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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第六部02 妹の結婚
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-番外編- 新婚さんの切実な悩み


最愛の女性と結婚し、ヒューバート王子は幸せいっぱいだった。

まだ課題も山積みで、心配事もたくさんあるが……オフェリアが、自分の妻に――それは至上の幸福であった。


オフェリアはまだ幼い。貴族や王族ならば、これぐらいの年齢で結婚するのも一般的ではあるが。

もともと年齢よりも言動の幼いオフェリアだけに、その幼さはいっそう強調されがちで。ヒューバート王子は、彼女に性的な感情を抱くことが後ろめたい時があった。


オフェリアが成長するまで、白い結婚を貫く覚悟で……でも、姉のマリアから彼女に触れる許可をもらったら、そんな覚悟もあっさりと崩れてしまった。




「ユベル!」


自分に会いに屋敷を訪ねてきたヒューバート王子を、オフェリアが笑顔で出迎えた。

可愛らしい妻を抱きしめ、彼女の頬に口付ける。


オフェリアは、姉と共に結婚前と同じ屋敷で暮らしている。自分と結婚して、自分と同じ部屋で共に過ごす日を夢見てきたが……いまは、大切な妻を城に置いておきたくない。

そう言った事情から、身重の姉のためという名目でオフェリアを実家に帰していた。


オフェリアたちの屋敷には風呂があり、宿泊する客は、もれなく入浴させられる決まり――入浴の習慣が乏しいヒューバート王子にとって、これにはおおいに困惑させられた。いまはもう、すっかり慣れたけれど。

……東方では、湯に花や香りのよい植物を浮かべ、その匂いと効能を楽しむとか。花を愛し、実用的な活かし方を研究しているヒューバート王子にとっては、非常に興味深い文化だ。


風呂から上がると、ベッドにオフェリアが腰かけていた――寝衣に着替え、ぴょこぴょこと足をぶらつかせている。

ヒューバート王子を見てパッと顔を輝かせ、夫に飛びついてきた。


オフェリアが着用している寝衣は可愛らしく……ちょっと、露出が多い。白い胸元があらわになっていて、ヒューバート王子もつい邪な感情が……。

無邪気に自分を見上げる妻を抱きしめ、他愛ないおしゃべりでそんな感情を誤魔化し、オフェリアと共にベッドに入る。


……節度をもたなくてはいけないと分かっているのに、横になった自分にのしかかり、オフェリアが身をすり寄せてきて――色々と、我慢の限界だ。


「……ユベル。しないの?」


眉を寄せ、寂しそうにオフェリアが尋ねてくる。

そんな顔で聞かないでほしい……クラクラする頭でなんとか理性をフル回転させ、ヒューバート王子は頷いた。


「今日は君も、忙しい一日だったんだろう?たまにはゆっくり休ませてあげないと、マリアやベルダに叱られてしまう」


優しく諭すように話し、オフェリアの頬に口付ける。

肌からほんのりとただよう、甘い香り……この匂いを思う存分堪能したいけれど、今夜は我慢……。


「私は、ユベルとしたいなぁ……」


甘えるようにねだられて、ヒューバート王子の理性が耐えられるはずもなく――。




「オフェリアが可愛すぎて辛い」


真剣な表情でそう呟いたヒューバート王子に、惚気じゃん、とアレクが呆れたように返す。


「まあまあ。新婚なんだから、幸せいっぱいな悩みが出てくるのが普通だよ。きっと」


新婚のヒューバート王子の絵を描いていたメレディスが、とりなすように言った。野次馬をしているララも、そーだぜ、と相槌を打つ。


「惚れた女が可愛くすり寄って来るのに、我慢しなくちゃならないなんてやっぱ辛いだろ。マルセルですら、ベルダと離れるのが辛くて朝ごねてるぐらいなんだぜ」


ララに暴露され、マルセルは顔を真っ赤にして目を吊り上げる。

なぜそれを、と問い詰めかけ、アレクが意味ありげに笑うのを見て察した――あいつ、見てたのか!


「白い結婚ではなくなったんですよね?なのに、殿下には何か我慢しなくてはならないことがあるんですか?」


ぎゃーぎゃーと喧嘩をするアレクとマルセルは放置で、メレディスが問いかける。


「節度を……その、そういうことをしてはいけない日があって……」

「要するに、オフェリアの妊娠に注意してるんだよ。特に妊娠しやすい日は避けるよう、マリアからも警告されてる」


しどろもどろになるヒューバート王子に代わり、ララが答えた。


オフェリアを求めることは許されたが、オフェリアの妊娠についてはマリアからも固く禁じられた。

……ヒューバート王子自身、いまは絶対に避けたいと思っている。子を生むには、オフェリアは幼な過ぎる。万一のことがあったら……。


「マリアも妊娠には気を付けてたね」

「まーな。こればっかりは神様からの授かりものだから、できちまうこともあるけど……それでも、あいつもできる限り気を付けてたよな」


こまめに身を清めたり、そういう日は男の誘いを断ったり。

それでも妊娠しちゃったら仕方ないわね、とマリア本人もある程度は覚悟していた。彼女に不本意な妊娠を強いるのは嫌だから、男側もできるだけ協力してはいた。


こうして、彼女が望むまでそういったことは起きずに済んだわけだが――運が良かっただけという認識は誰しもが持っていた。

だからヒューバート王子も、万一を考えてはいるが……だからこそ、リスクを避けるための努力もしているわけで。


「オフェリアじゃ、いまの自分じゃ子ども生めないなんてこと、なんとなくしか分かってないもんね」


マルセルに睨まれながら、アレクが口を挟む。


オフェリアでは、子を生む責任やリスクを、完全に理解することはできない。天からの幸福な授かりもの……ふわふわとした憧れがあるだけ。そんなところが愛しいから、別に改めてほしいとは思わないけれど。

でも、オフェリアの命に関わることだ。甘い顔はできない。ヒューバート王子が、しっかりしなければ……しなければならないと、分かっているのに……。


「オフェリアが、どんどんそういうことに積極的になっていくんだ。マリアが彼女に色々アドバイスしてるみたいで……いまは、僕より上手いかも……」


ずーんと落ち込んでいくヒューバート王子に、メレディスが慌ててフォローする。


「あれはきっと、言葉のあやですよ。殿下はオフェリアが何もかも初めてな相手なんですから、ぎこちなくて、戸惑ってしまうのも普通です。それを――オフェリアだと、そういう表現しかできなかっただけで」


下手くそ、とアレクが追い打ちをかけ、ヒューバート王子はさらに落ち込む。おい、とマルセルがアレクを咎め、ララもアレクを小突いた。


「からかうのは止めてやれ。こいつ、本気で落ち込んでるんだぜ」


オフェリアから下手くそという評価を受けていたこと――マリアからそれを聞かされ、ヒューバート王子はおおいに落ち込んだ。

上手だとは思っていなかったけれど……きっとそうだろうと思ってはいたけれど……はっきり聞かされると、やっぱりきつい……。


「こればかりは慣れるしかありません。一番手っ取り早いのは、プロに相手を頼むことでしょうか……」


マルセルは遠慮がちに提案したが、それは嫌だ、とヒューバート王子はきっぱり首を振る。


「……ですよね。僕も、商売女を殿下に近づけたいとは思いません。殿下の経験のためとはいえ……色々と条件を考えると、オルディス公爵にその相手を頼むのが最善なのですが」


でも、それだけは絶対にない、ということはマルセルにも分かっていた。


なにせ、妹の夫――見ず知らずの人間と寝ろと言われるほうがよっぽどましだろう。ヒューバート王子も、マリアも。

二人を繋ぐものがオフェリアである以上、オフェリアを裏切る行為ができるはずがない。


「マリアも似たようなことは言っていた。女の自分では、男の僕にアドバイスは難しい……教えるのなら、実践しかないと。それは不可能だから、女のオフェリアに助言しているらしい……その、男の扱いについて」


あー、と一同が何かを察したように声を上げる。

マリア直伝とあっては、初心者のヒューバート王子なんかひとたまりもないだろう。

閨に積極的なのは嬉しいが、王子にも男としてのプライドがあるわけで……。


「……ベルダも、オルディス公爵から色々教わっているみたいです」


マルセルがボソッと呟いた。

彼も、マリアから教わった女の本気の恐ろしさを痛感しているようだ。


「まあ……良いように考えればさ、積極的にそーいうことしたがるってことは、オフェリアはちゃんと気に入ってるってことだろ。本当に下手くそで、辛さしか感じてなかったら、自分からやりたがったりしねーって。特にオフェリアは、そういうとこ素直に口に出すタイプだし」


ララのフォローに、落ち込んでたヒューバート王子もちょっと気分が浮上したようで、ほんのりと頬を染めてた。

結局惚気じゃん、とアレクが繰り返す。


「うん、そうだね……。アレクの言う通り、結局惚気たいだけなのかも……」


ヒューバート王子がはにかむ。

悩みはあれど、やっぱりとっても幸せだ。




お風呂大好きオルディス姉妹は、毎日のように風呂に入る。時々は、二人で一緒に。

湯につかったまま、オフェリアはナタリアに身体を洗ってもらっているマリアを見つめていた。


「お姉様は色っぽくて、とってもきれい」


美しい姉の身体に熱い視線を送りながら、オフェリアが言った。

自分とは違う姉の身体……昔から、オフェリアの関心を強く惹きつけていた。


「私も、お姉様みたいな色っぽい大人の女性になりたいの」


そう言って、オフェリアは自分の胸を見つめる。

女性らしい変化は始まったが、姉に比べればまだまだささやかだ。実は、平均で言えば十分な大きさなのだが……姉と比較してしまうので、オフェリアには不満でならないらしい。


「じゃあ、ヒューバート殿下には頑張っていただかないとね」

「ユベル?」


大好きな夫の名前が出てきて、オフェリアはきょとんとする。マリアは意味ありげに笑う。


「私の色気は、ヴィクトール様にベッドの中でたくさん可愛がってもらって身に着けたものだもの。オフェリアだって……」


姉の答えに、オフェリアは目を輝かせる。

――自分もユベルとそういうことをいっぱいしたら、お姉様みたいな大人の女性に……!


「でもね、オフェリア。実は、そういうことをすると身体に良くない日もあるの。ちゃんとそういう日は控えてる?」

「えーっ、そんな日があるの!?私、全然知らなかった……!」


教えて、と懇願するオフェリアに、マリアが丁寧に説明する。

それを横で聞きながら、ナタリアとベルダは密かに苦笑していた。


「もう、マリア様ったら……」


マリアの身体を洗いながら、ナタリアが呟く。

マリアの言葉は、まったくのデタラメ……というわけではないが、ちょっと都合よく利用しているとは思う。


最近、ヒューバート王子との閨に積極的なオフェリアを諫めるため……妊娠しないよう注意はしているが、うまくいかないと肩を落としていた王子の悩みを知って。オフェリアをコントロールするコツは、姉のマリアが一番よく分かっている。


「こればっかりは仕方ありませんね。マリア様じゃなきゃ、やっぱり無理なんですよ」


オフェリアの髪の手入れをしながら、ベルダが明るく言った。


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