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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第五部02 敵の敵は味方にはならない
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小さな親切、大きなお世話 (2)


「ライオンのシルバーが、エンジェリク貴族を襲って怪我をさせた……怪我をしたのは、ラスボーン侯爵の弟と、複数の召使い……」


何やら聞き覚えのある名前に、マリアは思わず顔をしかめた。

そんなマリアを見て、知り合いか、とヒューバート王子が問う。


「ええ。私がデビュタントを踏んだその日、侯爵の奥方に絡まれまして……まあ、色々あり、その女が鬱陶しくなって……二度と華やかな場に出て来れないように追い詰めてやりました」


目障りな侯爵夫人を精神的に追い詰め、夫人は領地に引っ込んだはず。夫も一緒に領地で慎ましやかに暮らしているのかと思っていたが、いつの間にやら王都に戻ってきていたのか。


「奥方のほうはいまも領地で暮らしているそうだ。弟と……あと、妹と一緒に王都でまた暮らし始めたと言っていた」

「妹」

「うん。チャールズ王子と一緒にサーカスを観に行った際には、妹のほうを同伴していたそうだ」


なぜそこでチャールズ王子の名が、とマリアが不思議そうにしていると、ヒューバート王子が事のあらましを説明してくれた。


先日、オフェリアと共にシルバーサーカス団を観に行ったヒューバート王子――親しみやすい笑顔で手を振る美しい王子様は平民たちの間で人気となり、さらにサーカスの団員達から、偉ぶったところがなく非常に気さくで物腰柔らかな好人物だったと言う評判が広まった。


それを聞いたチャールズ王子は、自分もサーカスを観に行きたいと言い出したらしい――

平民と交流する機会が持てるのと、人気のサーカスを見てみたいという純粋な好奇心から。


「それでラスボーン侯爵が、チャールズ王子のために席を取ってくれたというわけですね。ですが、それと侯爵の弟がシルバーに襲われたことと、どういった関係が?」

「まず侯爵の弟が襲われた経緯だが……シルバーの子供を盗み出そうとしたらしい。そこを見つかって、怒り狂ったシルバーに襲われた。客もとうに帰った時間で団員しかおらず、翌日の準備と練習のため、シルバーは檻から出されていたそうだ」

「子供を連れ去ろうとして、父親に襲撃された。文字通り八つ裂きにされても文句が言えませんね」

「そこでちょっとした問題が。侯爵が、チャールズ王子に頼まれてやったと言い出した」

「まあ……」


相槌を打ちながら、マリアは首を傾げる。


チャールズ王子は浅はかで幼稚な性格ではあるが、物欲に関してはさほどだ。

物欲が強いのは王妃や妹のジュリエット王女のほう。以前、王子の狩りの供をした際、臭いしドレスが汚れるからという理由で、二人とも動物は嫌っていると聞かされた。


果たして、チャールズ王子がライオンの仔を欲しがるだろうか。


「チャールズ王子も強く否定している。陛下も、さすがにラスボーン侯爵の言葉は信じていない」


とりあえずラスボーン侯爵の訴えを聞くため、チャールズ王子はもちろん、王やヒューバート王子も謁見の間に集まる予定らしい。

一緒に来るかと尋ねられ、関心はあるが参加する口実が思いつかない、とマリアは断った。


だが興味はある。様子をうかがうことはできないかと部屋の前までヒューバート王子についていくと、ドレイク警視総監と出くわした。


「ジェラルド様も呼ばれていたのですか?」

「父からな。サーカスでの事件について、恐らく捜査が必要になる。それで私が呼ばれた」

「ジェラルド様、私をジェラルド様のお供として連れて行ってはくださいませんか?」


マリアがお願いしてみれば、ドレイク卿はあっさりと了承してくれた。


一応チャールズ王子の婚約者であるマリアが、ヒューバート王子と一緒に謁見の間に出るわけにはいかない。かといって、チャールズ王子の連れとして参加することも、向こうが了承してくれないだろう。

そういうわけで、ドレイク卿の登場はありがたかった。


謁見の間には、王とチャールズ王子、レミントン侯爵、ヒューバート王子、それにドレイク卿の父親でもあるフォレスター宰相もいた。

ラスボーン侯爵は、居並ぶ面子を前にいささか居心地悪そうにしながらも、尊大にふんぞり返っていた。


ラスボーン侯爵ってこんな顔だっけ、とマリアはこっそり心の中で呟いた。

美しくも頭が空っぽな妻のほうはよく覚えているのだが、夫のほうはあまり印象に残っていなかった。若い妻を猫可愛がりする夫……特に印象に残るようなこともなかったし。


「役者がそろったところで、もう一度、貴殿の主張を改めて聞いておこうか」


宰相が口火を切った。


「……以前もお話しした通り、私はチャールズ殿下に頼まれ、あのサーカス団の獣を入手しようとしました。殿下はあの白い獅子を大変気に入ったようで……。殿下への忠誠を尽くし、我が弟は負傷したのです」


チャールズ王子は怒りに顔を赤くし、でたらめだ、と叫ぶ。


「確かに僕は、あのような獅子を狩ることができたら、とは話した。だがそれは、ただの世間話だ!だいたい、僕が狩ってみたいと言ったのは成獣の獅子のほうだ!幼獣をさらうのは理屈に合わぬだろう!」


激怒しているが、それなりに釈明はできている。


狩りを好むチャールズ王子にとって、サーカスにも登場した白い獅子を狩ってみたい、と憧れを持つのは当然だ。それを口にしたからと言って責められるものでもない。そんな王子の機嫌を取りたいと思う人間が、自分のために獣の仔をさらってくることまで予想しろと言うほうが無茶だ。


「殿下は日頃から、我々貴族が王家のために誠意と忠義を尽くすことを当然のように語っておりますから、私は、またいつもの無理難題を言い出したのかと思い違いをしておりました。普段の貴族に対する横暴さを考えれば、私がそう誤解してしまうのを責められる覚えはありませんぞ」


ラスボーン侯爵は嘲笑するようにそう言い、チャールズ王子はさらに顔を赤くした。


「チャールズ王子の貴族に対する侮りについては擁護できないが、それを理由に自らの行いを正当化しようとする貴殿も擁護は出来ん」


宰相が厳しく言った。


「私はチャールズ殿下の我儘に振り回されたのですぞ。意に添わぬことがあれば無情にも切り捨て――殿下のための私の献身も、この有様です。酷い話ではありませんか」


媚びるようにラスボーン侯爵はヒューバート王子を見た――侯爵の視線を受け、ヒューバート王子が不快さを顔に出さないように堪えているのがマリアには分かった。


「責任転嫁が過ぎやしないか。少なくとも、チャールズ王子が剣を突きつけてあなたを脅したわけでもないだろう」


ヒューバート王子が反論すると、ラスボーン侯爵は意外そうな顔をした。

チャールズ王子と敵対する彼なら、自分の言い分に乗っかって一緒にチャールズ王子を責めると思ったのに、という心の声が、はっきりと出ている。


「ラスボーン侯爵。あなたも狩りを趣味としていますね。チャールズが好んでいる狩りとは、少し趣の違う」


レミントン侯爵が口を開いた。

愛想の良い笑みを浮かべているが、ラスボーンを見る目は冷たく、強い敵意が表れている。


「あなたは鎖で繋ぎ、抵抗できない獣を一方的に屠ることを好んでいる。そうして殺した獣を剥製にして自慢げに飾る……生憎と、チャールズはそういった狩りは好まない。狩りを好むと聞いてチャールズを誘ったのに、その結果は芳しくなかった。それ以来、表面上はチャールズに媚びへつらいながらも、その実は嫌っていたことは知っていましたよ」

「そのようなことは――」

「話は変わるが、侯爵。あなたがあの日連れていた女性――あなたは妹だと言っていたが……あまりにもあなたに似ていないものだから、つい好奇心から……少しばかり調べさせてもらいました。なかなか面白い結果が出たので、ここで発表させてもらっても構わないでしょうか」


ラスボーン侯爵がぎくりと動揺するのを見て、この場にいる全員が察した。

呆れたような一同の視線が突き刺さり、さすがのラスボーン侯爵も目に見えてそわそわとしている。


沈黙していたエンジェリク王が深い溜息をつき、ついに口を開いた。


「ラスボーン侯爵。日頃のチャールズ王子の貴族諸侯に対する態度が褒められたことではないのは余も認める。が、それと今回の一件は別だ。レミントンが話したそなたの趣味は余も知っておる。珍しい双子の獅子……チャールズ王子のためではなく、そなた自身が所望したのではないか」


王までチャールズ王子ではなく自分を責めるのを受け、ラスボーン侯爵は慌て出した。

この場に自分の味方がいないことをようやく気付いたらしい。なぜ味方になってくれると思うのかと、逆に問い詰めたいぐらいだ。


「とは言え、ラスボーン侯爵の訴えに関してチャールズ王子が明確な反証を出せぬのは事実。ドレイク警視総監、この一件、正式に捜査してはもらえぬか」


宰相がドレイク卿に声をかけ、ドレイク卿は了承したように頭を下げる。


とんだ茶番だったな、と思いながらマリアは謁見の間を後にしたが、ヒューバート王子からは深刻極まりない顔をされてしまった。


「すまない。チャールズ王子を貶める絶好の機会だったのかもしれないが……あんな男に味方のような顔をされるのが我慢できなくて……」


ヒューバート王子は、チャールズ王子を擁護するような真似をしてしまったことを気にしていた。マリアは失笑した。


「お気持ちはよく分かります。ラスボーン侯爵にとって、私は良い印象の女ではありませんし、ヒューバート王子の後ろ盾に私がいると知れば、今度は殿下のことを毛嫌いするかもしれませんわ。あのようなこうもりを飼い馴らす必要は感じません」


中立派を気取って王妃派に便宜を図ろうとしたり、ラスボーン侯爵の節操のなさはマリアも知っている。

一時チャールズ王子の敵になったからと言って、自分たちの味方と見なす必要はない――マリアは心の底からそう感じた。


「やあ、ヒューバート殿下。先ほどは助け船を出してくれてありがとうございました」


チャールズ王子を連れたレミントン侯爵が、にこやかに声をかけて来る。

チャールズ王子は怒りでまだ顔を赤くし、マリアを見てますます不機嫌そうになった。


「とんだ災難でしたね。今回ばかりはチャールズ殿下がお気の毒ですわ」

「まったくだ。あれこそまさに、チャールズが日頃嫌う、王権を侮る無礼な貴族だ。私もいらっとしたし、きついお仕置きをしてあげないとね」

「どうぞご自由に。お邪魔はしませんから」


そう言って、レミントン侯爵はチャールズ王子と共に去って行った。二人の背を見送り、ヒューバート王子が溜息をつく。


「サーカス団の人たちはどうしているだろうか。こんなことになってしまって申し訳ない」

「ホールデン伯爵から話を聞いておきます。あんなお馬鹿な人たちを襲ったことで、シルバーが殺処分されるようなことにならないと良いのですが……」


こうして茶番は幕を下ろし、ラスボーン侯爵は恥を掻き、レミントン侯爵を敵に回し、華やかな場から逃げ去って行く――とはならなかった。

ラスボーン侯爵の悪あがきは続き、今度はガーランド商会がそれに巻き込まれることになってしまった。


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