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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第三部01 格上との対峙
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-番外編- 素顔の彼女は可愛すぎる


いつものようにジェラルド・ドレイクの執務室にやって来たライオネルは、今日はマリアが訪ねてきていないことにがっかりした。

用がないならとっとと帰れ、とジェラルドからはすげなく言われたが、気にせず。ライオネルは食器棚を漁り、適当に茶と菓子を用意して休憩した。


「……オルディス公爵は、何が欲しいと思う」


突然ジェラルドに話しかけられ、ライオネルはとっさに返事ができなかった。いつもは自分が話しかけても、適当に相槌を打つだけなのに。


「急にどうした」

「やはり誕生日というのは、特別なものだろう。日頃の感謝の意を伝えるためにも、彼女の気持ちに添った物を贈りたいと考えているのだが――」

「ちょっと待て。いま、何て言った」


聞き捨てならない単語を聞いたような気がして、ライオネルはジェラルドに詰め寄る。


「彼女の気持ちに添った物を贈りたいと考えている」

「その前だ!前!誕生日!?誰の!?」

「オルディス公爵。オフェリア嬢から、来月末姉の誕生日パーティーをするので、出席できないかと打診が……」


言いながら、ジェラルドが眉間にしわを寄せた。ポーカーフェイスの彼の眉間は、表情よりも雄弁に彼の気持ちを語っている。


「貴公にはなかったのだな。余計なことを言った。忘れろ」


無理言うな!とライオネルが叫ぶ。


「なんでお前は誘われたのに、僕は誘われないんだ!?」

「貴公の台詞を借りるのなら、好感度の差だろう」


無情に切り捨てる親友に、これ以上問い詰めても無駄だということを長年の付き合いからライオネルは悟った。

こうなったら直接オフェリアに聞くしかない。




「オフェリア、僕に何か言いたいことはないかい?」


マリア、オフェリアと共に乗馬をする約束をしていたその日。

マリアが馬に乗るのに夢中になっている隙に、ライオネルはオフェリアに尋ねた。


オフェリアはちょっと考え込んだ後、困ったように眉を八の字にする。


「レオン様。お返事がずっとないけど、お姉様の誕生日パーティーに来るのは難しい?忙しい?」

「え」


そもそも僕は誘いを受けていないんだが。

ライオネルがそう言えば、オフェリアは目を丸くする。


「ちゃんと誘ったよ。先週ガーランド商会にマスターズさんが来ててね、マスターズさんに、ジェラルド様と、レオン様に、お姉様の誕生日パーティーに来てもらえないか聞いて来てって。お願いしたもん」


後日マスターズを問い詰めたところ……。


「えっ。ちゃんと伝えましたよ。ドレイク様には自分から直接。ウォルトン様には、カイルに伝言を頼みました」


カイルは王国騎士団副団長であるライオネル・ウォルトンの部下。上司を通じてマスターズとカイルも何かと接点が多く、彼にマスターズが伝言を頼むのは特に問題のない判断だ。

カイルを問い詰めると……。


「あ、すみません。そう言えばそんな伝言頼まれてたの、すっかり忘れてましたてへぺろ」


ふざけた回答が返ってきたので、一発きつい制裁を与えておいた。


すれ違いは無事に解決したが、新たな問題がひとつ。

――マリアが欲しい物ってなんだ。


「さあ……。マリア様は、物欲があまりないご様子で。小さい頃から、物が欲しくて何かをねだるというお姿は、ほとんど見たことがありません」


幼馴染でもあるマリアの侍女ナタリアに助言を求めてみたが、彼女も困ったように首を傾げるばかり。

マリアが欲しがりそうな物に心当たりがないのは、ライオネルも激しく同意だった。


以前、マリアが熱心に洋裁店を見つめている姿を見かけたことがあった。

店頭に飾られたフリルたっぷりの可愛らしいドレス。彼女も可愛いところがあるのだなと思い、声をかけてドレスを一緒に購入した。

ありがとうございます、と花が綻んだような笑顔で喜ぶマリアは、本当に可愛らしかった。

しかし後に屋敷を訪ねた時、オフェリアがそのドレスを着ていた。


……たしかに。

購入する時、マリアが着るにしては小さいなと思っていた。

妹に贈りたくて熱い視線を送っていたのか。ライオネルは頭を抱えたくなった。

マリアにもドレスを買おうか、と聞いてみたのだが、どうせすぐ脱がすのでしょう特に要りません、とあっさり言われてしまった。

すぐ脱がしてしまうというのは、その通りなのだが……。


「うーん。マリア様にプレゼントするなら、物よりも、何か行動のほうがいいかもしれませんね」


念のため妹のほうの侍女ベルダにも尋ねてみた。ベルダの視点はなかなか鋭い。

マリアに喜んでもらおうと思ったら、物を贈るより行動で示したほうがいい。それは一理ある。


「マリア、何か僕に望むことはないか?」


誕生日関連のことは隠したまま、ライオネルが聞いた。


「私がレオン様に?何でもよろしいですか?」


何か望みがあるらしいマリアの反応を意外に思いつつも、ライオネルは頷く。


「では、馬で勝負してください。ずっと競争してみたいと思っていたんです」


乗馬は、マリアの数少ない趣味だ。

国王主催の競馬レースで優勝したこともある腕前を持つ彼女は、ライオネルの実力を確かめたかったらしい。


オフェリアたちの声援を受けながら行われた勝負は――あっさりライオネルが勝った。


仮にも王国騎士団の副団長だ。その矜持に賭けても、そう簡単にライオネルが負けるわけにはいかない。負けるはずがない。


「仕方ないだろう。いくら君に乗馬の自信があると言ったって、僕だって本格的に鍛えているんだ。だいたい競馬大会に向けての特訓で、その馬の特性を見抜いて指導したのは僕だぞ。どうしたって君に不利だろう」


マリアは負けたことが本気で悔しいらしい。

頬を膨らませて恨みがましく見て来るマリアに苦笑しながら、ライオネルは言い訳兼フォローをする。


悔しがる彼女はいつもの大人びた様子と全く違っていて……ぶっちゃけ、すごく可愛い。

今すぐ押し倒してめちゃくちゃにしてやりたいぐらいに。さすがに妹のオフェリアがいては不可能だが。


以前にも、彼女のこんな姿を見たことがある。

川で水遊びをしていて……ライオネルに思い切り水をかけられて、彼女は悔しそうに、自分にやり返そうと。でも、女の細腕ではライオネルに敵うはずもなくて。

大人びて、凛とした様が美しい女性だと思っていたが――初めて彼女を見た時、白馬に跨り、男顔負けの毅然とした姿に惹かれたが――あのギャップには、実は少し面食らった。

思いのほか、年相応にあどけなくて、可愛らしくて。もっと彼女を知りたくなって、気付いたら夢中に。


ジェラルドが、マリアが本気で勝負に挑んでくれないことを不愉快に思ってしつこく食い下がっていたことがあったが、本当は、その気持ちがよく分かっていた。

感情に素直になっているマリアに、ライオネルもちょっとした優越感を抱いた。


「もう一回勝負です!」

「もう一回やっても、君に不利なのは相変わらずだぞ。リーリエはスタミナに難のある馬だろう。勝負回数が増えれば増えるほど、君たちは不利になっていく」


ライオネルの指摘に、白馬のリーリエがフン、と不満そうに鼻を鳴らす。言っていろ青二才めが、と言いたげな様子だ。


「そうだなぁ……。もう一度勝負をするなら、今度は何か賭けるか。ジェラルドとチェス勝負をした時に、奴が提案した要求。あれを僕にもするというのはどうだ」

「構いません」

「え」


即答されてしまい、ライオネルのほうが目を丸くしてしまった。

チェス勝負で負けたマリアは、ジェラルドにかなり屈辱的な行為を要求されている。そんなあっさりと条件を呑むなんて。


「……いいのか?」


理想的な曲線美を描くマリアの身体を見下ろしながら、ライオネルが言った。

男物の服を着ていても、マリアの肢体はその魅力を隠しきれない。特に今日着ているのは特別に仕立てられた乗馬服なので、彼女の美しさをいっそう際立てていた。


「ええ、もちろん。勝てばいいのですから、何も問題ありません」


そう言ったマリアの表情は挑発的で、自分が負けるなんてありえないと信じきったような、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


そして再戦が行われ、ライオネルは唖然とする。


「やったー!勝ったわ、リーリエ!私たちの勝ちよ!」


大はしゃぎして喜ぶマリアのそばで、オフェリアもぴょんぴょん跳ね回りながら「お姉様すごーい」と同じようにはしゃいでいる。

この姉妹、正反対なようで実にそっくりだ。


「嘘だろ、負けた……」

「レオン様ったら、雑念に気を捕らわれ過ぎですわ。煩悩がお強過ぎるのです」


おほほ、と高笑いまでするマリアは本気で憎たらしくて、歯ぎしりしたくなるほど可愛い。


「もう一回勝負だ!」

「嫌です。勝負回数が増えれば、スタミナに難のあるリーリエは負けてしまいますもの。勝ち逃げさせていただきます」


ライオネルの再戦の申し込みを一蹴し、勝ったことをマリアは誇る。

自分の台詞をそのまま利用された挙句完全に勝ち逃げされ、ライオネルは苦虫を噛み潰したような気分だった。

マリアを好きなようにするチャンスを逃したことも、可愛い彼女に負けてしまったことも悔しい。


……何より悔しいのは、そんなマリアに振り回されっぱなしにされても、それでいいと、心のどこかで受け入れてしまっていることかもしれない。




「あれは、僕が勝ったらという話じゃなかったのか」


オフェリアもとうに眠ってしまった夜。

ライオネルが贈った寝衣に着替えたマリアが、自分にのしかかってくる。それを抱き留めながらライオネルが尋ねれば、少し頬を赤らめたマリアがくすりと笑う。


「勝者の余裕というやつです。レオン様が遠慮されるというのでしたら、私としても一向に構いませんが」


体勢を入れ替え、マリアをベッドに押し倒してライオネルが覆いかぶさる。マリアもライオネルの首に腕を回し、ライオネルの耳元で囁くように言った。


「レオン様、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


自分を見上げるマリアの瞳は、素直に感謝の意を伝える気恥ずかしさと、ライオネルへの感謝の想いに揺れている。

緑色の彼女の瞳を見つめていると、頭がクラクラして何もかもがどうでもよくなってしまう。


「……本当にいいのか?めちゃくちゃにするぞ」

「はい。というか、いまさらです。いつも、何も考えられなくなるぐらい可愛がってくださってるじゃないですか。今夜もどうか、たくさん可愛がってください……」


恥ずかしがりならも、とんでもない殺し文句を言ってくる。マリアの要望でもあるので、ライオネルは遠慮なく理性や良識を捨てることにした。


本当に彼女は駆け引きが上手い。上げて、落として――またライオネルを夢中にしてくる。これが無意識だというのだから、末恐ろしいものだ。


素顔の彼女はとても可愛い。

これを見られるのは限られた男だけ。選ばれた者だけが得ることのできる優越感……その優越感を利用して、男を惹きつける女。

果たして支配者はどちらなのか。


そんなこと、ベッドの中ではどうでもいい。

あどけなく甘えて来るマリアを、ライオネルはただひたすら甘やかす――それがいま、自分がすべきこと。


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