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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
小話 彼らの横顔
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素敵なお節介


男装をして商会の事務所にやってきたマリアに、デイビッドは目を輝かせた。


「もしかして、手伝いに来てくれたんですか!?」

「その通りです。今日は何がなんでも、デイビッドさんに帰って来てもらわないと困りますから」


きっぱりと言い切って仕事を始めるマリアに、デイビッドがぽかんとなる。

デイビッドが指示を出さずともバリバリ仕事をし始めるマリアを、探るように見た。


「えっと、今日は何か大切な予定がありましたっけ?」


言いながら、ナタリアと出会った日から順にデイビッドは記憶をたどる。

誕生日……は違う。初めてデートに行った日?初めて手を繋いだ日?初めて口付けを交わした日……。


「今日はカタリナの誕生日なんです」

「カタリナ……ああ、ナタリアさんのお母様ですね」


キシリアで亡くなった、ナタリアの母。マリアやオフェリアを守るため、セレーナ家と命運を共にしたとデイビッドも聞いていた。


「ナタリアは早くに父親を亡くしていたので、カタリナがたったひとりの肉親でした」


マリアの母も犠牲となった、キシリアでの黒死病の大流行。あれにはキシリアの民も、セレーナ家の者たちも、大勢の人間が命を落とした……。


「カタリナの誕生日には、必ず二人でお祝いをしていたんです。両親の結婚記念日でもあったから……」


母親と共に、亡くなった父を偲ぶ日でもあった。

カタリナの夫――ナタリアの父親はセレーナ家に仕える騎士で、セレーナ家の侍女であるカタリナと一緒にクリスティアンをよく支えてくれていた。


マリアも幼い頃の記憶なので、ナタリアの父親の姿はおぼろげにしか覚えていない。父親の姿を忘れないためにも、母と一緒に語り合う大切な日でもあった……。


「いままでは私やオフェリアが一緒にお祝いをしていましたが、今年はデイビッドさんがその役割を果たすべきです。ナタリアの夫なんですから……ナタリアが一番そばにいてほしい相手は、デイビッドさんです」


マリアの言葉を、デイビッドは神妙な表情で、黙り込んで聞いていた。


「そうだったんですか……。ご両親のことはうかがっていましたが、お母様の誕生日のことは初耳でした」

「でしょうね。そういうところ、意地っ張りな子ですから」


誰に似たのやら、とマリアがこぼせばデイビッドが笑う。


「分かりました。今日は必ず仕事を切り上げ、屋敷へ帰ります――ナタリアさんと一緒に、カタリナさんのお誕生日を祝わないと」


そうしてあげてください、とマリアは頷く。


……と、言っていたはずなのに。

やはりデイビッドは、仕事を前にすると理性が吹っ飛ぶらしく。もう終わりにする約束ですよ、とマリアが引っ張っるのに、もう少しで切りがいいんです!と抵抗していた。


マリアは目を吊り上げ、デイビッドを叱責した。


「ナタリアと仕事、どっちが大事なんですか!?」

「そ、それはもちろんナタリアさん……でも、もうちょっと片付けておいたほうがスッキリしませんか……?」


マリアの目がますます険しくなり、デイビッドは身を縮込ませていく。それでも仕事を続けようとするデイビッドに、マリアは溜息をついた。


「結構です。なら今年も、私がナタリアと一緒に過ごすことにします。デイビッドさんなんか、ナタリアに……いえ、私やベルダ、それからオフェリアに一生恨まれていればいいんです」

「うぐっ」


デイビッドは撃沈し、ついに仕事を止めた。さすがにオフェリアにまで軽蔑されるというのは辛いらしい。

ようやく大人しく屋敷に帰る気になったデイビッドに、マリアは満足そうに笑った。


「ナタリアよりもオフェリアの名前を出したほうが聞き分けが良いだなんて、褒められた話じゃないですよ」

「……反省します。ナタリアさんが理解あって心の広い方なので……それに甘えてしまっているのは事実です……」

「本当に反省してください。度が過ぎると、私、またマスターズ様を焚きつけますよ」


彼も結婚したのでは、とデイビッドが非難の声を上げる。


「私も、妻子ある男性との不倫を積極的に勧めるつもりはないんですけど――マスターズ様、予想通りと言うか、あまり結婚生活がうまくいってないみたいで。マスターズ様も危惧されていたように、現実を正しく認識しないままの結婚でしたから、相手の方」


新婚だと言うのに笑顔ひとつ見せることのないマスターズに想いを馳せ、マリアが言った。

良い男性だし、マリアも彼のことは好きだ。幸せになって欲しいのだが……残念ながら現実はそうならない気配しかない。


「すでに離婚の危機です。マスターズ様は生まれてくる子のためにも何とか関係を改善したいみたいですけど、相手の女性が妊娠中の不調もあってかなり機嫌が悪いみたいで。もう離婚する、田舎に帰ると主張しているそうですよ」

「ううん、なんとも気の毒な」


デイビッドとてマスターズを嫌っているわけではない。ナタリアを巡る恋敵なので複雑なところもあるが、マスターズ本人は気持ちの良い青年だと思っている。

……それに何より、下手に離婚されて独身に戻ってしまったら、またナタリアが狙われてしまう。


「そろそろ屋敷なので、ここからは別行動で。先にデイビッドさんが帰ってください。私はあとから……。私が脅しつけてようやく帰って来たって知ったら、ナタリアががっかりしますから。何気ないふりを装ってくださいね」

「はい……お気遣いありがとうございます」


再び身を縮込ませ、恐縮したようにデイビッドがぺこぺこと頭を下げる。マリアはくすりと笑い、デイビッドにこっそりと打ち明けた。


「……ナタリア、デイビッドさんを誘うために、断腸の思いで新しい寝衣を購入したんですよ。わざわざ私に、男性が好みそうなデザインについてアドバイスまで求めて。とびきり可愛いのを選んであげたんですよ」


デイビッドが目を見開き、マリアを凝視する。


「見たら卒倒しちゃうかも。でもせっかくなんですから、頑張って意識を保って、可愛いナタリアをたくさん可愛がってあげてくださいね」


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