ララとのじゃれあい
「んんっ……んっ、やっ、痛い……!ララ、痛いのいや。もうちょっと優しくして……!」
「こーゆーマッサージなんだよ……てかいちいちエロい声出すのやめろ!健全なマッサージなんだからな、これ!」
チャコ式のお風呂で、マリアはララからマッサージを受けていた。
風呂に関しては、エンジェリクよりもキシリア、そしてキシリアよりもチャコ帝国のほうが文化として発達していた。
チャコ帝国の皇子として生活していたララは、チャコ流の入浴、チャコ独自の習慣やマッサージに詳しい。ララから受けるマッサージと垢すりは最高なのだが……男のララの力でやられると、結構痛い。
「やらしい声を出してるつもりはないわ。あなたが煩悩の塊だからそう聞こえるだけでしょ」
「おまえなー……自分の状況わかってんのか。タオル一枚だぞ!肌に直接触りまくってるってのに欲情すんなってほうが無理だろ!」
「もう、開き直っちゃって――きゃっ!やだやだ、痛い!」
ララの意地悪、とマリアは頬を膨らませて拗ねる。横になったままのマリアの頭上で、ララが盛大に溜息をつく声が聞こえた。
「もうちょっと俺のこと意識してくれよ。男って認識されなさ過ぎだろ……しまいには泣くぞ」
「ちゃんとララのこと、男の人として意識してるわ。どうして私がいつもララにマッサージを頼むと思ってるの。ララがチャコ流に詳しいからだけじゃなくて、ララにたくさん触ってもらいたいからよ」
甘えるように上目遣いでララを見つめ、小首をかしげて見せる。
「ね。もっと触って……?」
夜もすっかり更けた時間。
今夜の寝ずの番だったナタリアは、厨房で湯を沸かしているララの姿を見つけ、目を丸くする。
「どうされました、ララ様」
「ん?あー、マリアの身体を拭いてやろうと思って。風呂の湯はすっかり冷めちまったから」
「まあ。そんなことでしたら、私に申しつけてくだされば……」
「いいって。俺がやってやりたいってのもあるし」
軽く温めるだけでいいので、わずかに湯気が出始めた時点で鍋をかまどから下ろし、桶に注ぐ。
私が――と言いかけるナタリアを止め、ララはマリアの休んでいる寝室へ向かった。
「ララ様。前から思っていたのですが、もっと私やベルダに命じてくださって良いのですよ。居候と謙遜されておりますが、私たちから見ればララ様は主も同然なのですから」
「気持ちは嬉しいけど、マリアと結婚してても皇子の身分は捨てることになるんだし……こうやって働くことになってたと思うんだよ、俺。だからナタリアも気にすんなって。自分でできることは自分でやらせときゃいい」
ナタリアは一瞬困ったような顔をし、それからクスクスと笑い出した。
「ララ様は昔から、皇子様とは思えないほど気さくで、そしてお優しい御方です。マリア様はララ様のことが大好きでした――いえ、いまも。少し意味合いは変わってしまったかもしれませんが。ララ様と一緒にいる時のマリア様は、なんだか年相応の女の子という感じで……」
ナタリアの言葉を聞き、今度はララが苦笑いする。
良いように言えば、気を許してくれているのだとは思う。ただララとしては、自分なら何してもいいと思って振り回してくれてる感じが否めない。
それが嫌だとは思わないし、伯爵あたりから猛烈な嫉妬を受けそうなポジションであるのは間違いないのだが……。マリアに振り回されてばかりで、退屈している暇もない。
ララが湯の入った桶を抱えて戻ると、ベッドの上でマリアがもぞもぞと動いていた。
寝ぼけ眼で……どうやらララを探しているらしい。
「……どこに行ってたの?」
「湯を取りに厨房。ほら、寝てろ。身体拭いてやるから」
「うん……」
本当に寝ぼけているのかもしれない。長い鳶色の髪を梳いてみれば、マリアはすでに瞼を閉じていた。
「夢を見ていたわ……キシリアにいた頃。ララと一緒に木登りしてたら、オフェリアが追いかけてきて……私も登るって言い出して、カタリナたちを真っ青にさせてた……」
「そんなこともあったな」
懐かしい思い出だ。
まだ幼い婚約者同士だった頃。キシリアへ行ってはマリアとよく一緒に遊んだ。
年の離れたオフェリアは置いてけぼりを食らうことが多く、姉のマリアのあとを必死で追いかけて来ていた。
私だって出来るもん!と謎の自信を持って姉と同じことをしたがるオフェリアを、セレーナ家の家令たちも必死で止めていた……。
目を閉じたまま、唇だけマリアが笑った。
「ララと一緒だと、昔の話ばかりしちゃうわね」
「いいじゃん、別に。たまには昔話もしねーと、思い出が薄れちまう。俺はキシリアでおまえたちと過ごした日のことも、おまえの親父さんたちのことも忘れたくないぜ」
その思い出が支えてくれたから、絶望的な日々も正気を失うことなくララは生き抜いてこれた。
……もしかしたら、マリアにとっては思い出したくない懐かしさなのかもしれないが。
「……私も。お父様たちのことを忘れたくないわ」
かすかに微笑むマリアに、ララも笑う。ララが額に口付けると、マリアはそれきり眠りに落ちてしまった。




