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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第三部01 格上との対峙
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華と棘 (1)


小さな花のブーケを片手に持つオフェリアと共に、マリアは城の長い廊下を歩いていた。

侍女のナタリアとベルダも連れ。今日は、ヒューバート王子に会いに行く約束をした日だった。


「ガーランド商会のみんな、早く新しいお家が決まるといいね。でも、みんなが無事でよかった」


オフェリアには、当然ながら商会での火事の詳細は教えていない。建物は酷く燃えたが、従業員たちは皆無事だった事実だけを説明している。

オフェリアは、メレディスが屋敷に泊まり、伯爵を始め色んな人が来てくれるおかげで、周囲が賑やかになっていることを純粋に喜んでいた。


「よう。マリアにオフェリア。今日はマリアもドレスか。ということは、まだジェラルドは謹慎中だな」

「ご機嫌よう、レオン様。お久しぶりですね」

「役人連中がごたついてるからな。王国騎士団が割を食っているよ」


王国騎士団副団長のライオネル・ウォルトンと久しぶりに顔を合わせ、マリアは挨拶する。オフェリアもこんにちは、と挨拶した。


「王国騎士団と、お役人さんって、ウィンダムの治安を守るお仕事なんだよね。同じお仕事だけど、何が違うの?」

「うーん。細かい点は結構違うんだが……捜査できるかどうかが最大の違いかな。例えば、そこにいる泥棒を捕まえてくれ、という依頼なら僕たちでもできるが、どこかに泥棒がいるから探してくれ、というものは引き受けられない。個人的に探して捕まえても構わないんだが、結局は、そいつが本当に泥棒かどうか、役人が改めて調べる必要がある」


ガーランド商会の火事の一件で言えば、救助や消火活動をしたり、出火元を調べたりすることは国立騎士団にもできる。と言うか、今回は建物倒壊など危険性の高さから、身体能力に優れた王国騎士団が中心となって調査を行う。


しかし出火原因を突き止めても、事件として扱うかどうかの判断は役人がする。

不審点あり事件として捜査すべき、と騎士側で指摘することはできても、捜査の必要なしと役人側で判断してしまうと、それで捜査は打ち切られてしまうのだ。


「昔はそれで、王国騎士団と役人が揉めることが多かったんだ。騎士が引き渡した犯罪者を、ろくに調べもせず役人が釈放してしまったりとか、実働を騎士任せにする役人を嫌って、依頼があったのに騎士が容疑者の捕縛に動かなかったりとか。あんまり問題にはならなかったんだがな」

「王国騎士団も役人も、平民や身分が低い貴族の集まりだからですね」


マリアが説明を続ければ、その通り、と副団長が言った。


「事件が曖昧なまま、未解決でも困るのは平民だけ。だから、それらを指導すべき立場にあるようなお偉い貴族は、興味も示さず放っておくばかり。そうやって放置されてた王国騎士団と役人の関係が改善されたのは、やっぱり僕の父の功績が大きいだろうな。私生活は色々ある男だったが、騎士としては僕も尊敬していた」


平民と変わらぬ身分の低い貴族が就くのが当たり前の王国騎士団団長の座に、侯爵が就いた。

きっと当時は、大きな衝撃を与えたことだろう。軽く貴族社会の歴史を調べただけでも、先代のウォルトン侯爵の功績は山のように出てきた。

その息子が志を継いで王国騎士団の副団長となり、警視総監にももう一人侯爵が就く――宰相を父に持つ秀才の男。彼の就任も、本来なら異例なことだ。


「ジェラルド様も、レオン様も、エンジェリクの民のためにがんばってるのね」


難しい話に少し困り顔になりながらも、オフェリアが言った。その通り、と同じ相槌を打って副団長が笑う。

ドレイク警視総監は野心が強く、力を欲している。その力を使うことで救われる弱者も多い。その志を、他ならぬマリアが大きく挫けさせることになったのは、やはり悔しい。


「お姉様。またあの人が来たよ……」


不安そうに呟き、オフェリアはマリアの服の裾を掴む。マリアの後ろに隠れるオフェリアを、ナタリアとベルダも彼女の視界から匿った。


「ご機嫌よう」


相変わらず取り巻きを引き連れたジュリエット王女に声をかけられ、マリアは静かにお辞儀をする。

今日の王女はずいぶんと機嫌がよく、ずいぶんと派手だった。


「これはジュリエット王女様。相変わらずお美しい。貴女がいらっしゃるだけで、そこに春が訪れたようですな」


大仰なウォルトン副団長の誉め言葉に、王女は満更でもない笑みを浮かべる。

たしかに、おしゃべり好きな取り巻きに視覚的にもやかましい派手な装いをした王女は、春の賑やかさを連想させた。


王女はいやらしい好奇心を隠しきれず、首を伸ばしてマリアたちの後ろに隠れるオフェリアを覗き込んだ。


「あらあ。ずいぶんと地味で貧弱な花だこと!」


オフェリアが手にした花束を見て、王女の目が意地の悪い光で輝く。


「そんなもの、花とも呼べないかしら。雑草を城に持ち込むなんて。これだから外国人は困るのよね。エンジェリクの優美な文化を理解できないんだから」


王女の言葉に同調するように取り巻きたちが笑う。今日はジーナ・マクファーレンの姿はない。例の器の小さい近衛騎士はいるが。


「でも貴女には、それぐらいがお似合いかも。私はお母様に新しいドレスを買ってもらえるけれど、お母様もお父様もいらっしゃらなくて、ろくに物も買ってもらえないような貴女方は、そんなものでも持てるだけ感謝しなくちゃね」


マリアたちの両親の話に、ナタリアがピクリと反応する。オフェリアに王女の会話を聞かせたくないのか、さらに自身の身体を壁にしていた。


「いやあ、まったくです。親がいないものですから、なかなか身の回りの体裁も整えられず。私のこの服など、いったい何年着回してるのやら。おっと、よく見たら袖のボタンも取れていました。これは失礼。麗しい王女の前で、なんともみっともない姿を」


豪快に笑い飛ばし、副団長が王女の話に割り入る。

自分の話に横入りされた王女は不満そうだったが、口を挟ませる余裕もなく副団長は矢継ぎ早に話を続けた。


「こんな醜態を、これ以上王女の目に触れさせるべきではありませんな。これにて下がらせていただきます。公爵、参りましょうか」


当たり前のように副団長はマリアとオフェリアの肩を抱き、強引なぐらいに連れ去っていく。

大股で歩く副団長に、オフェリアもちょこちょこと足を急がせた。


ジュリエット王女一行の姿が見えなくなるところまで来ると、副団長はマリアたちを離し、溜め息をつく。


「やれやれ。相変わらず賑やかなお嬢さんだ」

「レオン様に言われては、王女殿下も形無しですね」


マリアが言えば、ベルダがこっそりと笑う。ナタリアは、肘で彼女の脇腹をつついた。


「それは偏見だ。素顔の僕は、慎ましい男だぞ」


ベルダがぷーっと吹き出す。ナタリアも苦笑し、ベルダをいさめることを忘れていた。


「彼女たちの派手さに負けるのは事実さ。相変わらず豪華な衣裳だ。陛下から倹約を求められても、どこ吹く風だな、王妃様たちは」

「そう言えば、陛下は落ち着いた装いをされていらっしゃいましたね」


謁見の時の姿を思い出しながら、マリアが頷く。

年を取ってはいても花のある容姿だったので気にならなかったが、国王にしては地味な衣装だったような気がする。


「堅実な性格もあるだろうが、寵愛を得ようと女性たちが派手に装い、競い合った、先王の時代に反発してもいるのだろう。先王は革新的な君主ではあったが、そのあとを引き継いで後始末をつける羽目になった陛下も、気の毒なお方だ」


着飾ることを推奨されていない王室で、派手に着飾ったジュリエット王女。

彼女の姿が脳裏に引っ掛かるのだが、その理由が、その時のマリアにはまだわからなかった。


「レオン様。ジェラルド様には、最近お会いになられましたか?」


監査が入って以来、マリアはドレイク卿に会えていない。出勤できていない様子だし、彼の屋敷を訪ねるわけにもいかず。

ウォルトン副団長は、会ってない、と陽気に答える。


「荒れまくってると、カイル経由でマスターズから聞いた。近づかないほうがいいぞ。さすがの僕も、あれをおちょくる勇気はない」


さりげなくマリアの腰を抱き、ウォルトン副団長が耳元でささやいてくる。


「あいつが大人しくしている間に、僕も君のもとに通い詰めたかったんだがな」


マリアが副団長の顔を見れば、悪戯っぽく笑っている。


「残念ながら、今回ばかりは抜けがけできそうにない。本当に忙しい」

「お仕事頑張ってくださいね。落ち着きましたら、私も精一杯労わせていただきます」


ヒューバート王子がいる離宮の前で、副団長とは別れた。

もしかしたら、マリアたちを気遣って、わざと通りかかってくれたのかもしれない。


「どうしたの、オフェリア。ずいぶん静かになっちゃって」


侍女のナタリアやベルダは、立場上マリアたちの会話に口は挟まない。特にいまは城内。気軽に口を開いて良い場ではない。


しかしオフェリアは、見知らぬ人やジュリエット王女のように苦手としている人の前ならともかく、親しい人の前ではおしゃべりだ。

王女はとっくに見えなくなったのに、まだ沈黙している。


「……ユベルも……こんなお花もらっても、恥ずかしい気持ちにさせちゃうだけかな」


自分の手の中の花束を見つめながら、しょんぼりとオフェリアが呟いた。


その花束は、オフェリアが自分で育てた花で作ったものだ。プロが育てたものよりは小さいが、オフェリアのセンスで可愛らしくまとめられた花束。

マリアは優しく笑い、オフェリアの頭を撫でる。


「大きさや派手さより真心が一番大切だって、ヒューバート王子ならきっとそうおっしゃるわ。ずっと花を育ててこられたのよ。花を、そんなことで差別したりしないお方なのは、あなたもよく知ってるでしょう?」

「うん。そうだよね」


姉の励ましを受け、オフェリアも安心したようだ。

マリアの言葉通り、ヒューバート王子はオフェリアからの贈り物を喜んでいた。


「人が育てた花を貰うのは初めてだよ。ありがとう。プレゼントもだけど、僕があげた花を大事に育ててくれてるのも嬉しいよ。僕も花束を作って贈ることは考えたんだけど……意外と難しいんだね。どう作ったらいいのか、手もつけられなくて」


オフェリアから貰った花を花瓶に飾りながら、王子が言った。マリアも彼の言葉に同意した。


オフェリアは何気なくやってのけているが、花で髪飾りを作るのも、花束を作り出すのも、やっぱりセンスがいる。

無難な物なら作れるかもしれない。手本があって、その通りに作ればいいだけなら、マリアでもできる。オフェリアのように、自分で好きな花を選んで、それに合う花束を作ることはできない。


「じゃあ、今日はみんなでお花を選んで、花束を作ろうよ。ユベル、お花をちょっとだけ貰ってもいい?」

「花は好きに使ってもらってもいいけど……」

「このメンバーじゃ、私が恥をかきそうだわ。花にも詳しくないのに」


芸術的感性に優れたオフェリア、花には詳しいヒューバート王子。どう考えても、マリアがこの中で一番、花束作りに向いていない。


「んーと、じゃあ、お互いのイメージのお花を選ぶことにしましょう。お姉様は私に似合いそうなお花で、私はユベルに似合いそうなお花。ユベルは、お姉様に似合いそうなお花を選んでね。それで花束を作るの」


オフェリアが提案した。

マリア一人で作る物よりはマシかもしれないが……。


「それでも、私に一番センスがないという事実は変わらないわよね」


王子の部屋に咲き乱れる花を前に、マリアは解せぬとばかりに愚痴を漏らした。

マリアを手伝うナタリアが苦笑している。


「やっぱり無難な花しか選べないわ」

「赤い薔薇ですね。殿下をお呼びして参ります」


マリアが勝手に花を摘むわけにもいかないので、花を選んだら王子を呼んでくることになっていた。


マリアが選んだのは真紅の薔薇――可愛らしいオフェリアにはピンクも似合うと思うのだが、スカーレットの娘であるあの子は、いずれ赤が一番相応しい色になるだろう。

ナタリアに呼ばれ、王子がやってきた。


「薔薇……。そうだね。オフェリアのイメージに合う花だと、僕もそう思うよ」

「精一杯のフォロー、ありがとうございます」


皮肉な気持ちで礼を言うマリアに、王子が苦笑する。赤い薔薇を数本切り、マリアに渡した。


花を受け取っていたマリアは、ちくっとした痛みに小さく悲鳴を上げた。薔薇を切っていたヒューバート王子が振り返り、慌てた様子でマリアの手元を見る。


「もしかして、棘が刺さったのかい?すまない。全て取っておいたと思っていたんだが」

「大丈夫です。ちょっとちくっとした程度ですし、血も出ていません」


マリアが持っている花をナタリアが確かめ、棘が残っていた薔薇をヒューバート王子に渡す。

王子は棘を器用に切り落とし、念入りに確認していた。


「薔薇は綺麗ですが、やはり気楽に育てられる花ではありませんね」

「毒はないんだが、棘が厄介だ。意外と大事になる。昔、僕も棘が刺さって、手を真っ赤に腫らしたことがある」


王子は、マリアの手も確認する。

棘に触れた部分が赤くなっているが、刺さったわけではないはず。マリア本人は大丈夫だと思っているのだが、花に詳しい彼に異を唱えるべきではないだろうと、大人しくしていた。


薔薇を持ってマリアがテーブルに戻ると、オフェリアはすでに白い花を持ってきていた。


「アイリスだよ」


見覚えのない白い花をマリアが見ていると、オフェリアが言った。

青紫のイメージしかなかったのでピンと来なかったが、オフェリアは白色のアイリスを選んだようだ。

……なるほど。言われてみると、ヒューバート王子には合いそうな花だ。


「白のアイリスで良かったよ。危うく、僕と色が被るところだった」


ヒューバート王子が持ってきたのはクラベルの花――それも、紫色の。


「カーネーション――キシリアでは、クラベルと呼ばれている花。キシリアを象徴する花と言えば、やっぱりこれだと思って。カーネーションは花の色によって、花言葉が変わるんだ。紫色のカーネーションの花言葉は、誇り。マリアにぴったりじゃないかな」


お姉様にぴったりね、とオフェリアは笑顔で同意する。

王子の手の中で美しく咲く紫色のクラベル――カーネーションの花を見つめて、そうね、とマリアも頷いた。


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