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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第二部01 春の訪れ
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-番外編- おふぇりあの日誌「わたしだってがんばる」

ベルダがカーテンを引き、眩しい朝日にオフェリアは目を覚ました。

寝ぼけ眼で起き上がり、ベルダに手伝ってもらいながら着替える。

着る服はゆったりとしたキシリア風のドレス……ではなく、ホールデン伯爵がプレゼントしてくれたピンク色の少年服。ベストにズボンだが、裾にはレースもついていて可愛らしく、最近のオフェリアのお気に入りだった。

着替えを終えて食堂へ行けば、今朝はすでにマリアもおじもいた。


「おはよう、お姉様、おじ様。今日はお寝坊さんじゃないのね」


エンジェリクに来てから、姉は時々寝坊をするようになっていた。きっと仕事が忙しいのだ。おじも、まだ体調が思わしくないのか、退院してからはずっと寝坊をしていた。

それをオフェリアが指摘すると、なぜかおじは困ったように笑った。


「お姉様、髪の毛して!」


朝食後、オフェリアはマリアと一緒に部屋に戻った。ドレッサーの前に座り、お気に入りのリボンを選ぶ。

部屋のドレッサーは最初、味気ない古びた物だったが、姉が新しい物に買い換えてくれた。お洒落なドレッサーは可愛いが、一番のお気に入りは王都の屋敷にある。

だから、王都へ戻れるのは嬉しい。オルディスでも素敵なものはたくさんあったが、よそのひとのおうち、という感じは否めない。王都ウィンダムにある屋敷が、オフェリアたちの家だ。


「今日は新しい髪型だね」

「最近の流行りなんですって。伯爵がノア様を使って手本を見せてくれたの。ノア様はすぐにほどいてしまったけど」


クルクル巻き毛にリボンを編み込まれたノアの姿を思い浮かべ、オフェリアは笑った。

朝起きたら姉に髪を結ってもらうこと。夜寝る前には姉に本を読んでもらうこと。

小さい頃からの習慣だった。母親の顔も覚えていないうちに死別してしまったオフェリアには、重要な時間だ。

そうしているときのお姉様のお顔は、お母様にそっくりだって、お父様が言っていたもの……。

それに、マリアはどんどん忙しくなってきて、オフェリアと一緒にいてくれる時間は減ってきた。だから、姉と一緒にいれる大切な日課でもある。

今日も、オフェリアの身支度が終わるとマリアは出かけて行ってしまった。おじが退院したから、お仕事はずいぶん少なくなったって言ってたのに……。


「ベルダ、私たちもおしごとよ!」

「はいはい。準備オッケーです」


ナタリアから昼食の入ったバスケットを受け取り、オフェリアはベルダ共に屋敷を出発した。

まず最初にすることは、ガーランド商会にいる仕事仲間を迎えに行くこと。


「おはようございます!」

「おはようございます。今日は気合いの入った服ですね」


商会の事務所では、デイビッド・リースがオフェリアを出迎えてくれた。オフェリアがいつ事務所を訪ねてもいるのだが、この人はいつおうちに帰っているのだろう。


「私のしごとぎなの」

「あはは、よく似合ってますよ。おーい、マサパン。オフェリアさんが来てくれたよー」


トコトコという足音とともに、リードをくわえたマサパンがやって来る。オフェリアのそばにちょこんと座り、リードを差し出した。首輪にリードを繋げれば、改めて出発だ。


「オルディスの見回りに、しゅっぱーつ!」

「えいえいおー」


元気よく事務所を出ていくオフェリアに、リースが「気をつけていってらっしゃい」と声をかけた。


オルディス領の見回り。

事務仕事で忙しい姉に代わって、オフェリアに任された重大な仕事だ。ベルダとマサパンと一緒に視察をし、ときおり足を止めては花を摘んだり、木の実を集めたりして、「さんぷる」を採集する。気になった場所はスケッチを描いて、姉に報告だ。

今日は、メレディスと出会った。


「こんにちはメレディス。またお絵描きしてるの?」

「こんにちは。今日は午前中に休みをもらってね。オフェリアも、マリアに見せるスケッチを描きに来たのかい?」

「うん。このあたりは、たくさんお花が咲いてるから。お姉様へのほーこくしょよ」


メレディスと並んで座り、オフェリアも隣で絵を描き始めた。

マサパンは虫や鳥を追いかけ、花畑を走り回っている。ベルダがピクニックシートを広げてランチの準備をしていると、そちらに近寄ってバスケットの中をクンクンと嗅ぎまわった。


「オフェリア様、そろそろお昼ご飯にしましょう。マサパンがお腹を空かして我慢できなくなっているみたいです」

「うん。メレディスも一緒に食べよ」


ナタリアは多めに食事を作ってくれているので、メレディスが増えても問題ない。

一緒に昼食を取りながら、オフェリアはメレディスに話しかけた。


「メレディスは、もうお姉様の絵は描かないの?」

「そろそろ新しいのをもう一枚、描こうと思ってるよ。伯爵にも注文されたしね。でも描きたいものがたくさんあって、時間が足りなくて困ってる。オフェリアもぜひ描かせてほしいな」

「じゃあ、私もメレディスのこと描いてあげる!」

「僕を……?そうか。そういうのは考えたことなかった。うん。ならオフェリアには、僕を描いてもらおうかな」

「お姉様の絵を描くなら、またお泊りしにくる?」


オフェリアが聞けば、笑顔のままメレディスが固まった。一瞬沈黙した後、ようやく口を開く。


「……そうだね。お泊り、になるかな。領主殿がいるってのが悩みだなぁ……」


最後のほうは小声で呟くので、オフェリアには聞き取れなかった。おじのことを言っていたような気がする。


「おじ様はまだ体調が良くないみたい。退院してからもね、ずっとお寝坊さんしてるの。今日は早起きだったけど」

「そうなのか。オルディス領もまだ大変だもんね。仕事で忙しいんだよ、きっと」

「そう思うわ。お姉様もずっとお寝坊さんだったもの。あ、でも、今日はお姉様も早起きしてた」

「マリアも?へえ……」


相槌を打つメレディスの声は、なんだかいつもの優しいのと違っていて、オフェリアは眉を八の字にした。


「伯爵は、最近お泊まりに来たかい?」

「伯爵?ううん。伯爵もお店作りに忙しいんだって。商会を訪ねてもあんまり会えなくなっちゃったって、お姉様も言ってたわ」


そう、と頷いたメレディスはにっこり笑い、ポケットから何か取り出す。


「お昼、ご馳走様。これはお礼だよ」

「チョコレート!」


コロン、と掌に転がる物を確認して、オフェリアは喜んだ。銀紙に包まれた、ひと口サイズのチョコレートだ。


「マサパンには食べさせちゃダメだよ――それじゃあ、僕はそろそろ仕事の時間だから。オフェリアも仕事頑張ってね。あと、マリアに近々絵を描かせてもらいに行くからって伝えておいて」


手を振って、オフェリアはメレディスを見送った。

それから貰ったチョコレートをひとつベルダに渡し、ひとつは自分の口に入れた。マサパンがスンスンと鼻を鳴らしてオフェリアの手を嗅いだが、マサパンにはあげなかった。ベルダが代わりに犬用のおやつを食べさせていた。


チョコを口の中で転がしながら歩いていたオフェリアは、今度はチェザーレを始め馬番たちや、彼らに連れられた馬たちに出会った。

マサパンが馬たちと追いかけっこをしたり、オフェリアも並んでお散歩したりした。

姉から、一人で馬に乗ることは禁止されている。年の近い女の子が落馬で命を落としたこともあったし、オフェリアはマリアの言いつけをちゃんと守っていた。

ウォルトン副団長がいてくれた頃は、彼が見守り役を買って出てくれて、彼と一緒ならとマリアも許してくれた。親切で、面白い話をたくさん聞かせてくれる、素敵なおじさまだった――素直な感想を伝えたら、副団長の笑顔が引きつってたけれど。マリアとベルダは大笑いしてた。おじさまって呼んだことが良くなかったらしい。


探索を続けて日が傾き始めた頃、オフェリアはマサパンを帰しにガーランド商会の事務所へ戻った。事務所にはリースと、マリアがいた。


「お姉様!」

「お帰りなさい、オフェリア。そろそろ帰って来る頃だと思って待っていたのよ。なぜかリースさんの仕事を手伝うことになっちゃったけど」


迎えに来てくれたことが嬉しくて、オフェリアはマリアに抱きついた。マリアは、ちょっと待ってね、とオフェリアの頭を撫でる。


「明日ナタリアとデートしたいんですって。今度こそちゃんとお出掛けしたいから、今日中に仕事を片付けるそうよ」


だからマリアも手伝っていたらしい。オフェリアも姉が仕事を終えるのを待った。

待っている間、オフェリアにはミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶と、甘酸っぱいジャムが塗られたクッキーが提供された。


「リースさんのことは好きだけど、ナタリアがお嫁に行っちゃうのは寂しい」


事務仕事に勤しむリースを眺めていたオフェリアは、ふと頭に浮かんだ気持ちを口にする。途端、リースが机の上に顔をぶつけ、インク瓶を引っくり返した。


「あ、あはは……。話が飛躍し過ぎですけど……もし私と結婚することになっても、ナタリアさんの仕事を辞めさせたりしませんよ。そうでなければ、彼女も結婚なんて受け入れるはずないですし」

「本当?なら、ナタリアと結婚してもいいよ」

「よかったですね、リースさん。とりあえず第一関門は突破できたみたいで。でも私はオフェリアほど甘くありませんよ」


笑顔のまま、マリアがぴしゃりと言った。リースが「ぐっ」と言葉に詰まっている。


「だいたい、ナタリア様本人が結婚そのものを了承してくれるかも危ういですもんね」


ベルダが畳みかけ、リースは撃沈した。


ようやく仕事に目処がついたので、明日はもう仕事をしないように、とリースに言い残してマリアは帰ることになった。オレンジ色の夕陽に包まれた道を、姉と手を繋いで帰っていく。


「メレディスに会ったの?」

「うん。お姉様に、近いうちに絵を描きに行くからって言ってたよ」


メレディスからもらったチョコレートを渡しながらオフェリアは話した。どうやら姉とメレディスは入れ違いになってしまったようだ。

そう、と呟くマリアは、苦笑いをしていたように見えた。


マリアとオフェリアのそばを、一台の馬車がゆっくりと近づいてくる。


「こんばんは、マリア、オフェリア。いまから帰るところかな」

「こんばんは」


馬車の窓から顔を出したのは、伯爵だった。伯爵に誘われ、マリアとオフェリアは馬車に乗せてもらうことになった。ベルダは、ノアと同じ御者席に座った。

馬車に揺られながら、描いたスケッチを見せたり、集めた物を見せたり、色々とお喋りをしていたが、心地よい揺れにオフェリアの瞼は重たくなっていった。


「屋敷に着いたら起こしてあげるわ」


姉の膝を枕に、オフェリアは横になった。優しく髪を撫でてくれる姉の指が、さらに眠気を誘う……。




「羨ましいな」


伯爵が言えば、代わってあげませんよ、とマリアに即座に反論された。そちらではない、と伯爵が苦笑する。


「君のオフェリアに対する溺愛ぶりも筋金入りだな。君が妹離れするより、オフェリアが姉離れすることに期待したほうが良さそうだ」

「案外そちらのほうが可能性は高いですよ。想像しただけで悲しくなります。いつかこの子が、私を必要としなくなる日が来るだなんて」




屋敷に帰り、夕食を終えるとオフェリアは久しぶりにマリアと一緒に風呂に入った。仕事で忙しくなった姉とは、一緒に風呂に入る機会も減った。

浴槽につかりながら、むぎゅ、と抱きつく。姉の胸は柔らかくてあたたかい。


「私の胸はぺったんこ」

「いまのオフェリアと同じ年だった頃は、私も同じようなものだったわよ。最近大きくなったことは、あなたも知ってるでしょ」

「じゃあ私も、いまのお姉様ぐらいになったら、それぐらい大きくなる?」

「なるんじゃない?お母様も大きめだったし、伯母様も大きそうだったから、きっと……うん、たぶん……なる、はずよね?」


珍しく言葉を濁す姉に首を傾げながらも、オフェリアはまた姉の胸元に抱きつく。マリアと一緒だとオフェリアが大人しいから、髪を洗うのが楽だとベルダが言った。


いつものようにベッドに入ると、姉が本を読んでくれる。今日は、ツバメと共に王子様を探す小さなお姫様の物語。

最後は王子様を見つけて幸せになるお姫様。オフェリアもいつか、王子様に会いたい。そう話したら、私は一緒に探してくれるツバメのほうがいいわ、と姉は言った。


夜更け、オフェリアは突然目を覚ました。なぜかは分からないけれど悲しくて堪らなくて、ベッドの上で泣き出してしまった。姉が恋しくなって部屋を出ようとするが、真っ暗な廊下が怖い。部屋から出れずにオロオロしながら泣くオフェリアを、今日の寝ずの番だったナタリアが見つけてくれた。


「マリア様を呼んで来ますよ。お部屋でお待ちください」


ベッドに戻り、枕元に置いてあるくまのぬいぐるみを抱きしめる。

母が、オフェリアがお腹にいる頃に作ってくれたぬいぐるみ。母親のことは覚えていない。肖像画を見たし、みんなオフェリアにそっくりだと言っていたから、顔は知っているけれど。


「オフェリア」


ベッドの上に座りこむオフェリアのもとに、マリアがやって来た。姉はオフェリアを優しく抱きしめてくれた。涙が落ち着いたら、マリアはまたオフェリアを寝かしつける。


「お姉様、眠るまでそばにいて」

「もちろん一緒にいるわよ」




オフェリアを再び寝かしつけてマリアが寝室へ戻ると、おじがまだ起きていた。今度はなかなか寝付いてくれなくて、時間がかかったのに。先に眠っていると思っていた。


「すみません、待っていてくださってたんですね」

「気にしなくていいよ。君がオフェリアより他のことを優先し出したら、それこそ正気を疑う」


おじは気を悪くした様子もなく笑い、読んでいた資料をサイドテーブルに置いた。それからマリアを抱き寄せる。


「おじ様。今日、オフェリアに自分の胸も私ぐらい大きくなるかと聞かれたのですが……。その、私はおじ様とこういう関係になってから急に成長が始まったんです。単なる偶然なのか、それとも、やはりそういったことが刺激になって胸というものは大きくなるものなのでしょうか」


入浴中に何気なく投げかけられた質問。実は意外とマリアの頭を悩ませていた。

オフェリアがいまのマリアと同じ年になった時、どうしてまだ成長しないのかと質問されたらどうしよう。


「えっと……女性のことについては、僕に期待しないでいただけるとありがたいっていうか……。そればっかりは女性経験豊富な人に相談したほうがいいと思う。本当に」

「そうなると、伯爵ぐらいしか相談できそうな相手が……。メレディスも女性経験は私しかないと言っていましたし……」

「え。あの積極性で?マリア以外の女性と、その……?」

「お付き合いすらないそうです。いえ、そういった雰囲気になったことはあるそうですが、女性のことを忘れてすぐ絵を描き始めるので、ないな、と思われて恋愛対象から外されることが常習化していたそうです」


そのあたりもデイビッド・リースと似ているな、とマリアは思った。それに伯爵も。律儀な男ではあるが、ガーランド商会を優先しがちだ。

……自分はそういう男が好みなのだろうか。ナタリアがリースに惹かれたのも、もしかしたらマリアのそういった部分の影響を受けているのかもしれない。


「そ、そっか。僕だけじゃないのか……。いや、僕はもっと情けない、か……?」


おじが考え込んだが、頬にキスしておじの思考を強制中断させる。

まだ眠らないのなら、早めに始めないとまた寝坊してしまう。オフェリアはマリアの寝坊っぷりを、どうやらメレディスにも話してくれたようだし、馬車の中でも伯爵に暴露してくれていた。

今度は二人が、明日からマリアを寝坊させにかかりそうだ。別にそれは望んでいないのに。

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