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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
後日談小話 休息はほどほどに
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負けず嫌い


その日の王国騎士団のウォルトン団長は夜遅くまでの仕事となり、夕食を取り損ねたことに大きなため息をついた。


「やれやれ。気が付けばこんな時間か……飯を取り損ねてしまったな。こんな時間じゃ、ろくに店も開いていないだろうし」


言いながら、ようやく片付け終えた書類を適当に机に積み上げる。

――普段からきっちり片付けていれば、今日こんなに苦労をせずに済んだのだ、という正論をぶつけられる人間はいない。


「あ、なら自分のおすすめのお店をウォルトン様に紹介しますよ」


副団長カイルにそう言われ、ウォルトン団長は彼おすすめの店とやらに向かうこととなった。




「ここはクラベル商会の食堂だろう。僕たちは部外者なのに、利用してもいいのか?」


カイルに連れられてやって来たのは、クラベル商会従業員向けの食堂だった。

クラベル商会には、夜遅くまで働く常習犯がいるらしく、食堂もそれに合わせて遅くまでやっているそうだ。

……どこへ行っても、ジェラルドみたいなやつがいるもんなんだな。ウォルトン団長はそう呟いた。


「お金を払えば、部外者も利用オッケーなんだそうですよ。アレンに教えてもらって」


カイルの友人アレン・マスターズは、クラベル商会で一時働いていたこともあったし、プライベートでも商会……というか、商会の関係者と交流がある。その縁で、カイルもクラベル商会のことを知ったらしい。

愛嬌のある笑顔で自分たちに対応してくれる食堂スタッフに甘え、ウォルトン団長も利用させてもらうことにした。美味しそうな匂いに、空腹の自分が逆らえるはずもなくて……。


「……どうしてあなたがここにいらっしゃるんですか。ヒューバート殿下」


自分で食事をもらって、自分でテーブルを選ぶセルフ形式――食事の載ったトレーを持って席を探していたウォルトン団長は、よく見知った姿に呆れつつ、声をかけた。

フードを深くかぶって、白金の髪ごと自分の顔を一所懸命隠しているが……バツの悪そうな表情で、ヒューバート王子がちらりとこちらを見た。


「お待たせしました、殿下。お食事を……」


王子が何か言う前に、二人分の食事を持ってテーブルにマルセルがやって来る。

お前もか――そう思いながら団長が振り返れば、マルセルもぎくりとなっていた。


「マルセルを責めないでくれ。城の食事が嫌いなわけじゃないんだが、時々……ここの料理が食べたくなる時があって……」

「息抜きしたいお気持ちは分からないでもありません。まあ……クラベル商会でしたら」


城の外で、クラベル商会ほど信頼できる場所はない。だから王子を責めるつもりはないが、夜遊びはいただけない。

――と、ちょっとだけお説教したら、ウォルトン様が言えたことですか、とカイルにつっこまれてしまった。マリアと会ってからは頻度も激減したというのに、なんと失礼な奴。




「それで――どうしてこのような状況に」


呆れたようにドレイク卿が言い、ヒューバート王子が苦笑いする。

目の前の賑やかなテーブルに、マリアもクスクスと笑っていた。


「カイル!負けたら一ヶ月減棒だからな――王国騎士の意地を見せてやれ!」

「そういうこと、勝負を始める前に言ってください!そんな条件つくなら気楽に引き受けなかったー!」


王国騎士のカイルと、近衛騎士のマルセルを囲み、男たちが盛り上がっている。

その中でも特に賑やかなのがウォルトン団長なのだが、クラベル商会の従業員たちや、なぜか食堂に来ていたブレイクリー提督と、提督の部下の双子の副官たちも野次を飛ばしていて。


残業ですっかり夕食を取り損ねたドレイク卿がマリアに連れられてここへ来てみれば、こんな光景を目撃することに。


カイルとマルセルはテーブルを挟んで対面し、互いに肘をついて、相手の手をしっかり握る。ゴーという合図と共に、両者は力の限り踏ん張って――そこそこ長い時間、二人の手が動くことはなかったが、やがてマルセルのほうが、ぐらりと傾いた。


「よっしゃー!なんとか勝てたー!」


結果は、カイルの辛勝だった。マルセルもかなり粘ったが、カイルのほうが年上だし、一応キャリアも上なので、何とか面子を保てたようだ。

ウォルトン団長は大喜びし、珍しく素直に部下を褒めている。野次馬たちは、勝ったカイルも、健闘したマルセルにも称賛を送った。


「前哨戦は終わりや――次は御大の番やで」


マルセルと交代し、ブレイクリー提督がのしっと座る。手を出して、ウォルトン団長に向かって不敵に笑いかけ――ウォルトン団長もにやりと笑い、ここに、エンジェリク最強決定戦が開かれた……。


「団長!絶対勝ってくださいよ!」

「提督が負けるわけありません!最強はうちに決まってます!」


それぞれの部下が、当人たち以上に盛り上がり、声援を送る。

脳筋には付き合ってられん、とばかりに、ドレイク卿が盛大な溜め息をついた。


「でも私、こういう賑やかさは嫌いではありませんわ。みなさん、とっても楽しそう」


マリアが笑って言えば、そうだね、とヒューバート王子も笑う。


「僕も、こういうのを見るのが好きで、ここへ来ているところもあるから……」


クラベル商会の食堂は、今夜も賑やかだ。


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