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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第六部03 嵐に襲われた城
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招かれざる客 (1)


フランシーヌからの客が到着したその日、城は緊迫した空気に包まれていた。


フランシーヌ皇帝の三人の後継者は、謁見の間にてエンジェリク王に挨拶する。それを眺める貴族たちは、冷ややかな視線を送っていた。

それもそのはず。彼らは自国の王族貴族を悉く処刑し、その権利と財産を奪って来た者たち……エンジェリクの貴族が、そんな人間をあたたかく歓迎できる筈がない。


「ヒューバート王子殿下、ご結婚、まことにおめでとうございます。フランシーヌでも、我が国に縁深い御方のめでたいニュースをみな喜んでおります。殿下の幸せを願い……また、これを機にエンジェリクとフランシーヌの友好が深まりますことを祈り、私どももご挨拶にうかがいました」

「隣国の友を歓迎しよう。ささやかながら、今宵は宴の席も用意しておる。交流を深め、二国の友情が深まることを余は期待する」


王の言葉に使者たちは頭を下げた――それを眺めながら、マリアも他の貴族と同じく冷ややかな思いを抱えていた。


内務卿ロランという男は、まあまあ信頼してもいいと思う。印象は悪くない。

少しくたびれたような、疲れたような雰囲気のある男だが、エンジェリク王に対して礼儀を欠くことなく振る舞っている。


法務卿ヴァントーズも、接する機会があれば笑顔で対応してやってもいいだろう。一応、向こうも愛想と礼儀は取り繕っている。

卑屈な目つきと、絶えず周囲をぎょろぎょろと見回す姿に薄ら寒いものを感じるところはあるが……大きな落ち度はうかがえない。


だが軍務卿クレルモンは……。

彼への不快さを堪える必要はなさそうだ。

軍務卿はことさら粗野で、王族貴族への侮蔑を隠し切れていない。エンジェリク王や貴族たちのことも、何か理由をつけて処刑してやりたいという野心が顔に出ている……。


他二人と比べて、明らかに彼はその無能さを露呈しているのだが――なぜこんな男が、三人の後継者の内の一人に……?




「革命時、デュナン将軍は自身が結成した軍で王城へ突入しました。その時、一隊長を務めていたのがクレルモンで、彼の部隊が当時のフランシーヌ王を捕えたのです。近衛隊に守られ、城から脱出しようとしていたところを寸でのところで……他にもいくつかの軍功を上げており、その時の功績から軍務卿に抜擢されました」


マルセルが説明した。


マリアは宰相の執務室に集まり、ヒューバート王子の従者から三人の使者について話を聞いていた。


フランシーヌ出身で、デュナン将軍のもとで臨時政府の隙を狙っていたマルセルは、やはり内情に詳しい。


「彼の有能さが発揮されたのはその時だけです。以降は、過去の栄誉を笠に着て蛮行を繰り返すだけの愚か者。内務卿ロランとは格が違います」

「内務卿は、いくぶんかまともな男に見えたな」


宰相が口を挟んだ。

外交となれば、王よりもフォレスター宰相のほうが使者と接する機会が多い。

フランシーヌ側の中心人物は内務卿だ。


「ロランの有能さは本物です。地味で、一見すると目立ちにくい功績ですが……革命から今日に至るまで、デュナンを政治的な面で支えているのは彼です。正直なところ、他二人がロランと肩を並べて後継者争いをしていること自体おかしい。ロランの有能さは、明らかに抜きん出ているというのに……」

「ということは、法務卿も大した男ではないと?」


宰相が尋ねる。

軍務卿のほうは、見るからに……という感じだった。だが法務卿は、背筋が冷たくなるものがあった。あの男には、軍務卿とは別の意味で気を許してはいけないはずだ……。


「その……実を言えば、ヴァントーズのことは僕もよく知らないのです。いったい何をしているのか……何をして、あれほどまで重鎮ぶった顔をしていられるのか不明で」

「ふむ。法務卿のことは、ジェラルドに探りを入れるよう言いつけておこう」


宰相が使者たちの扱いについて考えていると、王国騎士団ライオネル・ウォルトン団長が部屋へやって来た。それはもう、かなりご立腹な様子で。


「さっさと連中をフランシーヌへ追い返せ!やつらの野蛮さと横暴さに、私がぶち切れる前にな!」


落ち着け、と宰相は冷静かつポーカーフェイスのまま声をかける。

ウォルトン団長は乱暴に椅子に腰かけ、イライラした様子で足を組んだ。苛立つ団長をなだめるように、マリアは隣に座って穏やかに話しかけた。


「フランシーヌからの使者の一部は、王国騎士団の宿舎に宿泊しているのでしたね」

「軍務卿が連れてきた連中だ。護衛役にな」


軍務卿は、自分の部下の軍人を数人護衛役に連れて来ていた。

軍務卿の本来の任務は、使者である内務卿の護衛――それが面倒くさい事情で法務卿まで連れが増え……護衛のほうの人数が増えてしまうのも致しかたないのかもしれない。


しかし、問題がひとつ。

彼らをどこに滞在させるのかということ。


なにせ軍務卿を始め、彼が可愛がっている部下は、かつては城に乗りこんで、王族や貴族を捕えて引きずり出し、処刑台に送り込んだ張本人……中には、抵抗を理由に直接その場で手を下した下手人もいる。


マルセルからそういった事情を知らされていたエンジェリク側は、城での滞在を断固拒否した。

当然だ。何をしでかすか分かったものじゃない。信頼する気になれない。


こうして、同じ軍人で、平民出身者が大半の王国騎士団が割を食うことになってしまったのだった。


「連中ときたら、ルールもモラルもない……下品で野蛮極まりない!平民だから仕方ないとは言わせんぞ。王国騎士団とてその大半が平民なのだからな。矜持も教養もない人間が、それを改めるつもりもないまま自由と横暴を履き違えてのさばっているぞ。あれがフランシーヌの言う、自由、平等の崇高な精神なのか?反吐が出る!」

「ウォルトン団長のお怒りもごもっともです。軍務卿クレルモンの部下と言えば、軍隊の中でも特に粗野で乱暴者をかき集めたような連中ばかり……もはやフランシーヌの恥さらし集団ですよ、あれは」


マルセルが溜息をつく。


「あの男にだけは、ヒューバート殿下と会わせたくありません。王族貴族はとりあえず殺せばいいと思っているような男です」

「危険を通り越して異常ね」


オフェリアを屋敷に連れ帰っておいてよかったと、マリアは心底そう思った。


「……今夜のパーティーが、無事終わるか心配だな」


宰相の呟きに、その場にいる誰もが同意した。

何事もなく無事終わる――きっとそれは、期待するだけ無駄だろう。




使者を歓迎するパーティーは、思ったよりも酷いことにはならなかった。

なぜなら、参加するのが内務卿と法務卿の二人だけだったからだ。


軍務卿とその部下は、あくまで護衛。だから彼らはパーティーに参加することなく、任務に徹してもらう――内務卿の主張に、宰相を始め誰もが胸をなでおろしたのは言うまでもない。


内務卿はまっとうな政治家で、法務卿も、胡散臭さから目を逸らせば特に問題のない男だ。


……もしかしたら、内務卿が彼の不参加をごり押ししてくれたのかもしれない。

それがエンジェリクへの配慮なのか、後継者を巡ってにらみ合う者同士の意地なのかは分からないが、どちらにしろ有難い判断だ。


「オルディス公爵、そなたは早めに出るがよい」

「恐れ入ります。お言葉に甘えさせていただいて、今宵はこれにて退出させて頂きます」


エンジェリクの公爵としてマリアもパーティーに参加してはいたが、酒も飲めないし、体調を気遣う必要もある。

王からも声をかけられ、早々と退出することになった。


「あら?ナタリア、ララは?」


自分の護衛の姿を探し、マリアが言った。


「王国騎士団の宿舎です。何やら揉めているようで……」

「騎士団の宿舎……もしかして、フランシーヌ人と揉めてるのかしら」


ララは王国騎士団の人たちとはよく交流しているから、彼らと仲がいい。騎士団で何かあったのを聞きつけて、そちらへ行ってしまったのかも。


「……ちょっと、様子を見に」

「駄目です」


マリアが言いかけた言葉を、ナタリアが食い気味に却下する。

マリアは拗ねながらも、このお腹じゃ仕方がない……とはならなかった。


「王国騎士団のこと、レオン様に報告したほうがいいわ。ナタリア、レオン様を呼んで来て。私は部屋に戻ってるから」


マリアの指示に、ナタリアが思いっきり怪訝そうな顔をする。

自分がウォルトン団長を呼びに行っている間に、勝手に行ってしまうのでは――と、言いたげな目でマリアを見つめていた。


「早く行ってきて。王国騎士団の人たちも血の気が多いから、遅くなると大変な状況になってるかもしれないわよ」


マリアから重ねて指示を出され、ナタリアは溜息をついてウォルトン団長を呼びにパーティーホールへ戻って行った。

ナタリアが行ってしまったのを確認すると、マリアは王国騎士団の宿舎へ向かった。




王国騎士団の宿舎では、やはりフランシーヌ人と騎士たちが揉めていた。

物陰からこっそり聞き耳を立てて彼らの言い分を繋ぎ合わせてみるに……パーティーに出れないことに腹を立てた軍務卿が宿舎で横暴極まりない振る舞いを繰り返し、調子に乗った部下たちも騎士団を侮辱し……もはや一触即発の雰囲気だ。


ララは、いまにも殴りかかって行きそうな騎士たちを止めていた。


「この腰抜け共め。大将がいなけりゃ何もできないってか?貴族の飼い犬に成り下がった人間なんざ、所詮その程度よ」


下品なフランシーヌ語で、フランシーヌの軍人たちは王国騎士団を挑発している。

彼らは、もとは何の教育も受けていない平民。外国語――エンジェリク語を学んでいない。


王国騎士団は平民出身だが、外国との戦を主にする彼らは外国語を学んでいる。

ただし、彼らの言語能力はマリアほど高くない。下品なフランシーヌ語はよく聞き取れていないようで……彼らの悪意だけを感じ取っていた。

そして、それらに応対できるほどのフランシーヌ語も覚えていない。カタコトのフランシーヌ語では、罵り合いは分が悪い。


ウォルトン団長はパーティーに出ていて不在、副団長カイルも団長の穴埋めの仕事で忙しい。

……そうなると、フランシーヌの使者にまともに対応できるのは、皇子として教育を受けてきたララだけだ。


「おまえらもいい加減にしろよ。分かってんのか?ここはエンジェリクで、この宿舎にはそっちの数十倍の人数のエンジェリク軍人がいるんだ。そいつらが全部殴り込んできたら、おまえらなんかひとたまりもない。そういうこと分かってて喧嘩売ってるのか?」


流暢なフランシーヌ語で反論する異教徒に、粗野なフランシーヌ人もさすがに怯んだ。

それに、ララの指摘にも……。


きっと、フランシーヌでは、ああやって威張り散らして相手を威嚇してきたのだろう。周りが敵だらけだという認識もないまま、国でやっているのと同じような態度を取って……本当に、愚かとは罪だ。


「俺たちゃ国賓だぞ。一介の軍人が、手にかけていい人間じゃねえ!」


軍務卿クレルモンが、明らかに酒に酔ったような顔でララに迫る。

さすがに、現役軍人のトップに立つ男だ。体格が良い。ララでも、一対一の勝負は不利かもしれない。話すことも態度も、トップに立つ男とは思えないほど底の浅いものだが。


「だいたい、てめー……エルゾ教徒だな?異教徒がでかい面してんじゃねえよ!」


ララの胸倉をつかみ、軍務卿は剣を抜く。

それを見て、さすがのマリアも青ざめた。そこまで愚かなのか……。


「お待ちなさい。軍務卿クレルモン殿。その男は私の従者です!」


物陰から飛び出し、マリアは慌てて割って入った。


そうしないと、本当に斬り合いになってしまう。

軍務卿が剣を抜いたことで、王国騎士団もかなり危険な反応を示している。いまにも剣を抜いて、応戦しかねない勢いだ。

きっと、軍務卿の野蛮な部下たちも、自重とか冷静な判断なんてことはしないだろう。


数の暴力で王国騎士団側の勝利は間違いないが、軍務卿の言うように彼らは国賓。それを個人的な感情で斬ってしまっては、王国騎士団にも厳しい罰が下ってしまう。


フランシーヌ人はどうにでもなればいいが、誇り高い騎士たちが、そのような汚名を受けるのはマリアが我慢ならなかった。


「なんだ、てめえは。女はすっ込んでろ!」


自分より体格の良い男に睨まれようが、そんなもので怯む女ではない。脳みそまで筋肉でできていそうな男に、怯える必要もない。


「そうは参りません。私はエンジェリクの公爵です。公爵家の人間に手出しするということは、すなわち我が家への侮辱……宣戦布告と見なします。あなたがにはいま、治外法権が適用されないことをお忘れなく」

「ちがい、ほーけん……?」


軍務卿が間の抜けた声で反復するのを聞き、マリアはよろけそうになった。

まさか、治外法権を知らない――そんな……仮にも国の代表として外交に来ている人間が。


「あの……もちろんご存知ですよね?いま、あなたがたは我が国の法律に乗っ取って裁かれる状況であるということを。フランシーヌでは罪にならぬことでも、エンジェリクの法では許されないこともあるのですよ」


本来なら外国の使者には外交特権があるはずなのだが、貴族というだけでろくな裁判もせず処刑台送りにするような国の使者だ。治外法権の取り上げは絶対条件で訪問を許した。

……そんな基本的なことを、子どもに言って聞かせるように教えなくてはいけないなんて。


マリアはめまいすら感じた。


「む、難しいことを言うんじゃねえ!そうやって話をすり替えて、逃げようって魂胆だな。貴族の常とう手段だ!」


残念ながら彼は、平民の特に悪い部分だけを寄せ集めたような男らしい。

手に入った権力に溺れて傲慢に振る舞い、己の分不相応さには卑屈になって相手のせいにする――似たような人間が、チャールズ王子のそばにもいたような気がする。

あれをさらに野蛮で、暴力的にしたのがこの軍務卿や、彼の部下たち……。


「クレルモン殿!それ以上するなら、王国騎士団総員で相手になるぞ!」


ナタリアに呼び出されて宿舎へやって来たウォルトン団長が、軍務卿を一喝する。


軍務卿も、さすがに自分と同等以上の厳つさ、明らかに格上の強さを持つ男には強気に出れないようだ。

……そう言えば、デュナン将軍――いまのフランシーヌ皇帝も、かつては将軍にまで上り詰めた軍人。もしかしたら、ウォルトン団長と同じタイプの人間なのかもしれない。


「マリア様!もう、やっぱり!こんな危ないことをして!」


団長と共にやって来たナタリアに叱り飛ばされ、マリアは早々に宿舎を立ち去ることになってしまった。


――その後のことは、団長に尋ねるしかないか。

マリアがそう思い、城内に戻りながらもウォルトン団長を振り返った時、軍務卿と目が合った。


軍務卿クレルモンは、真っ直ぐにマリアを睨みつけていた。その目に、強い敵意と憎悪を込めて。


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