とても迷惑な彼女の趣味
今日は、庭で昼食にしましょう――ヒューバート王子にそう誘われ、グレゴリー王は首を傾げつつも、息子からの誘いを断れるはずもなく、彼について中庭に向かった。
今日は天気が良い。暖かい日差しがさしこみ、心地よい風が吹き抜ける。
マリアとオフェリアは木陰にピクニックシートを敷き、軽食を広げて楽しんでいた。
何をしておるのだ、と苦笑いまじりで王が声をかければ、マリアが笑顔で振り返る。
「あら、見つかってしまいましたわね。可愛いクリスティアンに免じて、どうか見逃してくださいな」
マリアの言葉に、グレゴリー王は視線を下げた。
ピクニックシートの上に座るマリアのそばに、腹ばい状態で寝転がる赤ん坊が――音の鳴るおもちゃを転がして遊んでいたクリスティアンは、グレゴリー王に気付いて、母親そっくりの顔でにっこりと笑う。
愛らしいクリスティアンの笑顔に、グレゴリー王もつられて笑った。
「陛下もユベルもいらっしゃい。今日はお弁当持ってきたんだよ」
そう言って、オフェリアは持ってきたバスケットを見せる。
ヒューバート王子もグレゴリー王もシートの上に座り、寛ぎ始めた。
通りがかった騎士や女官たちは目を丸くしていたが、オフェリアに夢中なヒューバート王子にとってはどうでもいいこと。グレゴリー王も、マリアやクリスティアンと時間を共にしているうちに、周囲の目というものが見えなくなっているようだった。
「陛下まで、何してはるんですか……」
遠巻きに見ているだけだったグレゴリー王に、声をかける猛者が。
珍しく城に来ていたオーウェン・ブレイクリー提督が、呆れたような表情で近づいてくる。こんにちは、とオフェリアも笑顔で提督に挨拶した。
「そなたが城に来ているとは珍しい」
「私がお呼びしたんです。提督が、私の研究に興味を持たれまして」
ほう、と相槌を打つ王に対し、それまで笑顔だったオフェリアが目を吊り上げた。
「お姉様……お姉様の研究って、まさか……もー!食べ物で遊んじゃだめっていつも言ってるでしょ!」
急に怒り出したオフェリアに、王は目を丸くする。
王の知っているオフェリアと言えば、いつもにこにこと可愛らしく笑っている少女。姉のことが大好きで……そんな彼女が、姉に激怒するだなんて。
「ぶ、ブレイクリー提督!命は大切に――あなたを失ったら、エンジェリク海軍は……!」
「そんな大げさな……いくらなんでも……」
自分に詰め寄って来るヒューバート王子の気迫に、怖いもの知らずのブレイクリー提督もたじろぐ。だが王子も必死だ。
「あなたは、マリアの料理の恐ろしさを知らないから、そんなのんきなことを言っていられるんですよ!」
「ちゃんと説明しましたわ。説明した上で、一度食べてみたいと提督がおっしゃったんです」
マリアが唇を尖らせ、拗ねた口調で反論する。
「めっちゃヤバいらしいな。ワシも海の上で追い詰められて、色んなもん食ってきたが……それでもアカンやろか」
「マリアは毒を目指してるんですよ!失敗料理なんてものとはジャンルが違うんです!」
思い直すよう説得する王子に同調するように、オフェリアも何度も頷く。
その横で、構わずマリアはブレイクリー提督のために作ってきた料理を取り出す――見た目は、普通の焼き菓子だ。
「特に問題があるようには見えぬが……」
ちょっと興味をそそられたように、王が焼き菓子を覗き込む。早まってはいけません、と間髪入れずに王子が父王を諫めた。
「父上、こんなにも可愛いクリスティアンを置いて逝ってしまわれるおつもりですか!?」
「……さすがに必死過ぎぬか。たかが料理であろう……」
マリアの創作料理の危険さを知らないから、父はそんなのんきなことが言えるのだ。
ヒューバート王子は必死だった。
しかし王子の制止もむなしく、ブレイクリー提督は焼き菓子を一つつかみ、口に放り込む。
――途端、うっと口を押さえて呻き声を上げた。
「これは……予想以上に強烈やな……」
吐き出して、とオフェリアは焦るが、ブレイクリー提督の反応は落ち着いていた。マリアの創作料理を食べると、たいていの人間はもっと派手に拒否反応を示すものなのだが……。
「強烈やし、評価するのも難しいような味やけど……大げさに騒ぐほどではないな、やっぱり。でも、人に食わせるもんでもないわ」
「ブレイクリー提督、大丈夫なの?レオン様とか、のたうち回ってたよ」
「鍛えとるとは言うても、ウォルトンは所詮、ええとこ育ちのボンボンやからな。胃袋の丈夫さでは、さすがにワシには敵わへん!」
そう言って、ブレイクリー提督は豪快に笑う。マリアの創作料理を食べても余裕たっぷり――オフェリアもヒューバート王子も、心から彼に尊敬の眼差しを向けた。
「マリア。残り、もろていってもええか?」
「構いませんが……」
残りの焼き菓子をハンカチに包み、マリアが手渡す。ブレイクリー提督はそれを受け取ると、ニヤっと意味ありげに渡す。
「ジョンとベンに食わせてくるわ――あいつら、最近ちょっと調子乗っとるねん。一度、きっちり締めとかんと」
懲罰としてはうってつけのものだろうな、とヒューバート王子は心の中でそう考えていた。
そして、少し名残惜しそうにしている父王に困惑する。
「……父上。あれだけは本当にいけません」
「む」
息子から再度説得されるが、グレゴリー王は渋い顔だ。マリアは笑い、王の機嫌を取るように言った。
「今度はグレゴリー様のため、愛情たっぷりに作って参りますわ。私の料理が最高だと言わせてみせます」
「……む――そうか。楽しみにしておこう」
甘えるようにもたれかかるマリアを、王は愛しそうに抱き寄せる。
……どうやら、危険物とはいえマリアが他の男のために料理を作ったことに嫉妬していたらしい。
機嫌を直し、すっかり先ほどの料理にも関心を失った父に安堵しつつ……王子は、こっそりマリアに話しかける。
「ちゃんと食べれるものを……お願いだから、父は実験台にしないでくれ」
「まあ、殿下ったら。そんなに期待されると、私、張り切っちゃいますわ」
悪びれることなく答えるマリアに、オフェリアがさらに目を吊り上げて説教していた。




