前のものになって、少しは自覚が出たかと期待していたのだが……。勘違いぶりに暴走がかかっているようだ」

「ガードナー隊長も真面目に説教などせず、さっさと見捨てればいいものを」


選定試験は、部外者の立ち入りを禁じてはいない。事前に申し出ておけば、誰でも観覧は可能だ。実際、マリアはあっさりと観覧を許可されている。

近衛騎士の実力を披露する場でもあるのだから、本来なら王子の観覧は歓迎されるはず。

隊長が眉をひそめるのは、王子の物言いがあまりにも隊長の面子を潰しているからだ。


度量の大きいガードナー隊長だから穏便な説教で済ませているのであって、王子並に気の短い高位の貴族であったなら、怒り狂っているところであっただろう。

……チャールズ王子は、たかだか王子でしかない自分に、どれほどの権威があると勘違いしているのだろうか。


「だめですよ、殿下。お年寄りには優しくしないと」


見かねたように、供の少女が王子をたしなめる。

だがそのずれた内容に、マリアはがくりと転びそうになった。


自分より年齢も身分も遥かに上のガードナー隊長を年寄り扱いというのも失礼極まりないが、王子の高慢さを咎めず、隊長に非があることを後押しするような物言い。

……彼女も、状況を理解できていないらしい。


「ふん……。そうだな。旧い時代で価値観が止まっているような男に、何を言っても無駄だな。これもすべて、父上が悪いのだ。諸侯共に媚びへつらい、王家の権威というものをすっかり弱体化させてしまった。僕が王になったら、お祖父様のように絶対的な王として、横暴な諸侯は一人残らず締め上げてやるぞ。なあ、スティーブ」


王子が振り返り、自分の後ろに付き従っていた近衛騎士スティーブ・ガードナーに向かって言った。

スティーブは、父が申し訳ありません、と王子に向かって頭を下げ、王子に同意するようなそぶりを見せた。


先代のエンジェリク王は、たしかに強い王であった。諸侯の専横を許さず、絶対王政を布いていた。それに比べれば現エンジェリク王は弱腰というか、地味で凡庸だと評されがちである。

強い祖父への憧れと、弱い父への反発。それがチャールズ王子に強い影響を与えているのだとしたら……あの高慢ちきも分からなくはない。が、強い王であることが威張り散らすこととは異なっているのを理解していない以上、やっぱりただの阿呆だ。


「スティーブ、期待しているぞ。僕の親衛隊として、王家の権威というものを無知な連中に思い知らせてやれ」


王子はスティーブ・ガードナーを激励し、ベンチにドカッと腰掛けた。自分の連れであったモニカにも、隣に座るよう声をかける。

そのベンチは、事前に申し出ておいたマリアのために用意されたものだったのだが……関わり合いたくないので放っておこう。


王子から直々に声をかけられたスティーブは傍目にも分かるほど張り切り、試験の準備を始めている。

チャールズ王子の期待を背負ったスティーブ・ガードナー。


マリアは受験者の中に並ぶマルセルに視線をやった。ヒューバート王子の期待を背負ったマルセル・ド・ルナールは、どう出るか。


選定試験が進み、マルセルの番が来た。マルセルの相手はスティーブ・ガードナー。もちろん、マリアがあらかじめ指名しておいた相手である。

この試験、受験者は相手を選ぶことが可能だ。自分の実力を評価してもらうのだから、実力を発揮できそうな相手を選べなければむしろ困るというもの。その制度を利用して、マリアはマルセルをスティーブと戦わせることにしていた。


「スティーブ・ガードナーは、性格はあれだが、実力は確かだぞ。そりゃ僕には敵わんが。マルセルという男、剣の腕は問題ないのか?」

「本人が大丈夫ですと言い切っておりましたから、それを信じるのみです」


スティーブの実力を知らないので少し不安はあったが、試合が始まってすぐにそんなものは消え去った。

マルセルとスティーブの試合は、マルセルが圧倒的優勢で進んだ。見ていた副団長も感心している。


「自信は本物だったな。スティーブも決して弱くないはずだが……これは実戦の差だな。マルセルは完全に剣筋を読み切っている。型通りの動きしかできないスティーブじゃ、相手にもならん」


ウォルトン副団長の言葉に、マリアも密かに胸をなでおろす。

チャールズ王子を見てみれば、イライラした様子だった。隣に座る少女は「どっちも頑張れー」とのんきな声援を飛ばしているが。


「その試合、待った」


ついに、副隊長から試合中断の声がかかった。スティーブ・ガードナーでは実力不足だと判断したらしい。


スティーブは、副隊長をきつく睨みつけた。


「スティーブ、選手交代だ。お前では彼の実力を計れない」

「私を侮辱する気か……!」

「見苦しいぞ、スティーブ。上官の命令に逆らう気か」


父親のガードナー隊長が厳しく咎める。スティーブはギリと歯を食いしばっていた。


「父上!なぜ私ではなく、こんな男を評価なさるのです!私は、あなたの実の息子なのに!」

「黙れ。職務中は父と思うなと言ったはずだ」


スティーブと父親のやり取りに、マリアは彼がチャールズ王子に傾倒した理由が分かったような気がした。


実の息子であっても公人として容赦なく扱う――エンジェリク王と一緒だ。王も、王子が相手であっても容赦はなかった。

父親との確執。その共通点から、スティーブ・ガードナーはチャールズ王子に親近感を抱いたのだろう。

……果たして、王子のほうがスティーブにそれほど思い入れがあるかは謎だが。


「この恥晒しめ……!」


短く吐き捨て、チャールズ王子は中庭を出て行く。少女は困惑したようにきょろきょろと周りを見回しながらも、ベンチに座ったままだった。


「で、殿下……お待ちください!」


チャールズ王子を追いかけようとするスティーブを、王子の他の親衛隊が嘲笑うように阻む。

何とも不愉快な光景に、マリアは溜息をついた。


「私が仕掛けたことではありますが、予想以上に醜悪な結果になりましたわね」

「仕えた相手が悪かった。それを選んだのはスティーブ本人だ。君が気にすることはない。その程度の関係しか築けなかったのは、騎士側の落ち度でもある」

「……ヒューバート王子でしたら、たとえマルセルが無様に負けようと、見捨てたりはしなかったでしょう」


スティーブ・ガードナーの替わりは、ウィリアム副隊長が務めることになった。

一人目が大した相手でなかったといってもやはり二戦目という不利さもあってか、さすがに副隊長相手には楽勝とはいかなかった。

圧され気味のマルセル。勝敗は――決まる前に、マルセルの剣が折れてしまった。

剣を折られては、降参するしかない。


「見事だった。私に有利な試合だったというのに、対等以上の勝負になるとは」


敗北を認め膝を折るマルセルに、副隊長はそう言って手を差し伸べる。彼の手を取ってマルセルが立ち上がると、「すごーい」とのんきな声が聞こえてきた。


「お強いんですね。これなら絶対騎士になれますよ!近衛騎士になったら、やっぱりチャールズ様の親衛隊に入られるんですか?」


チャールズ王子の連れの少女だ。彼女の言葉に、副隊長は苦笑し、マルセルは沈黙していた。

メレディスの情報によると、つい最近男爵家に養女に迎えられた平民――恐らく、近衛騎士隊がどういうものなのか知らないのだろう。


侯爵以上の推薦があれば試験は受けられるが、合格するかは別だ。爵位を持たない外国人のマルセルが近衛騎士になれる可能性は低い。さらに親衛隊ともなれば、最低でも三代は続く貴族の直系でなければならない。


こればかりは、ガードナー隊長やウィリアム副隊長がいかに公平であろうとも、変えることのできないルールだ。

彼らの一存でマルセルを入隊させれば、近衛騎士隊の士気にも関わるし、マルセル自身も身の置き場がなくなるだけ。


フランシーヌ貴族のマルセルも、そういった貴族の社会の歪みは最初から理解しているだろう。

貴族というものは、大衆から見れば実に下らないものに縛られがちだ。


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