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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第五部01 波乱の婚約劇
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変えられないこと (1)


ヒューバート王子の離宮では、今日も美しい花が咲いていた。


これでも、初めて会った時より数は減っている。

王子が付きっきりでいられる時間がなくなり、どうしても花の世話が追いつかない。大切なもの、優先したいものだけを選んで、他は余所へやってしまったそうだ。


「ユベルと結婚したら、私もこのお部屋に住むの?」


クラベルの花に水遣りをしながら、オフェリアが聞いた。


「そうだね。きっとここで一緒に暮らすことになる。ずっと前から他の部屋を打診されていたんだけれど、この花を移せるだけの部屋がなくて」


薔薇の棘抜きをしていたヒューバート王子は、笑って頷く。


そう言えば、王子は毒を持つ花はすべて処分したと話していた。オフェリアも花の世話をするようになって数を絞っていたが、ついに先日ひとつ残らず燃やしてしまったと……オフェリアを守りたくて、大切にしていた花も手放してしまったのか……。


「お城の人たちと、私、仲良くなれるかなぁ……?」


不安そうに眉を八の字にする妹に、大丈夫よ、とマリアは相槌を打つ。


「城へ嫁ぐことになっても、侍女としてベルダを、護衛としてアレクを付けさせるつもりだから。女官のほうも、あなたの専属は私がちゃんと選ぶわ」


エンジェリク貴族の女たちの頂点に立つペンバートン公爵夫人や、かつて王妃教育を受けていたプラント侯爵夫人など、マリアには女官の人選にも伝手がある。


幸いにも、エンジェリク王は王妃が一人、王女が一人しかいない。女官の数は多くなく、あの王妃ならオフェリアにも興味を持たないだろうし、ヒューバート王子の実の母親でもないのだから干渉もしにくいはずだ。


「ベルダとアレクも一緒に来てくれるの?」

「もちろんですよ。オフェリア様が行かれる場所なら、私もずっと一緒です!」


ベルダが笑顔でそう言うと、オフェリアもおおはしゃぎで喜ぶ。

王子妃としての覚悟を持ち始めたとは言え、姉と離れ、一人で城に嫁いで行くのは不安だろう――オフェリアも、マリアも。


「僕も、信頼できる人がオフェリアの側にいてくれたら安心だ。マルセルも、ベルダと一緒で嬉しいだろうし」

「殿下、僕は公私混同は……」


ベルダと恋人同士であるマルセルが、珍しくあたふたと焦る。ベルダはふふふ、と意味ありげに笑うだけだった。


「チャールズ王子と親睦を深めて来たんだって?意外と落ち着いた交流が持てたと、ナタリアから聞かされたベルダが言っていた」

「何やらややこしい伝言ゲームですね」


マリアは笑った。

ヒューバート王子は穏やかに微笑みながらも、その目は笑っていない。


「マリア。僕はもう、チャールズ王子との和解はあり得ないと思っている。オフェリアと結ばれる未来が確実なものになって来たんだ。僕は何があろうと、必ず王になる。チャールズ王子の存在は、僕の行く道を阻むものだ。僕の立場が揺らげばオフェリアも危ない」

「遠回しに、私のことを脅しています?チャールズ王子と親しくするなと。ヒューバート殿下のくせに、なかなか生意気ですこと」

「そうだね。僕がこうしていられるのも君のおかげだ。忘れたことはないよ」


いつもの優しい笑顔を浮かべながら、ヒューバート王子が言った。


「だから君を、チャールズに渡すつもりはない」




オフェリアはヒューバート王子のもとに預け、マリアはエステルのいる離宮に向かって長い廊下を歩いていた。


「やっぱヒューバートって、あの王様の息子だよな。一度執着したものへの執着が半端ないの」


人気のない廊下で、ララが呟いた。


「何でも諦めて来た王子が諦めきれなかったのがオフェリアだもの。その執着心は父親以上でしょうね。それに殿下は、ガードナー伯の一件がある限りチャールズ王子を絶対に許さないわ」


先の近衛騎士隊隊長マクシミリアン・ガードナー。

チャールズ王子は彼の息子スティーブを乱心させ、その父親に斬らせた。結果、マクシミリアン・ガードナーは反乱を起こし、近衛騎士隊はその鎮圧のために、かつての仲間と殺し合いを……。


彼らを指揮し、戦場でその凄惨な同士討ちを目の当たりにして来たヒューバート王子にとって、あの反乱の原因を作ったチャールズ王子は許しがたい存在でもある。

マリアも忘れたわけではない――あの反乱のきっかけは、マリアが作ったものでもあるのだから。


「私も、いまさらチャールズ王子に鞍替えするつもりはないわ」


――出会うのが遅すぎた。

ヒューバート王子よりも先にチャールズ王子と出会っていれば、もしかしたら彼と手を組む道もあったかもしれない。

だがマリアはヒューバート王子と道を共にすると決め、もう引き返すことのできない場所まで来た。


マリアと先に会うのは、チャールズ王子のはずだった。そのチャンスを逃したのは、他ならぬチャールズ王子自身だ。

だから、マリアもチャールズ王子に同情するつもりはない。


「それじゃあ、ララはここで待っていて。レミントン侯爵が来たら知らせてね。あの人と会うにはそれなりに覚悟と気合いが必要だから。突然の登場は心臓に悪いわ」


そう頼んでマリアはララを部屋の前で待たせたのだが――部屋に入って思わずずっこけそうになった。


すでにレミントン侯爵が部屋を訪ね、長椅子に座ってくつろいでいるではないか。

やあ、なんて。呑気に声をかけて来る侯爵にマリアは戸惑った。


「申し訳ございません。公爵がお越しくださる前に、彼のことは追い出しておこうと思っていたのですが……公爵が来ることを勘付かれてしまって」


エステルの侍女ポーラが、申し訳なさそうにマリアに謝罪する。


ポーラは今日も袖の長い衣装を着て、長い前髪で顔の半分を隠している。その下には火傷があることをマリアは知っていた。

ポーラの謎の火傷の理由――それを詮索するつもりはなかった。そこまで踏み込みたいとは思わない。


「公爵に改めて礼を言いたかったんだよ。先日の茶会ではお世話になったね。あなたと交流することは、チャールズにとっても良い刺激になった」

「そうおっしゃって頂けるのなら幸いです」


それを口実にマリアの動向を見張りに来たのか、はたまた本当に律義に挨拶をしに来ただけなのか――マリアでは侯爵の真意をつかめない。

まだ、レミントン侯爵ほどの人間を相手にできるほど、マリアも熟達してはいなかった。


「チャールズ王子のお相手は大変でしょう。子供っぽくて甘ったれで。王子とは思えない無責任さですもの」


ポーラがせせら笑う。

王にもレミントン侯爵にも不遜な態度を取る侍女だが、チャールズ王子には侮蔑を隠そうともしない。しかも侯爵も、そんな侍女を咎めようともしない。

相変わらず、ポーラも謎が多い女だ。


「辛辣だねえ。先日の茶会は僕も一緒だったから大丈夫さ。パトリシアから引き離しておけば、チャールズも多少はましになる」


侯爵が言った。ポーラは鼻で笑いながらも、少し同情する様子を見せる。


「チャールズ殿下が気の毒な境遇にあることは、私も憐れんでおります。父親は冷淡、母親は無関心――そんな両親の気を引きたくて必死で。陛下には幼稚なまでに反抗し、王妃の無責任な行いを肯定するしかなく……。自分を見ようともしない親の愛情など諦めてしまえと、言い捨ててしまうにはまだお若い。そう思い切れないことは、責められませんわね」


チャールズ王子の人格形成に、両親の愛情が大きく影響している……それはなんとなくマリアも理解できたが、あまり知りたいとも思わない情報だ。


マリアは話を替えることにした。


「あの、本日はエステル様は……?」


いつもならマリアに抱きついてくるエステルの姿が見えず、ポーラに尋ねた。

ポーラはハッとした様子で、すみません、と再び謝罪する。


「私ったら。折角訪ねて来てくださったのに、すっかりお話しするのが遅くなって。エステル様は、体調を崩して奥の部屋で休んでおりますの」

「体調を……?」

「ええ。でも先ほど目を覚まされていたので、きっとお会いになりたがるかと。様子を見て参りますから、お待ちくださいませ」


そう言って、ポーラは奥の部屋に引っ込む。


レミントン侯爵と二人きりにされた気まずさを態度に出さないよう気をつけながら、マリアはエステルが休んでいるであろう寝室をじっと見つめていた。


「エステルは身体が弱くてね。この離宮で暮らしているのも、彼女を守るための隔離でもある」

「では、今日のように体調を崩されるのは珍しくないことなのですか?」


そうだね、と侯爵が頷く。愛想の良い笑顔を浮かべながらも、わずかながらに侯爵の顔に陰りが落ちた。


「実を言えば、あの年まで生きられてだけでも奇跡に近い。陛下がエステルを贔屓にするのはそういう理由もある。チャールズには教えていないがね」


ポーラが戻ってきて、エステルが会いたがっているとマリアに伝えにくる。


ポーラに案内されて寝室へ行けば、青白い顔をしたエステルがベッドに横たわっていた。

マリアよりずっと年上のはずなのに、エステルはあどけなく、そしていつも以上に儚さを感じさせる姿だ。


マリアを見て、弱々しくも嬉しそうに笑った。


「駄目ですよ、エステル様。まだ熱があるのですから、もう少し横になっていないと。オルディス公爵、よろしければおそばに……」


ベッドのそばに置かれた椅子に座ると、エステルが甘えるようにマリアを見つめて来る。

そんな仕草は体調を崩した時の妹とそっくりで、マリアはエステルの頭を撫でた。エステルはマリアの手を取り、ぎゅっと握りしめる。


「ポーラの話す通り、少しお身体が熱いみたいですね。また後日遊びに参りますから、今日はゆっくりお休みください」


そう話せば、エステルはマリアの手をさらに強く握りしめた。行かないでほしいと訴える彼女を安心させるように、マリアは笑いかける。


「眠るまでお側にいますよ。本でも読みましょうか」


ポーラがいくつか本を持ってきて、マリアに渡した。オフェリアも好きな、幼い女の子向けの童話ばかり。

どうも幼い女性だと思ったが、好みも年齢に対して幼いような……。


色々と謎の多い女性だ。

だが深入りしないほうがいいと、マリアの勘が騒ぐ。


エステルはエンジェリク王家にとって大きな、そして暗い秘密を抱えているが、それをいま暴いたところでどうしようもないことは、マリアにも分かっていた。


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