放浪したがり
キシリアの王都ドラードにあるガーランド商会臨時支部。
キシリアでもせっせと商売に勤しむ彼らを、マリアは再びデイビッドの部下となって手伝っていた。
そんなある日、大きな荷物を持ってメレディスが出勤してきた。
バリバリと時間に追われるように仕事をする彼に、マリアは声をかける。
「もしかして、旅に出る予定でもあるの?」
「うん。ドラード周辺だけでも、キシリアを見て回ってこようと思って。前に来たときは内戦の最中だったから、あんまり見れなかったし。王女様の洗礼式にまでは戻ってくるよ」
「じゃあ、ドラードを出るつもり?一人で旅だなんて危ないわよ」
メレディスは、最低限の護身程度にしか武術は身に着けていない。
マリアが心配すると、そうだね、とメレディスも同意する。
「だから伯爵に、信頼できる護衛の紹介をお願いしたんだ」
話している間に、伯爵がやって来た――なぜかシルビオを連れて。
「メレディス、君の護衛の件だが……ロランド王のご厚意で、シルビオを君の護衛に借りれることになった」
「え、いいんですか?有難いですし、信頼もできますけど……シルビオって、一応王様の従者だよね」
「そうだ」
シルビオが、嫌そうな顔で答える。
「なんで俺がこんな仕事を……」
「貴重な友のため、たまには友情を優先してこいとのことだ」
伯爵がからかうように言った。シルビオは苦虫を噛み潰したような表情をし、メレディスも苦笑する。
二人は、ロランド王からも友達認定されているらしい。
「伯爵、もしよければ、私にも信頼できる護衛を紹介してくださいませんか。実は私も、ブレイクリー提督のお母様のお墓参りに赴こうかと思っていたのですが、戦から帰って来たばかりのララから、休ませてほしいと抗議を受けまして」
ララの代わりとなる護衛がいなければ、マリアも一人でドラードの外へは出られない。
オーウェン・ブレイクリー提督の生まれ故郷は王都から遠く離れているのだが、母親の墓は王都から馬で二、三日もあれば余裕で辿り着ける僧院にあった。
なんでも、両親が出会った町がその近くにあるそうで。
生まれ故郷も壊滅状態だったので、荒れた土地に適当に埋葬するよりは、母親が生前語ってくれた思い出の場所の近くで弔いたかった、と提督は話してくれていた。
「ならば、マリアにはノアを貸そう」
伯爵は、自分の後ろに控えているノアに振り返る。
「ノア、マリアの行きたい場所へ付き添ってやるように」
「ノア、俺と代われ」
シルビオが間髪入れずに言った。
「マリアには俺が一緒に行く。おまえがメレディスの面倒を見ろ」
「……マリア様と二人旅ができるという下心込みで言っているのでしょうが、面倒くささではマリア様もたいがいですよ」
失礼な、とマリアが非難の声を上げる。ノアもシルビオも無視した。
「それでも夜の楽しみがあるだけましだ。いざとなったら、襲って黙らせる」
「ノア。必ずおまえがマリアと共に行け」
伯爵が、いつもより一段と低い声で念押しする。
分かっています、とポーカーフェイスで答えつつ、ノアの声には呆れと諦めが入り混じっていた。
「ノア様。ブレイクリー提督も、エンジェリク海軍と王国騎士団の皆を連れてその思い出の町へ立ち寄るそうなの。提督たちにもお会いしたいから、行きは町に真っ直ぐ向かうわ。帰りは、いくつか立ち寄りたい場所が」
「立ち寄りたい場所ですが。イサベル王女の洗礼式には出席する予定なのですよね。あまりゆっくりとはできないかもしれませんよ」
それは分かってる、とマリアはノアに向かって頷く。
「ガーランド商会の皆と出会った町や、旅をした場所へ……さすがに全部は無理でしょうけど。私の出発地点だから、初心を忘れないためにも行っておきたくて」
伯爵やガーランド商会との出会いは、マリアにとってすべての始まりだったと言っても過言ではない。
もうキシリアへ戻ってこれないのなら、そういった思い出の町もマリアは訪ねておきたかった。
ホールデン伯爵はマリアの額に口付け、愛しむようにマリアを見つめる。
「そう可愛らしいことを言われては、駄目だとはとても反対できん。ノア、なるべく希望に添ってやってくれ」
「そうおっしゃるだろうと思いました。分かってます」
ノアも、わずかに苦笑いする。
結局、伯爵もマリアに甘い上に、ノアも甘やかしてマリアのわがままを許すものだから、どこまでも自分のやりたいことをやろうとマリアは突っ走ってしまうのだ。
それに遠慮しない自分も、どうかとは思うのだが。




