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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第五部02 敵の敵は味方にはならない
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鉄槌 (1)


フォレスター宰相とドレイク警視総監、そしてストッパード伯爵まで呼び出され、改めて近衛騎士ストッパードの言い分を聞くことになった。


ストッパード伯爵令嬢はその日、馬車に乗って城から帰っていた。

なぜかその日の馬車は普段とは違う道を通り、人通りのない場所へと行ってしまった。令嬢が不審がっていると、突如複数の男が馬車に乗り込んできて、彼女は口に出すのも憚られるような恐ろしい目に遭った……。


「そのような訴え、こちらは一切聞いていないが」


ドレイク警視総監が静かに言った。


「この男が、妹の名誉のためだなんだと言って公にするのを嫌がったんだ!」


そう言って騎士ストッパードが指差したのは、自身の父ストッパード伯爵だった。

ストッパード伯爵は滂沱の汗を掻き、ひっきりなしにハンカチで拭いている。居並ぶ面子におどおどとし、少ない頭髪が完全に萎れている。激怒する息子に対して父親のほうは穏和……というより、事なかれ主義な男に見えた。


「ストッパード伯爵、なぜ役人に訴えなかった」


宰相が問う。


「い、いえ……その、わし……私も、最初に話を聞いた時は、役人に訴えて襲った男たちを全員逮捕させ、死刑にさせるべきだと思ったんですが……。なにせ娘は部屋に閉じこもってまともに話そうとしなくて……話を聞こうとしたら、わし――私が無神経だと責められて、娘の侍女にまで部屋から閉め出されてしまいまして。馬車に同乗していた召使いからしか、話が聞けておらんのですよ。はい」

「オルディス公爵がその一件の首謀者であると主張する根拠は」

「その召使いが、自分の記憶と伝手を頼りに調べたと言っておりまして。それでオルディス公爵が犯人だと。その、証拠らしきものを召使いが持って来たんですが、公爵の犯行を断言できるものではなく……せめて医者に診せて、娘の状況だけでもはっきりさせておこうとしたら、それもまた無神経だと反対されまして……」


もごもごと話しているが、ストッパード伯爵の言い分は筋が通っている。


明確な証拠はなく、また明確な証拠を探す協力もしない。それで公爵を訴えようなどと言うほうが愚かだ。

傷を抉られたくない娘の言い分は分からなくもないが、それでは泣き寝入りするしかないと判断する父親の言い分ももっともではないか。


父親としてはいささか薄情な気もするが、どうすることもできないのは事実。そしてどうすることもできないよう仕向けているのは、他ならぬ娘自身だ。


「デリックは俺が小さい頃から仕えてくれる、信頼できる召使いだ。父上はあいつの言葉を疑うのか!?」

「いや、わしはデリックを疑っているわけでは……だが、デリックの言葉だけでは何の証拠にもならん……」


激怒する息子に、ストッパード伯爵はしどろもどろと言い訳をする。そして、媚びへつらうようにマリアを見た。


「オルディス公爵、妹御のことは実に申し訳ない。息子は自分の妹が襲われたことで頭に血が昇っておって……どうか憐れみをかけてはいただけませんかね。公爵も、このことが公になっては妹御の名誉に関わるでしょう……?」


特に何の感情も抱いていなかったストッパード伯爵に、マリアは一気に嫌悪感がわき上がった。


未遂で終わったが、男に襲われた。その事実だけで、王子と婚約しているオフェリアは致命的なダメージを負うことになる。

穏便におさめたほうが互いのためだと……だから息子の暴走も大目に見てね、とストッパード伯爵は暗にそう言っているのだ。


伯爵の娘が襲われたことについてマリアに非があるのかどうかははっきりしないが、マリアの妹が襲われたことについて、釈明の余地もないほどに伯爵の息子は非があるというのに。


「……分かりました。和解の条件を提示します。それを呑んでくださるのでしたら、こちらも穏便に片付けましょう」


マリアが言えば、言いくるめることに成功したと確信したストッパード伯爵が安堵したように笑う――そんな不快な表情を浮かべた伯爵の顔に、マリアは白い手袋を叩きつけた。


「ストッパード伯爵。私、あなた方に決闘を申し込みますわ。負けたほうは爵位を返上して家を取り潰す。これでいかが」

「そ、そんな馬鹿げた決闘――!」

「決闘を拒まれるのでしたら、私、今回の一件をドレイク警視総監にお願いして公にしていただきます。妹の名誉は傷つけたくはありませんでしたが……妹を不幸にしてまで公にするのですから、徹底的にあなたたちを潰します。一族郎党――女子供一人残らず全員、その対象になりましてよ」


決闘に応じるなら、家を潰す程度で許してやる。応じないなら、すべて惨たらしく潰してやる。

――どちらでも、好きなほうの破滅を選ぶがいい。


マリアが冷たく睨みつければ、ストッパード伯爵もこちらの本気に気付き、目を泳がせた。


「良いだろう――その決闘、引き受けてやろう」


息子のほうは尊大に胸を張り、マリアを馬鹿にしたように態度で応じる。


「……オルディス公爵。その決闘、公爵側の代理人として、私を選んで頂けませんか」


マリアに向かって膝をつき、団長が恭しく申し出る。先ほどまでマリアを侮って自信たっぷりに笑っていた騎士ストッパードは、一瞬にして青ざめた。


「ウォルトン団長が公爵側の代理人だなんて、そんな……」

「本来ならお前は、いますぐこの場で私に首を刎ねられるべき人間だぞ。それを公爵の恩情で、決闘に勝てれば見逃してやるとおっしゃられているのだ。ならばせめて、私が責任を持ってお前の相手を引き受けるべきだろう」

「団長は、どこまで腑抜けにされているのですか!?名誉ある王国騎士団の団長にありながら、このような魔女にまんまと騙されて……」

「好きに言え。私は騎士として、お前の存在を認めん。エンジェリク騎士の名誉のため、私のこの手で必ず始末をつける」


マリアのために近衛騎士ストッパードを処分しようとしているのではなく、同じ騎士として彼の存在を許せないからこそ、ウォルトン団長は彼を始末してしまいたいと思っている――マリアはそう感じた。

ストッパードも同様のことを感じたに違いない。どれほど喚いても、団長の決定は覆らないと。


マリアはウォルトン団長の申し出を有難く了承させてもらうことにした。

もともと決闘代理人は必要だった。ララかアレクに頼むつもりだったが、ウォルトン団長がその役割を自らになってくれるのなら、これ以上の人選はない。

闇討ちしてもマルセルに勝てない程度の実力なら、団長など目を瞑ってでも勝てる相手だ。


騎士ストッパードも、王国騎士団の団長には絶対に勝てないという自覚はあるようだ。その内心が、ありありと顔に出ている……。




マリアがオルディス邸の屋敷に戻ると、先に屋敷へ帰って来たオフェリアに飛び付かれ、マリアは妹を落ち着かせることに専念した。


襲われた後すぐ、ベルダ、アレクと共に屋敷に帰らせた。怯えるオフェリアを、事件のあった城へ留めておくことなどできない。

事件のことには触れず、オフェリアの大好きなことや、楽しいことだけを話して皆でオフェリアを慰めていた。


「オフェリア」


城からこっそり抜け出したヒューバート王子が、屋敷を訪ねてきた。

いつもなら喜んで王子のそばに駆け寄るオフェリアが、今日は嬉しそうにしつつもマリアにくっついて離れないまま。

オフェリアがどれほど恐ろしい思いをしたのか察し、ヒューバート王子も眉をひそめた。


「側にいてあげられなくてごめん。僕のせいで……」

「殿下。あのうつけ者が殿下を恨む理由は、ガードナー伯爵の一件だけではありませんでした」


マリアが言えば、王子が驚いた顔をする。


「あの男の妹とやらをご存知ですか?」

「……いや」

「僕は覚えています」


王子の従者であるマルセルが答える。

ヒューバート王子は必死でストッパーズ伯爵令嬢のことを思い出そうとしているようだが、マルセルは首を振った。


「殿下が覚えていらっしゃらないのも無理はありません。僕の記憶にある限り、殿下と直接言葉を交わしたこともなければ、殿下は彼女の声を聞いたことすらありませんから。空気のような女性で、何かを主張したこともなく……殿下の周りに群がる女性の中に混ざってはいるものの、誰か押しの強い者に巻き込まれて連れて来られたのかと……そういった意味で、僕の印象に残っていただけです」

「ところが彼女、ヒューバート殿下をお慕いしていたそうですよ。それなのに彼女の気持ちにまったく気付くことなく、妹の想いを無碍にしたといったことでも、あのうつけは殿下を恨んでいたそうです」

「そんな無茶な。さすがにそれは逆恨みじゃないですか」


マルセルが言った。マリアも頷く。

この主張を聞いた時、ヒューバート王子の不誠実を疑うよりも先に騎士ストッパードの正気を疑った。


ヒューバート王子は公に姿を現すようになった頃にはすでにオフェリアに心を捧げていたし、オフェリアとの婚約に漕ぎつけるために必死で、他の女性によそ見をしている余裕なんかなかった。


事実、反乱の鎮圧に異教徒との戦いと、一年の間に二度も戦に赴いている。

女性からの想いに気付かなかったとか……王子はそんなことに気を配っていられるような状況ではなかったと知っているはずだ。近衛騎士隊とて、その戦に無関係だったわけではないのだから。


「ストッパードは、箔をつけるために近衛騎士隊に入った輩です。残念ながら近衛騎士も、騎士としての誇りや信念を持って入隊した者ばかりではありません」


マルセルが言い、知ってるわとマリアも同意する。


他ならぬ父親が認めた。

息子は、腕っ節はそれなりだが物事を深く考えるのが苦手で、コネを使って近衛騎士隊にねじ込むのが精一杯だった、と。


「聞けば聞くほど呆れるような話だが……マリア、大丈夫なのか?家名を賭けての決闘なのだろう。万が一にでも負けたら、オルディス公爵家は……」


ヒューバート王子は心配そうに尋ねたが、マリアは欠片も心配していなかった。


「レオン様が負けることはありません。肉体的にも精神的に鍛錬の足りなさそうな男――逆立ちしていたって、レオン様なら勝ちます。事情が事情ですから、手を抜くと言うことも有り得ませんし」

「油断はできないかもしれない。あの後、ストッパード伯爵はレミントン侯爵に泣きついていたそうだ」


王子が言った。


リチャード・レミントン侯爵が。

さすがに彼の名前にはマリアも怯んだ。ウォルトン団長以上の人間を即座に連れて来れるとは思わないが、何か余計なことをストッパード側に吹き込む可能性はある。


「御忠告痛み入ります。過信は控えます……が、やはりレオン様の勝ちは揺るぎません。侯爵が関わって来るにしても、それは決闘外のことではないかと。そのほうが確実ですし、口出しする余地もあります」


マリアが侯爵の立場なら、決闘そのものを無効にするか、決闘の結果が出た後に異議を唱えるかのどちらかだ。

勝負は成り行きに任せるしかない。


だからマリアのすべきことは――ウォルトン団長が勝利した後もストッパードを徹底的に叩き潰す方法を確保しておくこと。


「あの男は絶対に地獄へ落とします。オフェリアを傷つけた人間が、生き残る道が存在するだけでも許せませんもの」


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