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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第五部02 敵の敵は味方にはならない
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鉄槌 (2)


手紙を読むマリアに、ララが声をかけてきた。誰からの手紙だ、と。


ララが疑問に思うのも当然だろう。いまのマリアは家名を賭けた決闘を控えており、妹を害そうとした男への報復で忙しい。

そんな時に届いた手紙――よほど大事なものだと誰もが思うだろう。


「プラント侯爵夫人からよ。以前はチャールズ王子の婚約者候補として最有力の女性だった彼女なら、ストッパード伯爵の娘とやらにも会ったことがあるのではないかと思って。手紙を書いてみたの」


今回の事件。肝心の被害者である伯爵令嬢の顔がまったく見えてこない。

このまま彼女の姿を見ることすらなく終わるのではないか。そんな予感がしたマリアは、彼女のことを知っていそうな人間を探した。

そしてマリアの予想した通り、キャロライン・プラント侯爵夫人はストッパード伯爵の娘のことを知っていた。


「キャロライン様によると……面倒な人、だそうよ。自己主張はしないけれど、自分の意思がないわけではなくて……まあ。これは確かに面倒な女……」


キャロラインが書き連ねた伯爵令嬢のエピソードを読み、それだけでもマリアは辟易した。


例えばとある集まりで。

今日は何をして遊ぶかみんなで話し合うとする。こういった場では、声が大きい者や魅力的な提案ができる者が先手を取ってしまう。そうした流れに逆らわず、その日は楽しく過ごした――と思いきや後日。伯爵令嬢の兄から抗議を受けてしまった。

曰く。妹も意見があったのに、それを無視した。

兄を通して抗議してくるぐらいなら、その時に言えばいいのに――とは思ったが、大人しい人間がそういった場で損をしてしまうのは確かだ。


だから次の集まりでは、キャロラインは彼女にも声をかけた。

キャロラインが彼女が発言しやすいよう促し、周りも彼女が話すのを待つ。しかし待てど暮らせど彼女は黙り込んだまま何も言わず。

結局その日の集まりは流れてしまった。そして再び兄から抗議が。

内気な妹を晒し者にするなど、あなたはとても無礼な人だ。


……要するに、何も言わずとも彼女のために周りが察し、進んで彼女のために動けと。

さすがに馬鹿馬鹿しくなって、キャロラインはそれ以降、ストッパード伯爵令嬢からは距離を置くようにしていた。


「そのエピソード聞いただけでも、うへぇってなるな」


伯爵令嬢の面倒くささを聞いて、ララが言った。


「騎士のほうのストッパードと、このうへぇな妹は同母兄妹で、生母は幼い頃に亡くなっているんですって。その後、伯爵が再婚して継母となった女に妹のほうが虐められて、それを兄が庇ったとか。美談のように語られているけれど、問題大有りな妹のコミュニケーション能力を何とかしようとしていた継母に対して、兄妹が一方的な敵意を持って排除したというのが事実ではないかとも言われているみたい」


キャロラインが教えてくれた伯爵令嬢のエピソードでひとつ、非常に興味深いものがある。


兄妹を虐めていたと言われるストッパード伯爵の後妻は、義理の娘への殺人未遂で訴えられ、伯爵と離婚して行方をくらませていた。


階段から突き飛ばされて大怪我を負った――伯爵令嬢がそう訴え、継母は糾弾された。

それなりに大きな事件として役人まで介入しているが、結局継母は逮捕されなかった。夫であるストッパード伯爵が取り成したのもあるが、被害者の伯爵令嬢が恐怖で部屋に閉じこもってしまい、まともに話を聞くこともできなかったからだ。


それでも義理の娘を殺そうとしたと言う噂は広まり、後妻は居た堪れなくなって屋敷を出て行ってしまった。

そして後妻が出て行って数日と経たず、ケロッとした顔で普段通りに過ごす伯爵令嬢が目撃された……。


「つまり、継母は陥れられた?」

「そうじゃないかという見方がされているわね。もっとも、妹がとても可愛いうつけ騎士は微塵も気付いていないみたいだけれど」

「なら今回のことも……」


恐らく今回も。

気に入らない継母を追い出したように、邪魔なヒューバート王子の婚約者を排除しようと憐れな被害者を装って、自作自演で事件をでっち上げた。妹の狂言を信じて騎士ストッパードは暴走し、オフェリアの名誉を傷つけようとした……。


「狂言だって、証明できるのか?やってないことの証明なんて無理じゃないのか?」


ララが心配そうに尋ねたが、マリアは笑って見せる。


「やってないことを証明するのは難しいけれど、できるはずがなかったことは証明できるわ」


首を傾げるララに、いまに分かるわよ、とだけ言ってマリアは屋敷を出た。

伯爵令嬢の嘘を暴く前に、まずは決闘を見届けなくては。


ウォルトン団長が負けるはずはない。唯一の気がかりはレミントン侯爵。

侯爵はマリアの自滅を待っている。積極的にマリアを潰す意思はないようだし……ならば下手に今回のことに関わらず、傍観を決め込むのではないか楽観視はできないが、その期待はできた。


今回はストッパード側に不利な点が多く、レミントン侯爵が尽くすほどの義理がある相手でもないはず。

まだマリアはチャールズ王子の婚約者なのだ。マリアを完全に敵に回してまで、ストッパードを助けるとは思えなかった。




決闘の立会人はエンジェリク王だった。

王自ら引き受けたことにはさすがのマリアも驚いたが、勝っても負けてもエンジェリク貴族の家がひとつ、必ず消える。その重大さを考えれば、やはり王も結果を見届けたかったのかもしれない。


伯爵令嬢とオフェリアの名誉を守るため、今日までのことは何もかも極秘。一部の人間にのみ知らされている。

決闘を見守るのはマリアとヒューバート王子、宰相、ドレイク警視総監――そしてストッパード伯爵の側に、チャールズ王子とレミントン侯爵の姿が。


レミントン侯爵は、明らかに普段と様子が違った。

愛想が良く、いつも余裕たっぷりに笑っている侯爵は、今日は憮然とした表情でどこか視線も虚ろだ。

侯爵だけでなく、チャールズ王子もいつもと違う。いつもは鬱陶しいほどマリアを意識して無視したがる王子は、ちらちらと伯父である侯爵を気遣っていた。


前に顔を合わせた時、侯爵は少し体調が悪そうだった。もしかしたらあの後、侯爵は体調を崩した……?


「これより決闘を行う。オルディス公爵の代理人はライオネル・ウォルトン――イーサン・ストッパード。そなたの代理人は。それともそなた自身が決闘を行うのか」


宰相が聞いた。


騎士ストッパードは大げさなほど右腕に包帯を巻き、負傷が原因で戦えないアピールをしている。


ストッパード側の代理人は、ごくありふれた感じの青年だった。特別鍛えているようにも見えない。

ウォルトン団長と対決するにはあまりにも――マリアにはそう思えてならない相手なのだが……団長がさりげなく帯刀していた剣に手をやるのが見えた。


「ジェラルド様……もしや、レオン様は動揺されていませんか?」

「間違いなく動揺している。あの男は、ランドルフ・ウォルトンだ」


ストッパード側の代理人を見つめたままドレイク卿が呟いた名前に、マリアは目を見開いた。


ランドルフ・ウォルトン――ライオネル・ウォルトン団長の父親の名前。その名がついた男ということは、あの青年は――。


「ライオネルの腹違いの弟……ジェーンの息子だ」


ウォルトン団長の母親を殺した女性……その息子。母親の事件があった後、ウォルトン家からは遠ざけられたと聞いている。そう簡単に見つけて連れて来れるような相手ではない。


マリアはちらりとレミントン侯爵を見た。

侯爵は相変わらず欠片も笑顔を浮かべず、腰かけた椅子の背もたれにもたれかかり、興味がなさそうに決闘の様子を眺めていた。

――なかなか的確な入れ知恵をしてきたものだ。


「お兄様と違って、武術の腕はそれほどなのですね……」


兄弟の決闘を眺め、マリアは素直な感想を言った。

騎士としてのウォルトン団長に、情けや慢心といったものはない。相手が誰であろうと、騎士の役目を果たすために容赦なく剣を振るっている――例えそれが、血を分けた弟であっても。


「それまでだ。両者、剣を引け」


宰相が言ったが、ストッパード側の代理人は引く剣を持っていなかった。

ウォルトン団長の剛腕で剣はへし折れ、無様に尻もちをついている。ウォルトン団長は無防備にへたり込んでいる弟に剣を突き付けていた。弟は、それでも強い敵意を持って団長を睨む。


ウォルトン団長は剣を引き、決闘は呆気なく終わった。

そしてランドルフ・ウォルトンは、ウォルトン団長が剣を収めた途端襲いかかって来た。懐に忍ばせておいたもうひとつの獲物を取り出して。


見ていた客は一瞬冷やりとなったが、団長はあっさり弟の腕をつかみ、ねじあげる。不意討ちも、弟の敵意も、団長は当然のように予想していた。


「殺せ!俺たちの母親を殺したみたいに、俺のことも殺せばいいだろう!」


団長によって動きは完封されているが、それでもランドルフはもがき、暴れている。

王が立会人となった決闘で、代理人による反則行為。その場で斬り捨てられてもおかしくない。ウォルトン団長が再び帯刀する剣に手を伸ばした――。


「そこまでです、ウォルトン様。まったく。部下の仕事を取らないでください」


王国騎士団副団長であり、ウォルトン団長の昔からの部下であるカイルがやってきて、声をかける。


「副団長だった頃の癖が抜けてませんねー。すーぐ自分でやろうとしちゃうんだから。ウォルトン様は団長になったんですから、偉そうに部下に命令してればいいんです」


カイルは連れて来た自分の部下に合図を出し、違反者を引っ張って行く。手短に用を済ませ、カイルは王たちに一礼してすぐ決闘の間を出て行った。


マリアはホッとした。団長なら弟を斬ることを躊躇うまい。しかしそれを望むほど、マリアも悪趣味にはなれなかった。


「……やれやれ。やはりこうなったか。特に面白いこともなく終わったな」


ストッパード側の代理人が連行されるのを見届けたレミントン侯爵は、不機嫌そうな声で呟き、腰かけていた椅子から立ち上がった。


出て行こうとする侯爵に、ストッパード伯爵は慌てた。


「そんな、侯爵……わし――私は、あなたの言葉に従って……」

「ストッパード伯爵。私は最初に告げておいたはずだ。私に頼みに来るのが遅すぎる。すでに決闘が決まり、ウォルトン侯爵が相手側の代理人にまで選ばれていてはどうしようもない。それでも私はあなたへの義理を果たした。ウォルトン侯爵の動揺を誘える唯一の方法を教えてやっただろう」


やはり、ランドルフ・ウォルトンの存在を見つけて決闘に連れ出したのはレミントン侯爵だ。

ウォルトン団長は侯爵たちのやり取りを、聞かないふりをしてやり過ごしている。あの弟のことは、いまは触れられたくないらしい。


「オルディス公爵への報復を考えた時に、私のもとへ来るべきだった。浅はかな息子の尻拭いぐらい、ご自分でやりなさい」

「だから言ったのですよ、父上。こんな男に頼るのは間違いだと」


近衛騎士ストッパードが言った。伯父の側について大人しくしていたチャールズ王子が、怒りで顔を赤らめる。


「イーサン・ストッパード、何だその言い種は!伯父上は病に冒された身体をおしてまで、お前たちに便宜を図ってやったのだぞ!」


ああ、やっぱり――マリアは納得した。

レミントン侯爵の隠すつもりのない不機嫌さは、病で体調が芳しくないからだ。チャールズ王子が大人しいのも、伯父への心配で周囲を気にかけている余裕がないから。


「あの魔女にまんまと誑かされた王子が、何を言うか」


騎士ストッパードはあからさまに侮蔑した表情を王子に向ける。無礼な息子の態度にストッパード伯爵が慌てたが、彼の短気さはチャールズ王子といい勝負だった。


「あの女の身体はそんなに良かったですか。公の場では嫌ってみせていたが、結局男の本能には勝てなかったみたいですねえ、殿下?」


騎士ストッパードが皮肉たっぷりに笑う。

素知らぬ顔を決め込めばいいのに、チャールズ王子はさらに顔を赤くして黙り込んだ。あれではあの男の嫌味を肯定したも同然だ。マリアは密かに溜息をついた。


宰相も、警視総監も、ヒューバート王子も。戯言など聞こえなかったふりをして涼しい顔をしている。ただ一人、エンジェリク王だけがわずかに反応したのをマリアは見逃さなかった。

――チャールズ王子との関係を、王に知られてしまったのは面倒だわ。


「チャールズとオルディス公爵は婚約している。誰に咎められる覚えもない」


レミントン侯爵が冷たく言い捨てた。

ストッパードは婚前交渉を非難するように声を上げたが、いよいよ不調が我慢できなくなったらしいレミントン侯爵が、ジロリとうつけ者を睨みつける。


「あなたが騒ぎ立てなければ、特に問題のなかったことだ。その下世話な暴露は、レミントン家への侮辱でもある……どうやら僕と敵対したいらしいな」


愛想も建前も取り繕うことを止めた侯爵の低い声に、騎士ストッパードも怯み、うるさい口を閉ざした。


レミントン侯爵はストッパード親子に振り返ることもなく、さっさと決闘の間を出て行く。

チャールズ王子も急いで伯父のあとを追いかけて行き、ストッパード親子は自分たちの味方を失った。


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