プライド勝負
季節は冬だが、暖かい日差しのおかげで温室は過ごしやすかった。
ぎこちない手つきでじょうろを扱うグレゴリー王は、いま水をやったばかりのパンジーの鉢植えと睨めっこをしている。
「むむ……この花、いささか貧相ではないか?ヒューバートが咲かせたものに比べると、ずいぶん小さいというか」
「簡単なお花でも、ユベルには敵わないよ。私も、ユベルみたいな大きなお花は咲かせられないんだ」
オフェリアが言えば、グレゴリー王もちょっと納得したようだ。やはり、ヒューバートが育てた花には敵わない。
……それにしても、この貧相さは。
「お姉様なら、きっとすごく喜んでくれるよ。だって、陛下がお姉様の誕生日のために、自分で一所懸命お世話して育てた花だもん。プレゼントは、真心が一番大事だよ」
「そうか……そうだな。来年は、もう少しましな出来栄えになるよう、丁寧に育てることにしよう。彼女にそう話して、これを贈ろう。付き合ってもらってすまなかったな」
オフェリアは満面の笑顔で首を振った。
季節は冬。一年はもうすぐ終わる――そして、もうすぐマリアの誕生日。
オフェリアの大好きなお姉様。マリアの誕生日は、彼らにとって一大イベントだ。
マリアに喜んでもらうため、誕生日プレゼントに多くの男が奔走する時期で。
マリアの誕生日プレゼントに悩むグレゴリー王から相談を受け、オフェリアはある提案を持ちかけた。
――お姉様に、自分で育てたお花をプレゼントするの!陛下が育てた、世界にたったひとつしかないお花。とっても素敵だわ!
その提案を聞いた時にはグレゴリー王も苦笑いしたが、結局、他に良い案が思いつかなかったらしい。
息子のヒューバート王子に頼み、いまからでも、初心者の自分でも、そして冬のこの時期でも育てられる花を選んでもらった。そしてヒューバート王子からパンジーを一株もらい、グレゴリー王は今日までせっせと世話をしてきたのだ。
自分の拙い腕前のせいで、思ったよりもずっと小ぶりなパンジーの花となったが、グレゴリー王は素直に想いを伝えることにしたらしい。
機嫌よく部屋を出て行く王を見送ると、オフェリアのもとにベルダがやって来た。
「オフェリア様。ホールデン伯爵がいらしてますよ。オフェリア様に、相談があるんですって」
「伯爵が?」
ベルダに言われて自分の部屋に戻ってみると、ホールデン伯爵が。自分から城に来てくれるだなんて珍しい。
「こんにちは、オフェリア」
「こんにちは。伯爵、私に相談があるの?お姉様じゃなくて?」
「相談したい内容が、そのマリアのことだからな。間もなくマリアの誕生日だ――今年も、君はマリアのためにドレスを作ったのだろうか?」
伯爵に問われ、うん、とオフェリアは答える。
今年は、真紅のドレスを姉のために作った。マリアはあまり赤い衣装を持っていないけれど、たまには派手なものもいいと思うから。
「赤か。なら、このネックレスも無駄にはならないかな」
そう言って、伯爵は持ってきたネックレスを見せる。
豪華なエメラルドがついた、繊細な装飾のネックレス。きれい、とオフェリアも目を輝かせた。
「マリアに贈ろうと思っているのだが……君が作ったドレスに合うかどうか」
「きっと似合うよ!あ、でも……このネックレスがよく見えるように、胸元のあたりのデザイン変えなくちゃ」
伯爵のネックレスが似合うように、と考え込むオフェリアを、伯爵は愛想の良い笑顔で見ていた。
そんな伯爵に、ノアがぼそりと声をかける。
「……卑怯ではありませんか?自分のプレゼントに、オフェリア様が合わせるよう仕向けるなど」
「私も、年に一度ぐらいは一番になってみたいのだ。別にオフェリアを貶めるわけではない。大目に見ろ。ここまでやっても、メレディスを蹴落とせない可能性が高いのだぞ」
メレディスの名前が聞こえたような気がして、オフェリアは顔を上げて伯爵を見つめる。きょとんと首を傾げるオフェリアに、なんでもない、と伯爵は笑顔で首を振る。
「そう言えば、メレディスがどんな絵を贈る予定か、聞いていないか?」
「んーっと。こーんな大きなキャンバスに、ロランド様の絵を描くって言ってた」
「……ロランド王の肖像画か」
強敵だな、と伯爵が呟く。
結局、伯爵は色違いのネックレスをオフェリアにも贈ると話し、姉の誕生日パーティーに着ていくドレスは、オフェリアもネックレスに合うものを選ばなくてはいけないようだ。
どれにしようかな、とベルダと一緒に悩んでいると、ベルダは意味ありげに笑った。
「みなさん、メレディス様の絵を必ず聞いていきますね」
そう言えばそうだ。姉の誕生日プレゼント――最後は必ず、メレディスはどんな絵を描くのかと聞いて来る。
「メレディスは人気者なんだねぇ」
オフェリアが言えば、そうですね、とベルダも同意した。
メレディスが最大のライバルであることは、誰もが認識しているのだ。そんなメレディスでも、絶対に勝てない相手がいるのだけれど。
……と、ベルダは心の中でこっそりほくそ笑む。
目の前のその人は、男たちの競争など露知らず、自分のドレス選びを終えてプレゼントの手直しを始めてしまった。




