騎士の誇り
想定していたよりも王都へ帰り着くのが遅くなり、マリアたちはシルビオの屋敷に泊まることになった。
帰りが遅れてしまったのはシルビオがマリアにいらんことしようとしたり、メレディスが絵を描きたがって寄り道しようとしたり……主な原因は彼ら二人だ。
問題児なところは似た者同士だったかもしれない。なかなか良いコンビだ。
「お帰りなさい、シルビオ様」
シルビオを出迎えるエンジェリク人の少年――彼が誰なのか、マリアはすぐに分かった。
「マクシミリアンだ。俺の家令が引き取って面倒を見ている。いまは俺の家に住み込んで、騎士見習い――の、見習いをやっている」
シルビオに紹介され、少年はマリアたちに向かってぺこりと頭を下げる。少年は、マリアが何者なのか分かっているのだろうか……。
翌朝早く、ヒューバート王子とマルセルを伴って、オフェリアがマリアを迎えに来た。
久しぶりに姉に会えて嬉しいオフェリアはマリアに飛び付き、旅の話をあれやこれやと聞きたがり、自分が城でどんなことをして過ごしたか喋りたがった。
メレディスが描きかけの絵を仕上げていたこともあって、マリアたちは昼頃までシルビオの屋敷に滞在することになった。
そろそろ屋敷を出て城へ帰ろうかと支度を始めていた時、マリアはマルセルが少年と話しているのを見つけた。
マクシミリアン・ガードナー――偉大なる祖父の名を授かった、ウィリアムの息子だ。
「……君の父上は、僕が殺した」
マルセルの言葉に、少年はぎゅっと唇を噛みしめ、きつく手を握りしめている。
「君には、復讐する権利がある。そして僕は、君からの制裁を受けるべき義務もある」
そう言って、マルセルは少年に向かって剣を差し出した。鞘に収まったままの剣――それをじっと見つめながら、少年が言った。
「あなたは、僕の父を卑怯な手で殺めたのですか?」
いいや、とマルセルは首を振る。
「正々堂々、一対一の勝負だった」
「ならば、僕は復讐なんかしません」
声は震え、少年の瞳は揺れている――いまにも泣き出しそうになるのをグッと堪えているのが、マリアにも分かった。
それでも決然とした表情で、少年は言葉を続ける。
「騎士が決闘で負けた――それに対して復讐するなど、誇り高い父を侮辱する行為です。僕はいずれ、あなたと戦うことになるかもしれない。けれどそれは、騎士としての使命を果たすためであって、復讐のためなんかじゃありません。父上のような騎士になると、僕は誓ったのです」
しばらく沈黙が落ち、それからマルセルはフッと笑った。
「……そうか。僕の言ったことは、君たち父子の誇りを傷つけるものであった。どうか許してほしい」
少年に向かって差し出していた剣を持ち直し、鞘から抜いて見せる。日の光を受けて輝く刃を、少年も息を飲んで見つめていた。
「見覚えがあるだろう。君の父上が持っていたものだ。この剣の正当な持ち主は、マクシミリアン、間違いなく君だ。だから強くなって、必ず僕から取り返しに来い。それまで僕は、誰にも負けない」
マルセルがそう言い、少年が頷く。
「はい。必ず強くなります。自分の力で、あなたからそれを取り返せるぐらいに」
片隅で二人のやりとりを聞いていたマリアの肩を、誰かがぽんと叩く。振り返ってみれば、シルビオが側に立っていた。
シルビオに促され、マリアは物音を立てないよう静かにその場を離れた。
「なかなか見どころのある子どもだろう」
「そうね。きっと十年もすれば、立派な騎士になっていることでしょう」
父親にも祖父にも負けぬ、立派な騎士に。
強い意志を秘めた少年の姿を思い出し、マリアは微笑んだ。
「憎しみや恨みがないわけではない。だがあいつの誇りは、そんなものでは挫けない。いずれキシリア一の騎士に育て上げてやる。だからお前も、もうあいつらのことは気にするな」
「……あなたにまで気遣われるとは思わなかったわ」
軽口で返しながらも、マリアも酷く動揺している自分を感じていた。
ガードナー家の人たちの不幸は、間違いなくマリアが作り出した。直接関わったのは別の人間たちだが、そう仕向けたのは自分――。
「俺はあいつの父親も祖父も知らないが、あいつを見ていればどんな男だったかは分かる。お前が自分のせいと考えるのは傲慢だと、一蹴しただろう。自分たちの覚悟と決意は、小娘一人に動かされるようなものではない、と」
マリアはまた笑った。けれど今度はちゃんと笑えたかどうか自信がなくて、少し歪なものだったように感じた。
きっと、そうなのだろう。
仕向けたのはマリア。でも彼らの心は、マリアのようなちっぽけな存在で動かせるようなものではなく。
何もかもを見通した上で、その矜持にかけて選んだ道だったに違いない。
マリアの罪が消えるわけではないが、胸の奥でくすぶり続ける痛みは、少しだけ和らいだような気がした。




