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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第五部02 敵の敵は味方にはならない
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後始末


イーサン・ストッパードは、愛人関係にあった女の家へ急いでいた。

彼女は城仕えをしている侍女で、妹が襲われた際にも相談に乗ってもらい、魔女の妹への制裁にも協力してもらった。


父親からは勘当され、妹は尼僧院に送られることになった――妹は、最後に自分に会おうともしてくれない。親戚たちは波が引いていくように遠ざかって行き、近衛騎士隊の同僚たちは冷たい。一緒に魔女への制裁を手伝ってくれた数少ない仲間は、それぞれの実家から強制的に地方に連れて行かれてしまった。


彼女だけは、自分を見捨てなかった。

それほどまでに自分を愛していたとは……。爵位もなくなってしまったし、いまなら結婚してやってもいい。


――どこまでも身勝手で自分本位にしか考えられない男は、そんな甘い妄想を抱えて意気揚々と家を訪ね、待ちかまえていた男たちに捕えられる。


「いやあ、有難い。男と女がセットで手に入るだなんて。それも、もとはどちらも貴族。貴族を自分たちの好きにできると知ったら鉱夫たちも喜ぶだろう。手間のかかる取引だと思ったが、大変満足のいく結果になりましたよ」


ニコニコと気味が悪いほど愛想の良い笑顔を浮かべ、ダイヤマンが言った。

両手両足を拘束され、猿轡を噛まされ、頭陀袋に放り込まれて荷台に乗せられて行く男の姿を、マリアは冷ややかに見ていた。荷台には、人が入りそうなほど大きな頭陀袋がもう一つ……。


「男のほうは近衛騎士よ。腕っ節はそれなりという話だけれど、大丈夫なの?」

「問題ありませんよ。鉱夫というのもかなりの腕っ節でしてね。拘束された上に相手が複数では、いくら現役の近衛騎士と言えどひとたまりもないでしょう」


ダイヤマンの答えに、それもそうか、とマリアは納得する。

ウォルトン団長のように規格外に強い男ならまだしも、ちょっとした腕自慢程度では多勢に無勢――勝てるはずがない。


「私が気がかりなのは女のほうです。男のほうは家族からも見放され、帰る家も取り潰されているそうですが、女のほうは城仕えをしていた侍女なのでしょう。足がついたりしませんかねえ?そういう厄介な女は御免ですよ」

「問題ないわ。男と駆け落ちしたということにしておくから。男が起こした事件の共犯だったことで、女のほうも家族から厄介者扱いされているの。自分から姿を消してくれるなら、それでもう縁を切りたいと考えるはず……誰も探したりしないわ」


マリアの答えに、ダイヤマンも結構と満足そうにうなずく。

合図を出し、自分が連れて来た部下に荷台を押させ、ダイヤマンは目立つことなく王都を出て行った……。


「これで大馬鹿者の騎士のほうは片付いたわ。デリックという召使いはどうしてる?」


ダイヤマンを見送った後、マリアは側に控えていたノアに声をかける。


「解放された姪夫婦と合流し、すぐに王都を出て行ったようです」

「そう。それじゃあ彼の行方を、気の毒な元ストッパード家の召使いにさりげなく教えてあげてちょうだい」


ストッパード家が取り潰され、家に仕えていた召使いたちは突如路頭に迷うことになってしまった。自分の暮らしで手一杯な元ストッパード伯爵に推薦状を書いてもらうこともできず。職を失ってしまった彼らは、怒りのはけ口を求めていた。


主人を騙し、余計な真似をして破滅を招いた挙句に裏切った男――デリックへの復讐心に燃えている。

――憐れな彼らに、復讐のチャンスを与えてやろう。


「唯一の心残りは、妹のほうをこの目で見届けられないことね。結局、最後まで顔を見ることすらなかったわ」


必要もないことです、とノアはいつも通りのポーカーフェイスで言った。


「記憶に残すほどの相手でもない、取るに足らない人間です。後始末は私に任せ、オフェリア様のお側にいてあげたほうが、よほど有意義かと」

「それもそうね。あの女のために割く時間がもったいない。あとはノア様にお任せするわ」


ノアに任せたマリアは、本当にストッパード家の兄妹のその後ことなどすっかり忘れてしまっていた。

彼らが二度と自分たちの前に姿を現すことがないのであれば、生きていようが死んでいようがどうでもいい。


だからドレイク卿からストッパード元伯爵令嬢の話を振られた時、何のことなのか一瞬分からなかった。


「かつての伯爵令嬢が、尼僧院への移動途中でならず者に襲われたと訴えてきた」

「まあ……」


いつものようにドレイク卿の書類整理を手伝っていたマリアは、あまり関心がない正直な気持ちを隠すことなく相槌を打ってしまった。


「この期に及んでそのような狂言を繰り返すなんて。反省する気がないのですね、彼女は」

「……そうだな。私も同意見だ」


そう言って、ドレイク卿はストッパード元伯爵令嬢が書いて送って来たであろう書状を燭台にかざし、あっさり焼却する。

マリアはその様子を眺め、静かに笑った。


悲劇のヒロインを気取りたがる少女を、本物にしてやった。

――だが、もう誰も彼女の悲劇を信じない。誰も彼女を慰めず、誰も彼女のため、報復のために動いてくれたりはしない……。

今度は尼僧院にでも引きこもっていればいい――永遠に。




ずいぶんと暖かくなり、オルディス邸でも様々な花が咲き始めた。

マリアがオフェリアと一緒に花の手入れをしていると、また城を抜け出したヒューバート王子が屋敷にやって来た。


騎士に襲われて以来、オフェリアは城へ行っていない。マリアが行かせていない。オフェリアも行きたいと言わないし、ヒューバート王子も無理に連れて来いとは言えない――それを良いことに、城へ連れて行かなかった。


「オフェリアは、もう城へは来たがらないだろうか。あんな怖い目に遭わせてしまったことだし……」


仕方がない、と呟きつつも、このままオフェリアが疎遠になってしまうのではないか、ヒューバート王子は心配でならないようだ。


お城は怖いから、もう王子との結婚なんてやめる。

そう言い出してしまわないか、王子は不安で堪らない様子だ。


「怖かったけど……でも、ユベルはそんなお城で一人ぼっちで頑張ってるんだよね。だから私も、怖い怖いって泣いてる場合じゃないと思うの」


オフェリアが首を振る。王子は感激し、微笑みながらオフェリアを抱きしめた。

マリアは内心舌打ちし、やはりそれぐらいでオフェリアのヒューバート王子への恋心は変えられないか、と溜息をつく。


「ユベルのお花だって、ちゃんとお世話しなくちゃいけないし。アレクが一緒なら大丈夫だよね!」


ね、と自分の従者に振り返るオフェリアに、王子が微笑を凍りつかせる。何が王子に衝撃を与えているのかは一目瞭然だった。


オフェリアがお茶の用意をしにマリアたちから離れた時、ヒューバート王子がこっそり打ち明けた。


「下衆な勘繰りだとは分かってはいるんだが……その、アレクはオフェリアのことをどう思っているんだろうか……」


恐らくは本当に王子の杞憂だ。だが可愛い妹を奪われる恨みを募らせていたマリアは、ここぞとばかりに王子いじめに走る。

にっこり笑い、わざと不安をあおった。


「年も近いですし、アレクは気が利いて、オフェリアのことをしっかり守ってくれていますから。オフェリアがアレクを信頼して頼るのも、当然のことですわね」


情けないほど落ち込むヒューバート王子にマリアはころころ笑い、意地悪するなよ、とララが取りなした。


「心配しなくても、アレクは他に好きな女がいる。オフェリアのことは、せいぜい可愛い妹ぐらいにしか見てねーよ」

「そうなの?」


意外な言葉に、マリアのほうが反応する。アレクにも、想いを寄せている女性がいたのか……。


「やっぱり祖国の人?」

「いや、エンジェリクで会った女」

「そう……ちょっと気になるけれど……ララから聞き出すのは止めておくわ。そこまで無神経になれないもの」


アレクがどんな女性を好きになるのか、やっぱり興味がある。そんな素振りを見せなかったし、その想いが通じ合えばいいとも思う。

……と、マリアが素直にそんな感想を口にすれば、ララからは複雑な顔をされてしまった。


「何のおはなし?」


アレクと一緒にお茶の準備をして戻って来たオフェリアが首を傾げる。


ワゴンに載せてはいるが、ティーカップ一式を運ぶのは男のアレクに頼った。客であるヒューバート王子に頼むわけにもいかないが、そんなところでもオフェリアがまずアレクを頼ることに、王子としては非常にヤキモキさせられるようだ。


王子は困ったように笑っていた。


「オフェリアがアレクと仲が良いんで、ヒューバートが心配なんだとさ」


ララが王子のやきもちをあっさり暴露すると、アレクが首を振る。


『年下は好みじゃない』

「年下って言っても、ひとつしか違わねーだろ。生意気言いやがって」


ララはアレクを軽く小突いた。アレクもララを蹴飛ばしていた。

そんな二人を見ていたマリアは、じーっと自分に視線を送るベルダに気付いてそちらを見る。


「アレクが好きなのって、むしろマリア様じゃないですか?」

「えっ」


まさか、という思いにマリアは目を瞬かせた。

アレクはマリアの異性関係を知っている。それでなんでマリアみたいな女を好きになると言うのか。


マリアは真面目にそう思ったのだが、ベルダはだって、とさらに言い募る。


「マリア様って、甘やかしつつ甘えたいタイプの年上の男性か、弟キャラな同世代の男から好意を持たれやすいじゃないですか。ほら、マリア様がお姉ちゃん属性ですし」

「何それ……」


マリアは呆れたが、ナタリアまで何か考え込んでいる。


「そう言われてみれば……メレディス様にシルビオ、ララ様も、弟でしたね」

「チャールズ王子も弟だ」


ヒューバート王子まで真剣にそんなことを言い始め、マリアは苦笑した。


「確かに私は、マイペースで甘え上手な男性はどちらかと言えば可愛く思うほうですが……だからと言って、アレクまでそれに巻き込むのは気の毒です。ね、アレク?」


フォローのつもりでそう言ったのに、アレクからは嫌そうな顔をされた。八つ当たり気味に、アレクがまたララを蹴飛ばす。


「自分がまったくそういう目で見てもらえないからって、俺に八つ当たりするなよ!」


……やはりそう言うことなのだろうか。こんな女を選ぶなんて、趣味が悪い……。


「マリア様がそれをおっしゃいますか……」


ナタリアに呆れられてしまったが、好きになるならもっとまともな女にしておくべきだ――と、マリアが思うのも当然だろう。

自分がどんな女なのか、他ならぬマリア自身がよく理解しているつもりなのだから。


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