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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第六部03 嵐に襲われた城
211/252

正体 (4)


目が覚めた時、マリアはベッドの上にいた。

心配そうに自分を覗き込むオフェリアの姿が……この光景に、見覚えがあった。たしかあれは、故郷を離れた時……ほんの三年前のことだというのに、まるで遠い昔のよう……。

思い出に揺蕩っていたマリアは、お腹に小さな痛みを感じて覚醒した。


ハッと息を呑み、急いで自分のお腹に手をやる。その膨らみを確かめて、マリアは深い溜息をついた。

そんな姉にオフェリアはぎゅうっと抱きつき……それから怒った。


「もう!お姉様、危ないことしちゃだめって、みんなからあんなに言われてたのに!赤ちゃんが死んでたかもしれないのよ!」


目にいっぱい涙を溜め、オフェリアが猛烈な勢いで怒る。

部屋を見回してみれば、ここはマリアの寝室ではなかった。ここは城の中にある……客室のひとつだ。


オフェリアの声を聞きつけ、ナタリアとベルダが部屋にかけ込んで来た。マリアを見てホッとしている。


「よかった、目が覚めたんですね!人助けのためとは言え、危ないことして。オフェリア様とナタリア様から、しっかりお説教受けてくださいよ!」


ベルダは、冗談めかしてそう言いながら笑う。目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「私、ユベルを呼びに行って来る!ユベルも王様も、お姉様のことずっと心配してたんだ。きっとすごく喜ぶよ!」


オフェリアはニコニコと笑い、ベルダを連れてヒューバート王子たちに知らせに行った。

マリアは、部屋に残ったナタリアを見る。


「私はどれぐらい眠っていたの?」

「チャールズ殿下を人質に取って立てこもったあの騒ぎから、半日も経っておりません。まだ城の中も混乱が続いているようで、詳しいことは私も……。なにせ、あの部屋で起きたことを話せる人間がおりませんから。マリア様だけでなく、皆さま、毒の影響であの後お倒れになって……。ヒューバート殿下は平気そうなお顔をされていましたが、大事を取って休むよう、陛下が命じておりました」

「そう。チャールズ殿下と内務卿のロラン殿は無事?それに、リチャード様……」


チャールズ王子と内務卿は大丈夫だと思う、たぶん。毒に多少参っているかもしれないが、レミントン侯爵に比べれば……。


ナタリアも、レミントン侯爵のことを話すのは躊躇っていた。マリアの記憶にあるだけでも、侯爵は、口に出すのも憚られるような惨い有様だった。


「レミントン侯爵の具合は、かなり深刻です。拷問で体力を奪われた上に、出血も多く……傷の一部がすでに化膿し始めていて……。医師たちが付きっきりで看病しておりますが、容体が落ち着くどころか、高熱にうなされておいでだとか……」


マリアは唇を結び、目を伏せた。

拷問で弱っていたところに、マリアが毒ガスをばら撒いたことでトドメになってしまったのかもしれない――そう呟けば、ナタリアは必死に否定する。


「あの毒は、そういった類のものではないのでしょう?身体や思考を麻痺させるものであって、死に至らしめることを目的としていないのですから。それに、万一その毒の影響を受けたのだとしても、速やかに、犠牲を最小限に抑えて救出するには、ああするしかなかったのですわ。マリア様が責めを負ういわれはございません!」

「別に自虐してるわけではないのよ。あなたの言う通り、ああするしかなかった」


妊婦がまさか、自らを巻き込むような毒をばら撒くなんて――そんな連中の思い込みを利用するしかなかった。


レミントン侯爵はすぐにでも連れ出して医者にみせる必要があったし、ヴァントーズは拷問をすっ飛ばしてヒューバート王子を即座に処刑しようとしていた。

こちらも救出を即断しなければ、あとはもう泥沼にはまるだけ。だから多少のリスクは覚悟ですぐに動いた。


後悔はない――それを、マリアは初めて口にすることができなかった。

いままで何をどう決断しようが、それでどんな結果になろうが、後悔なんてしなかったのに。


――毒を吸ってしまった……私は平気かもしれないけれど、赤ちゃんは……。

母親のせいで苦しい未来を押しつけられてしまった我が子……だがマリアには、思い悩んでいる暇もない。


バタバタと。騒々しいほどの足音を立てて、オフェリアが部屋に駆け込んで来た。


「お姉様、大変なの!ユベルがもう起きてて、謁見の間に行くって!もっと休まなくちゃだめって私が言ったのに、デュナン将軍が来ちゃったから行かないとって言うの!」


マリアはぱちりと目を開け、ベッドから起き上がる。

まだふらつく足下にも気付かないふりをして、自分をベッドに押し留めようとするナタリアに命令した。


「着替えるわ。すぐに支度をして。敵の御大が来たというのに、休んでいられるわけないでしょう」




謁見の間には王と宰相、近衛騎士隊フェザーストン隊長と王国騎士団ウォルトン団長の両名、そしてヒューバート王子がいた。

だが彼らが対面しているのはフランシーヌ皇帝ランベール・デュナンではなく、三人の親子――モニカ・アップルトン男爵令嬢と、アップルトン男爵夫妻だ。


王は、謁見の間に姿を現したマリアを見て驚いていた。


「そなたがなぜ……まだ休んでおくのだ。そなたも、腹の子も、休養が必要だ……」

「お気遣いありがとうございます。陛下のお心遣いをむげにするのは心苦しいのですが、デュナンが来ると聞いて……でも、なぜ、この者たちが?」


王はマリアの乱入を咎めるどころか、自らマリアを迎えに来て自分のそばに置く。

マリアは玉座の隣に立ち、アップルトン男爵一家を改めて見た。


男爵一家は、まさに三者三様であった。

男爵はおどおどと冷や汗をかき、身を縮めて居心地悪そうに小刻みに身体を揺らす姿が何とも無様で。

モニカはぶすっと不貞腐れた顔をして、本来の可憐さも台無しにするほどその姿は醜い。


一方で男爵夫人は、凛として気品があった。可愛らしい義娘に対し、きつい印象を受ける顔立ちだが、しっかりと胸を張った姿はまさに誇りある貴族そのもので。


彼らに向かって、宰相が言った。


「……思わぬ乱入があったが、話を戻そう。アップルトン男爵。昨日、フランシーヌからの賊がチャールズ王子を捕え、王子の私室にて立てこもった。その賊は王子の部屋の場所、警備の位置を完璧に把握していた。それゆえに侵入を許してしまい、あまつさえ王子を危険に晒してしまったのだ。その賊に重要な情報を漏らし、王家の危機を招いたエンジェリク人がいる。それが誰なのか、説明の必要もないな?」


一同の視線がモニカに向けられた。

モニカは注目を受け、わずかに怯んだが、私は悪くない!と逆上した。


「ヴァントーズ?そんな人を、チャールズ様の部屋に連れて行ったりしてないもん!お部屋に遊びに行っただけで、なんで私が責められなくちゃいけないの!?私が元は平民だから、悪いことは全部私のせいにしたいだけでしょ!?」

「モ、モニカ……」


父親の男爵が控え目に娘をなだめようとするが、何の抑止力にもならない。

ヒューバート王子が静かに切り出した。


「シャルロット・クレルモン夫人――彼女はヴァントーズのスパイだった」

「すぱい……?」

「彼女は憐れな妻のふりをして軍務卿クレルモンを巧みに動かし、時には彼を扇動して不穏分子を始末させていた。マリア・オルディス公爵が軍務卿一味に襲われた一件もそうだ。ヴァントーズから情報を聞いた彼女が、夫にそれとなく話して、公爵を襲撃させた」


近衛騎士に両腕を掴まれ、ほとんど引きずるようにしてシャルロット・クレルモンが謁見の間に入って来た。

離しやがれ、とあらん限りの罵倒を続けるその姿に、内務卿に憐れっぽく泣き縋った時の面影はない。


シャルロットは、激しい憎悪を剥きだしにして、王たちを睨んでいた。

シャルロットの視線も受け流し、ヒューバート王子はモニカに向かって話し続ける。


「この女と、君は親しくしていたね?城の――王族の許可がなければ立ち入ってはならないような場所も、君は連れて行った」

「だって……だって、知らなかったのよ!この人は可哀想な人で……私、同じ平民として助けたくて……」


青ざめながら言い訳をするモニカに、シャルロットは大笑いし、それから怒り狂った。

モニカに噛みつかんばかりの勢いで詰め寄るシャルロットを、近衛騎士が必死に抑え込む。


「可哀そうだって?ハン、そいつはどーも!そりゃそんなお綺麗なもの着て、うまいもん食って贅沢を尽くしてるあんたには、あたしはさぞや惨めで憐れな女に見えることだろうよ!ずいぶんと上から目線で施してくださって……あんたも所詮、鼻持ちならない貴族じゃないか!都合の悪い時だけ、平民のふりをするんじゃねえ!」


唾を飛ばしながら悪態を吐き、シャルロットは下品なフランシーヌ語で吠えた。

あまりにも品のないフランシーヌ語だったから、マリアでも正確に聞き取れたのかちょっと自信がない。


化けの皮が剥がれた彼女は、もう言い訳をすることすらなく、その憎しみを思う存分吐き出す。

果たして、貴族の子女として必要な教養を身に着けていないモニカに、シャルロットの言葉が理解できたかどうかは謎だが。


「その女はもういい。一切の罪を認め、許しを乞うつもりもないのなら、あとは刑執行の書類にサインするだけだ。連れていけ」


王子が言い、シャルロットは謁見の間から引きずり出された。

謁見の間に沈黙が流れ、モニカは唇をぎゅっと結んで目を泳がせていた。ようやく、自分が罪に問われるべき立場であることを自覚したらしい。


「モニカ、お前は何と言うことをしでかしたのだ……!」


男爵は義娘に詰め寄るが、男爵夫人がそれを鼻で笑い飛ばした。

男爵は、このような事態にも平然としている妻を、信じられないものを見るような顔で見る。


「何をいまさら。私はずっと前から、あなたに警告していたではありませんか。この娘は貴族社会になじめない。城になど絶対連れていくべきではない。王子と親しくしているようだから、こちらで引き離して地方に引っ込ませるべきだ――私がそう言った時、あなたは何て返しました?若い娘に嫉妬するのはやめろ、見苦しい、お前の意見は聞いていない……」


夫人はしっかりと顔をあげ、誇りを失うことなく凛然とした姿で王を見据える。


「陛下。もはや私たちに、一切の釈明もございません。今回のことはすべて、愚かな娘が招いたこと……そしてモニカを止められなかった私たちの責任でございます。どうか何卒、ご存分な御沙汰を……」

「なんで?なんでそんなに平然としてられるの?あなたって本当に、冷たい心の持ち主なのね。そうやって、私のお母さんも追い出したんだわ!」


すべての罪を受け入れ、罰を受ける覚悟を見せる男爵夫人に対し、モニカは取り乱していた。

罰を恐れて罪から逃れようとする姿は見苦しく、男爵夫人に八つ当たりしている。


「いいえ。あなたのお母様は、妊娠が分かると私のところへやって来て、お金を要求したわ。その代わり夫とは手を切り、二度と姿を現さないと誓った――」

「そんなの嘘よ!知ってるんだから!あなたとお父さんは仮面夫婦だったのに、私のお母さんに嫉妬して、無理やり引き裂いたって!」

「それはこの人の思いこみよ。無責任で臆病で。いざとなったらすぐ逃げ出すの。妻の私が、どれだけ尻拭いをして来たことか」


夫人が冷たく夫を見やれば、男爵は身を縮込ませて黙るばかり。

マリアはアップルトン家の実情を知らないが、夫人の言葉には説得力があった。マリアだけでなく誰もが、彼女の言い分のほうが正しいのだろうと、そう思っているに違いない。


「あなたのお母様はね、あなたを妊娠して、夢から覚めたのよ。貴族としての教育を受けていない自分が、妻のあるこの人との関係を続けていても幸せにはなれないと。男からの寵愛を頼りに正妻と戦うには、この人はあまりにも不誠実で頼りにならないと。かと言って、この男に身分を捨てて自分と一緒になる覚悟もないことも分かっていたわ。だから私のところへ来たの。女が一人で子どもを産み育てるためにはお金がいる。頼りにならない男はさっさと切り捨てて、自分だけで子どもを育てていく覚悟をしたの。だから私は彼女にお金を渡して、あなたたちのことは忘れることにした。そのほうが、あなたたち母子にとっても幸せだと思ったから……なのにこの男が」


夫人が夫を見た。


「私に引き裂かれた憐れな恋人との夢から覚めることなく、あなたを探して屋敷へ連れてきてしまった。はっきり言うわ。あなたと、この人が、あなたのお母様の決心と努力を無駄にしたのよ。貴族になどならず、あのまま平民と暮らして……それなりに裕福な相手と結婚して、ささやかな幸せを手に入れてくれたらと願っていたでしょうに……」


夫人は、モニカの母親に敵意を抱くどころか、同情し、敬意すら抱いているようだった。

夫を奪った女ではあったが、女であることより母であることを優先させた彼女に、夫人も共感するものがあったのかもしれない。

男爵夫人の言葉に、モニカも男爵も反論する気力を失っていた。


こうして男爵一家は役人に引き渡され、罪人として取り調べられ、裁きを待つ身となった。

無知と無防備を晒し続けた愚かな少女は、大罪人となって退場していった……。


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[気になる点] モニカがチャールズに縋るけど、冷たく見放される。みたいなエピソードがほしかったなー [一言] モニカは個人的にに好きだったので悲しいね。。
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