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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第五部01 波乱の婚約劇
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渦巻く思惑 (2)


パーティーホールに姿を現したエンジェリク王は、モニカを連れたチャールズ王子を見、そして壁の花となっているマリアを素早く視界にとらえた。

何か言いたげに眉間に皺を寄せながらもグッと言葉を飲みこみ、ヒューバート王子と、王子が連れているオフェリアに向き合う。


王子は頭を下げ、王に敬意を表す。オフェリアもヒューバート王子にならって頭を下げた。


「そなたがオフェリアか。なるほど。姉とは趣の異なる美女であるな。姉妹揃って実に美しい」


ヒューバート王子とオフェリアには穏やかな表情で接しながらも、視線をチャールズ王子に移した途端、王の顔が険しくなった。


「……婚約者がありながら他の女を連れている理由。余が納得できるものであろうな」


王の言葉にチャールズ王子は王を睨みつけ、王に劣らず不愉快そうな表情を浮かべている。


「本日のオルディス公爵は、妹オフェリア嬢の付き添いを優先したいようでしたから。それで彼女のエスコートは控えていたのですよ」


リチャード・レミントン侯爵が、笑顔で口を挟む。まだ険悪な雰囲気をまとう王に対し、侯爵が同意を求めるようにマリアを見た。

チャールズ王子の擁護に協力する義理はないのだが、今回ばかりは侯爵に同意するしかない。


「リチャード様のおっしゃるとおり。今日は私の妹のデビュタント。妹のフォローに専念したい私への、チャールズ殿下なりの気遣いです」


マリアにまで言われては王も引き下がるしかない。王子はマリアに助けられたことを屈辱と感じているようで睨み付けてきたが……今日はオフェリアを売り込むためのパーティーなのだ。

王子の評価が下がるのは構わないが、王と険悪な雰囲気となってパーティーがぶち壊されてしまったら、オフェリアも困る。


心配しなくても、マリアがチャールズ王子を助けたのはオフェリアのため――いまさら、王子に好く思われようなんて考えるはずがない。


王が登場したことでパーティーではダンスが始まることとなった――が、当たり前のようにチャールズ王子はモニカの手を取る。

王がまた険悪になるのを見て、もうオフェリアとヒューバート王子だけ踊ればいいんじゃないかとマリアは投げやりな思いになった。


「チャールズ王子、その行動がどういう意味を表しているのか、理解してのことか」

「オルディス公とは、陛下が踊ればよろしいではありませんか。陛下は、わざわざ私の婚約者に選ぶほど、公爵に特別な思い入れがあるようですから」


王子がせせら笑う。

その言葉に、客たちが何かを察したように顔色を変え、何人かはマリアを盗み見ている。マリアは笑みを崩さず、一切動じる様子を見せなかった。


チャールズ王子の言葉は、マリアと王の間に何かあるのではないかと思わせるようなものだった。

実際にはマリアと王の間に何もない――いまはまだ。だが、十分に後ろ暗いものはある。


マリアは中心に進み出て、王の前に右手を差し出す。にっこりと微笑むマリアを黙して見つめ……やがて、王はその手を取った。


――いまさら逃げるものか。

国王の愛人……娼婦……。そんな称号に、マリアが怯むはずもない。

王と共に踊るマリアを、客たちがどんな思いで眺めているのか――マリアは恥じるつもりもなかった。父を亡くし、故郷から逃げ出し、何も持たなかった無力な少女が、王と踊る相手にまで上り詰めたのだ。


マリアはまだ、チャールズ王子の婚約者。

王子の個人的感情で解消されるような婚約ではなかった。厄介ではあるが、それほどマリアが重要な立場にまでなった証でもある。


今日のパーティーはオフェリアを披露する場でもあったが、意図せずマリア自身の力を誇示する場にもなった。


「見事な踊りであった」

「恐れ入ります。陛下も大変お上手で……」


最初の一曲目が終われば、あとは各々自由に踊っている。

マリアも王との踊りが終われば壁の花に逆戻り……と思いきや、マリアに手を差し出す男性がいた。

チャールズ王子の婚約者、国王の愛人――面倒な女と踊りたがる物好きは、リチャード・レミントン侯爵だ。


「……侯爵様は、私と王の関係に動じておられないのですね」

「リチャードのままで構わないよ。君はまだチャールズの婚約者なんだし」


やはりマリアと王の関係を知っていたか。それでも、友好的な態度にはさほど変化が見られない。

しかし、マリアに向ける笑顔には底知れぬ恐ろしさを秘めているような気がした。


「君の男性関係は薄々気付いていた。私の母は娼婦だったと話しただろう。親や後見人のいない女がのし上がって行こうとしたら、やはり男の力に頼るのが確実かつ安全だ。男と女……何もないと考えるほうがどうかしている。私はそれを責めるつもりはないよ。何を武器にするかは人の自由だ」


まさか王までもがその対象だとは思わなかったけれど、と侯爵は笑う。


「チャールズはそういうところ潔癖だからね。君の人脈を獲得できるメリットを考えれば、それぐらいは目を瞑って受け入れるべきだと私は思うが、あの子にそれはできない――だから、チャールズの前では君を庇った」


なるほど――マリアは納得した。

レミントン侯爵ほどの人間がマリアの本性を見抜けていないことに疑問を感じていたが、侯爵は把握した上で見過ごしていただけか。


「殿下は、私との婚約解消を陛下に申し上げたのでは?」

「即座に訴えに行ったよ。そして取りつく島もなくあっさりと拒否された。私も陛下の意見に同意だ。チャールズの婚約者として縛りつけておいたほうが潰しやすい。解放して、自由にさせてはいけないとあの子には忠告した」


さらりと敵意を宣告され、マリアは苦笑する。

やはりそうなった。レミントン侯爵と、ついに正面から対立することになった……。


でも、口ではそう言いながらも、侯爵からさほど敵意は感じない。

たぶん……侯爵にもあるのだ。マリアと同じように――敵と、そうでない人間をはっきり線引きする何かが。その線を越えない限り、対立する相手ではあっても敵ではない。


正直に言って、すごくやりにくい。

潰すべき相手なのに、向こうはそれを知っていてなお、敵意を向けてこないだなんて。

マリアの心に無用な動揺が生まれてしまうのも、レミントン侯爵にはっきりとした敵意を抱けないからだ。ただ蔑んでいたいだけのチャールズ王子の素顔も知ってしまって、まんまと……。


「君も罪作りな女だね。チャールズは君のことがまんざらでもなかったらしい。その反動から、私の忠告にも耳を傾けないほどの暴走っぷりだ。今日のあれも――」


侯爵は、チャールズ王子の腕にくっついているモニカを見た。


「彼女を推したのは、チャールズの暴走を最小限に抑えるための苦肉の策だ。平民出身の男爵令嬢。いざとなったらどう切り捨てても困らない相手を選ばせておいた。もうちょっと賢い子だと私も助かるんだが……仕方ないな。もう少し賢い子なら、自分がチャールズや私に利用されているだけだと気付いて逃げ出してしまうだろうからね」


マリアへの当てつけに、チャールズ王子はモニカをパーティーへ連れ出した。

そして侯爵も、アップルトン男爵令嬢ぐらいならいつ片付けてしまっても構わないからと、王子が利用するのを黙認した。


いささか気の毒ではあるが、貴族社会の後ろ暗い部分を何も知らない少女が、迂闊に近づいてよい場所ではなかったのだ。

生贄にされたモニカ……自ら破滅の道を選んだ。助けるつもりはない――チャールズ王子はマリアの敵なのだから、敵の隙となってくれる人間を助けるなんてそんなこと、有り得ない。


「悪いお人ですね」

「お互いにね」


マリアの言葉に、侯爵もにっこりと微笑む。


「王の愛妾……これ以上ないほど上等な相手だ。私は実に喜ばしい誤算だと思っているよ。清廉潔白なだけの女より、実に魅力的じゃないか」




パーティーが終わり、ヒューバート王子が用意してくれた控え室でオフェリアはぐったりしていた。

ベルダがパーティションを引っ張って来ると、すぐにそっちへ行ってドレスを脱ぎ始めてしまった。


「疲れた!もうこのドレスいやぁー!」

「お疲れ様でした」


パーティションの向こうから聞こえてくるオフェリアのご立腹な声に、マリアもヒューバート王子もクスクスと笑う。


コルセット、ペチコート……そういった身体を締め付けるものは嫌いな子だ。マリアも好きではないので、もっと違うドレスが流行ってくれればいいのにとは思う。


「でもとても美しかったよ。すっかり大人の女性といった姿で、改めてオフェリアの魅力を感じた」

「本当?」


パーティション越しに王子が褒めれば、オフェリアも嬉しそうに返事をする。

ゆったりとしたドレスに着替え終えたオフェリアに用意していたチョコレートを差し出せば、妹の機嫌はすっかり元通りになっていた。


「私、ちゃんとできてた?」


チョコレートを一つ頬張りながら、オフェリアがマリアに聞いた。


「完璧だったわ。ドレイク卿やレオン様も絶賛されていたもの。陛下も貴女のこと、とても気に入ってくださったみたいよ」


そう話しながら、ヒューバート王子の控え室へ行く前に王に呼び止められたことをマリアは思い出す。




「そなたの妹は、素直で愛らしい少女だな。ヒューバートが奮起した理由がよく分かった。あの少女と結ばれたくて、王を目指しておるのか」

「陛下の慧眼を、欺くことはできませんね」


マリアが言えば、王は皮肉っぽく笑った。


「そなたに言われると何やら素直に喜べんな。しかし……チャールズ王子の余に対する反発心も、いささか度が過ぎるようになってきた」

「殿下の婚約者に手を出す陛下も悪いのですよ」


マリアの嫌味を、王は今度は鼻で笑い飛ばした。


「ジュリエット王女に勘付かれたのは余の落ち度であった。余とて、そこまで悪趣味にはなれぬ。チャールズ王子が余の行いに気付けば激怒するとは思うておったが、怒りの理由は余が想定していたものと違ったのは意外だ。チャールズ王子にまで懸想されるとは。余はそなたを見くびり過ぎておった」

「懸想、と言えるほどかどうか」


マリアも曖昧に笑い、言葉を濁す。


少し心を開きかけた矢先に、マリアが偏見通りの女であったことが発覚した。騙された屈辱と怒りがより一層強くなってしまったことだろう。

騙す意図などなかったマリアからすれば、ちょっと理不尽な八つ当たりに感じなくもないが。


「王子は気付くのが遅すぎたのだ――色々とな。余がオルディス公に執着する前に、そなたとの仲を深めておくべきだった。公爵、余はそなたを手放す気はないぞ」


息子の婚約者に対してそれもどうかと思うが、チャールズ王子が遅すぎたと言うのは事実だ。

マリアがもうチャールズ王子との道を同じにすることはないと決めてしまっているのに、そんなマリアに心を開いてしまったことが間違いなのだ。

――婚約者に心を開いてはいけないなんて。本当はそちらのほうが間違っている……。




マリアが退出の挨拶をして王の部屋を出ると、外にはチャールズ王子がいた。


今回はいるような気がしていた。

マリアが王に呼ばれた時、こちらを見ていたことにマリアもちゃんと気付いていた。


「御機嫌よう、殿下――パーティーでお会いしたのにこのような挨拶をするのは、いささか滑稽ですわね」

「え、あの、そこって、王様のお部屋なんですよね?」


チャールズ王子に連れてこられたらしいモニカは、マリアを見て目を白黒させている。

何も知らされないまま随伴させられたのか。相変わらず、彼女の都合は何も考えない男だ。


「陛下の私室ではあるけれど、寝室ではないわよ」

「どこであろうと似たようなものだろう。気軽に立ち入ることのできないはずの場所で、王と二人きり――中で何があったか、わざわざ話す必要もないな」

「そうですね」


マリアが同意して見せれば、王子がカッと顔を赤くする。同意してあげたのだから、怒らなくてもいいだろうに。


「ええ?じゃあ、マリアさんって陛下とそういう……?えー!?だって、マリアさんって殿下の婚約者なんでしょ?それなのに!?」


そのマリアの婚約者にべったりな自分は何なのだ、とモニカに向かって言いたくなるのを堪え、マリアは悠然と微笑む。


脱がすのも着るのも一苦労なこのドレスで王がマリアに何かできるはずもないのだが、そんな言い訳をする気にはなれなかった。誤解しているのなら、そのまま誤解を深めてもらったほうが都合がいい。


「それに陛下って、もう五十歳を超えたおじいちゃんですよね?そんな男の人と……?可哀想……こんなに綺麗なのに。マリアさんなら、他にいくらでも男の人が選べそうなのに……」


呆れ果て、マリアは逆に失笑してしまった。


「大人の男性だと、甘やかしてくれていいわよ?それに、時々甘えてくる姿も可愛らしくて。そういう楽しみ方もあるものよ」


何を想像したのか、モニカがカーッと顔を赤くする。チャールズ王子の表情は、いっそう険しくなった。


「お前は本当にどうしようもない女だな。だが、お前をエンジェリク王妃にすることだけは何が何でも阻止してやる。必ず、僕はお前との婚約を破棄してやる!」


そう言い捨てて王子は踵を返し、突然王子に引っ張られてよろめくモニカを気遣うこともなく立ち去って行った。


残されたマリアは、心の底から王子に声援を送った。

――是非、自分と王子の婚約を解消させてほしい。王が早まった真似をする前に。


チャールズ王子が強く拒絶し出したことで、王がマリアとの結婚を急ぐ恐れがある。マリアもそろそろ、婚約を解消させるために本気で動き出すべきだ……。


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