メレディス先生の芸術講座
花が咲き乱れるヒューバート王子の離宮で。
今日は集まって、皆で絵を描いていた。
花瓶に生けられたクラベルの花。それを題材に、マリアたちは思い思いに絵を描く。
描き上がった絵を、メレディスは丁寧に眺めた。
「やっぱり、この中だとオフェリアが一番魅力的な絵を描くね。独特の雰囲気があるけれど、オフェリアらしくてとても良いと思うよ」
高名な絵描きに絶賛され、オフェリアは嬉しそうに笑う。
メレディスの評する通り、オフェリアが描く絵は独特だ。ファンタジー要素が入り混じり、一目でクラベルの花と見分けるのは難しいが。
「花の絵を描かせたら、殿下は絵描き顔負けですね。僕よりも素晴らしいかもしれません」
「そんな」
ヒューバート王子はちょっと照れくさそうだ。
花を愛するヒューバート王子が描いた花の絵は、あたたかく、優しい雰囲気で描かれ、とても美しい。絵描きのメレディスですら、ただの花の絵でここまでの表現ができるかどうか。
「マリアの観察眼と再現力はすさまじいね。本物みたい」
「はっきり言っていいわよ。実物そっくりに描けてるけど、それだけだって」
マリアが不貞腐れたように言えば、メレディスは苦笑する。
このメンバーの中で、花の絵を描かせたら、一番つまらない絵を描いてしまうのはマリアだろう。本人も自覚があるだけに、ちょっと面白くなさそうに唇を尖らせていた。
「意外なのはララだよ。こんなに上手いだなんて」
メレディスに褒められ、そうか?とララは首を傾げる。たぶん、少し照れている。
「意外でもないわよ。ララのお母様は、詩歌管弦に秀でて、芸術に長けた美しい女性だったそうだから。芸術的感性については、私よりよっぽど上なのよ」
「そうなのか。気さくに振舞うから忘れがちだけど、やっぱりララって、大帝国の皇子様なんだね」
ララの絵は、絵描きにも劣らぬ出来栄えだ。絵だけではない。母親譲りの楽器の腕もあり、ララはマリアよりよほど芸術に精通している。それはマリアも認めていた。
「……それで……えっと……」
最後の一人について、メレディスは急に歯切れが悪くなった。内心、そうでしょうね、とマリアも深く頷いた。
……彼の絵に触れるには、かなり勇気がいりそうだ。
「ノア……あの。何か悩みがあるなら聞くよ?」
ノアが掲げるおどろおどろしい絵から視線を逸らし、メレディスが言った。
今日、みんなで集まって絵を描くことをホールデン伯爵に何気なく話したところ、ノアも連れて行くといい、と彼からすすめられて。
どうしてですか、というマリアの問いかけに、伯爵は意味ありげに笑うばかり。何かあるなと察してはいたが……ここまでとは。
「別にそういうわけでは。強いて言えば、マリア様がもう少しお転婆を控えてくださると、私としては大変助かります」
「そりゃもう同感だぜ。こいつのせいで、俺たちの寿命が何年削られてることか」
普段のポーカーフェイスを崩すことなく話すノアに、ララがうんうんと頷く。
失礼ね、とマリアは唇を尖らせたが、心当たりしかないだろ、とララも鋭く反論した。
「マリア。あまりノアを困らせてはいけないよ。根が真面目で、意外と繊細な男であることは、君もよく知ってるだろう」
「殿下までそのような」
「言われるだけのことを普段からしてるからだろ!少しは反省しろ!」
みんなで楽しく絵を描くだけの集まりのはずなのに、なぜかマリアをつるし上げる反省会のようになって、マリアは大いに機嫌を損ねた。
オフェリアまで、ノア様をたまには労わってあげなくちゃだめだよ、とお説教してくるものだから――まったく、もう。みんなして。寄ってたかって、マリアを責めるのだから。
「それだけ、君が彼らにとって重要な女性だってことだよ」
夜、屋敷に戻って二人きりになると、メレディスはマリアの絵を描きながらそう言った。
「物は言いようね。絵の腕だけじゃなく、口も上手くなっちゃって」
目を吊り上げてマリアは反論するが、メレディスはくすくす笑うばかり。マリアはため息をつき、メレディスの絵を覗き込んだ。
「あなたは描かないの?」
「クラベルの花の絵は、僕には描けないんだ。あの花を見てると、つい君のことを思い出しちゃって。描いてる内に、君のことを描きたくなるから、結局いつも、最後まで描けなくなる」
言いながら、メレディスは絵の中のマリアを見つめて優しく微笑む。絵を描くメレディスの背中に抱きつき、マリアはまたため息をついた。
「本物がここにいるのに、あなたは絵の私に夢中なのね」
マリアの愚痴を聞き、ごめん、とメレディスが呟いた。絵筆を置き、振り返ってマリアを抱き寄せる。
ようやく自分のほうを向いたメレディスに満足し、マリアは目を閉じた。




