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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第六部02 妹の結婚
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結婚式 (1)


ヒューバート王子がオルディス領へやって来たのは、結婚式当日――それも、日もかなり高く昇った昼頃だった。

ようやく城を出ることができた王子は馬に乗り、旅の衣装そのままに教会へ直接やって来た。


「すまない、ぎりぎりになってしまって……」


馬から降りた王子は、急いでマリアに駆け寄り……そして、いるはずのない人物に凍り付いた。


「オフェリアは……と、聞こうと思ったんだが、その前に彼のことを聞いたほうがいいだろうか。僕にしか見えない幻……?」

「現実逃避なさらないでください、殿下。信じたくないお気持ちはよくわかりますが」


教会の前でマリアと共に並ぶロランド王に、ヒューバート王子は困惑している。そりゃそうだ、とマリアですら頷くしかない。


「祝いに駆けつけたぞ。クリスティアンは私にとって、父親のような存在だった。そのクリスティアンの娘なら、私の兄弟も同然。妹の結婚式に来ない兄がいるはずもない」


――調子のいいこと言って。

マリアとシルビオの内心は、恐らくこのとき完全に一致していたと思う。


オフェリアの結婚式にかこつけて遊びに来て、すでにエンジェリク美女を複数、泊まっている宿に連れ込んだことをマリアも知っている。あれだけ目を光らせてるのに、そういったところは抜け目がない。


「ありがとうございます。えっと……マリア、オフェリアは?」

「準備をしているところです。もう間もなく、おじと共に馬車で来るかと」


ヒューバート王子を教会へ案内し、用意していた衣装に着替えさせる。

一国の王子が挙げる式にしては、ずいぶんと質素なものだ。トマス司祭も、あまりの地味さに戸惑っている。


「清貧は美徳とは申しますが、お二人の門出を祝うにはあまりにも……」

「姉の私としても、もう少し華やかで盛大なものにしてあげたかったのですが……妹の気性を考えれば、かえってこれぐらいのほうが良かったかもしれません」


大勢の人の注目を浴びながら、堅苦しい作法を厳守して式を行う。とてもオフェリアに耐えられるとは思えない。

異例な挙式になってしまったが、身内だけでひっそりと……というやり方のほうが、オフェリアに向いている。


「マリア様、王国騎士団のウォルトン様が……!」


司祭と式の最終打ち合わせをしていたマリアのもとに、ナタリアが慌ててやって来た。

王国騎士団団長がやって来たらしい。彼も来てくれることは知っていたが……。


「レオン様?夜のパーティーには参加するとおっしゃっていたけれど……もうオルディスにお越しになられたの?」

「は、はい。それも、陛下とご一緒に」


めまいがしたのは、妊娠のせいだけではないだろう。

たしかに、王に縁のある少女と、王子の結婚式だ。王の参加も別段異常なことではない。

……それにしたって、気軽に城を離れすぎだ。


「陛下、まさか直々にお出ましくださるだなんて……!」


外に出て、馬に乗って来たエンジェリク王を出迎える。

王の護衛役として共にやって来たライオネル・ウォルトン団長も、少し苦笑しながらマリアに挨拶した。


「やはり立ち会いぐらいはしたくてな。そなたの顔が見たかったというのもある」


馬から降り、王は手を伸ばしてマリアの顔に触れる。


「顔色も良くなったようだな。安堵した。余から離れたほうが元気になると言うのは、いささか複雑ではあるが」


マリアは微笑んだ。


――お腹にいるのは、愛しい人の子。

そう開き直った途端、それまでの不調が嘘のようにマリアの体調は回復した。

たぶん、精神的に参っていたことが大きかったのだ。マリアに立ち直る意思がなかったから、身体にもその症状があらわれていた……。


「父上!父上までお越しくださったのですか!」


婚礼衣装に着替え終えたヒューバート王子は、二人目の王の登場に目を丸くしている。

まだ式が始まっていないことを確認した王は、笑顔を見せた。


「間に合ってよかった。乗馬が下手なものでな。振り落とされないよう気を付けて進んでおったから、間に合わぬかと」

「僕も乗馬の腕はまだまだです。おかしなところが似てしまいましたね、僕たちは」

「それは何とも不憫なことだ。その点については、余よりもむしろ余の父に似たかったものだな。父は乗馬が得意だった」


息子の晴れやかな姿を、王は眩しそうに見つめる。

ヒューバート王子の結婚式に立ち会いたかった――きっとそれは、偽りのない王の本心だ。マリアのほうがついでだったに違いない。

息子の結婚式に参加したいという王の気持ちを拒絶する気にはなれなかった。


「おお、我が友よ!貴殿にも会うことができればと思っていたが、会えて嬉しいぞ!」


そんなエンジェリク王も、さすがにキシリア王の登場には目を丸くしていた。

――当然だ。城を抜けて息子の結婚式にやって来たエンジェリク王もたいがいだが、キシリア王はそれをはるかに超越している。


「ロランド王、いつエンジェリクに……」

「つい先日だ。オフェリアとヒューバート王子の結婚を祝いに来た。オフェリアの父クリスティアンは、我が王家に忠誠をつくした宰相。その娘たちは、余にとっても重要人物である」


畏まってそんなことを言っているが、オルディスに滞在して遊び呆けているロランド王の姿を見て来たマリアは苦笑するしかない。

オフェリアの結婚を祝う気持ちも本当だろうが……かなりおまけ感が強い。


だがロランド王は、不意に真面目な顔になった。


「エンジェリク王とヒューバート王子が揃ったならば丁度良いタイミングだ。めでたい日にこのような話をするのは無粋だが……エンジェリク王よ、そなたに相談したいことがある。少し時間を取れるだろうか」


あの雰囲気は、何か政治的なこと……戦のことを考えている時にまとうものだ。そうなると女のマリアは関われない。

エンジェリク王、ヒューバート王子と共に別室に移動してしまったロランド王を見送り、ウォルトン団長を労った。


「お勤めご苦労様です。近衛騎士隊の隊長ではなく、レオン様が護衛役とは」

「一応、忍ぶ旅だからな。フェザーストン隊長がつくわけにはいかんだろう。隊長殿は城に残って、陛下の不在を誤魔化す役さ。迎えは隊長が来ることになっているから、夜のパーティーには問題ないぞ」


ウォルトン団長が言った。


「それにしても、キシリアの王が来てるのは僕もたまげたぞ。我が国の王と王子に、何の用だろうな」

「さあ……。女性に関する悪だくみでなければ良いのですが」


あの様子だと、たぶん真面目な話……なのだろうが、実は女遊びの相談とかだったら。ちょっとありえるかもしれない、と思ってしまい、マリアは複雑な思いに駆られた。


「フランシーヌとイヴァンカのことだろう。どちらもエンジェリクに近い国だ」


シルビオが口を挟んだ。

ロランド王と共に行かず、残っていたのか。マリアが驚いていると、おまえにも話しておく、とシルビオが話を続ける。


「めでたい時にこんな話をして不安にさせるのはどうかと思い、いままで黙っていたのだが……教皇が代替わりするだろう。新しい教皇は、どうやらフランシーヌと和解する意向らしい」

「フランシーヌと和解……たしか、聖堂騎士団の一隊を勝手に解散したことで、教皇庁とフランシーヌも不仲だったな」


フランシーヌのことは、ウォルトン団長のほうが詳しい。

エンジェリクとフランシーヌは長年に渡り睨み合って来た、宿命の敵でもある。敵の動向を把握しているのは当然だ。


エンジェリクが先王の勝手な行いで教皇庁から破門されていたように、フランシーヌも教皇庁との不仲さは有名だった。しかもこっちは、数百年前の怨恨を引きずっている。


当時財政難だったフランシーヌ王国は、聖堂騎士団の所有財産を狙い、フランシーヌに常駐していた一隊を勝手に解散。騎士団が所有していた資金を、当時のフランシーヌ王が徴収した。

教皇庁はフランシーヌを非難したが、フランシーヌ王は教皇を撥ね退け……その結果どうなったかは説明するまでもない。


当時の王は破門。王権の強化を目指していたフランシーヌとしては、反省するどころかむしろ教皇の介入を拒絶できる理由を得たことを喜んだ。

以後、教皇庁はフランシーヌの傲慢さを恨み、なにかと険悪な空気を作っていた。


「和解の証として、デュナン将軍の正式な戴冠式が行わることになった。ついにフランシーヌは新しい王朝を開くことになる――が、そんなフランシーヌに重大な問題がひとつ。デュナン将軍は独身。後継者がいない」


シルビオはかつてフランシーヌ宮廷で暮らしていた時期もあり、フランシーヌの内情に詳しい。


デュナン将軍――将軍、というのはいわゆるあだ名。実際はすでにフランシーヌの皇帝だ。ただし、それは本人やフランシーヌがそう称しているだけで、公式には認められていない。

デュナン皇帝を公認させるには、教皇庁による承認と、教皇庁から選ばれた大司祭による戴冠式が必要……彼はあくまで、前王室を倒し、革命を起こしたリーダーに過ぎない。


「将軍はかなり高齢だ。すでに四十を超え、後継者問題は切実なものとなっている。血の繋がった子の代わりに挙げられている後継者は三人――その内の一人は、かつて俺の父親だった男と手を組んでいたというのは前にも話したな。後継者レースを勝ち抜くために、フェルナンドと組んでキシリアの領土を手に入れようと……だがロランド王がフェルナンドに勝利したことで、その目論見も阻まれた」


フランシーヌの後継者問題など、マリアたち――エンジェリクにはどうでもいいことだ。本来なら。

ただエンジェリクには、ヒューバート王子がいる。


ヒューバート王子の母親はフランシーヌの王女……デュナン将軍たちが起こした革命で一族を滅ぼされた、悲劇の姫君。

そんな王女を母親に持つヒューバート王子にとって、フランシーヌは無視できない存在だ。


「次の策として、ヒューバート殿下にちょっかいを出す、というのは十分有り得ることだな。滅ぼした前王室唯一の生き残りだ。それを始末してしまえば、かなりの箔がつく」


ウォルトン団長が、厳しい顔で言った――いつもの親しみやすく陽気な雰囲気はどこにもなく、エンジェリクの高潔な騎士の姿をして。


シルビオも頷く。


「ロランド王や俺が心配しているのは、まさにそれだ。しかもあいつは、フランシーヌの敵国であるエンジェリクの王子。そしてかなりの力を持っている。後継者レースを勝ち抜くため次に狙う獲物としては、これ以上ないほど上等だ」

「今頃になって、フランシーヌのことが問題になるだなんて」


もっとも、いまになったからこそ問題になったとも言える。

ヒューバート王子は、かつては幽霊のように生きていた……そのままであれば、フランシーヌにとっても忘れ去られた王子であっただろう。


フランシーヌ――見たこともない、遠い異国。

マリアにとっては縁のない国であった。だがあの国との衝突も、もう避けられないのかもしれない。


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