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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
外伝 キシリア漫遊記
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王子は修行中


キシリアの城の一角にある厩舎で、ヒューバート王子は馬と睨めっこをしていた。

恐らく王子本人は睨み合っているつもりはないのだろうが、真剣を通り越して鬼気迫る表情で馬に近づくかどうかおろおろしている姿に、周囲も声をかけていいものかどうか戸惑った。


「殿下、そんなに緊張していると馬も不安になります。賢い子ですし、殿下のことも気に入っているようですから、もっと気楽に」


マリアがフォローする。

王子にブラッシングされていた見事な栗毛色の馬も、王子をなだめるように優しく鳴いた。


ガルナダでの戦のためにロランド王が王子に貸してくれた、この馬――乗馬初心者のヒューバート王子にも寛容で、非常に美しい馬である。

馬が懐いたこともあり、ロランド王は気前よく王子にこの馬を下賜してくれることになった。

王子も喜び、自らすすんで馬の世話をしようとしているのだが……慣れない作業に腰が引けている。


「ちゃんと出来ているのか不安で」

「ご心配なさらずとも、殿下の愛情や気遣いは馬も察しておりますよ。気の配り方については、花を世話するのとさして変わりないと思うのですが」


マリアがヒューバート王子に馬の世話の仕方を指導しているところへ、シルビオとオフェリアが戻って来た。

オフェリアは、シルビオの黒馬に乗って走り回って来て、おおいに楽しんだようだ。


「すごく大きくてね、リーリエとは走り方が全然違ってたの!ドドドーって走るんだよ!」


シルビオに引かれる黒馬の長い鼻を撫で、オフェリアが興奮気味に話す。


「おいこら、へなちょこ。おまえよりオフェリアのほうが乗馬が上手いのは、どういうことだ」


シルビオが呆れたように言ったが、小さい頃から馬に乗る訓練をして来たオフェリアと、今年になってから乗馬の練習を始めたヒューバート王子では、さすがに差が大き過ぎる――と、マリアも王子を擁護しておいた。


「ユベル、そんなこと気にしなくても大丈夫だよ。いざとなったら、私の後ろに乗ればいいんだから」


まだまだ乗馬の腕は未熟なヒューバート王子を気遣って、オフェリアが言った。当然、王子は苦笑いするしかない。


「いや、さすがにそれは、ちょっと……」

「いくらなんでも、いずれ王になる男がそれは情けないぞ。エンジェリクが乗馬の機会が少ない国とは言え」


シルビオも呆れている。

いざという時、自分で馬に乗って逃げるぐらいの腕は身に着けておくべきだ。せっかく、ロランド王から良い馬を譲ってもらったのだし。


「乗馬もへっぴり腰、剣の腕もまだまだ、おまけに船には酔う……おまえ、へなちょこな上にぽんこつだな。ララのほうがしっかりしてたぞ」

「ララは王宮の外に出ることを前提に育てられたもの。あれで、色々なことを学んでるのよ。文字通り温室育ちで、何も学ばないよう生きていた王子とは違って当然よ」


のみ込みも早く、本人も自分のへなちょこぶりは自覚して努力しているのだから、マリアとしてはそれで十分だと思う。


優秀な部下がいれば、主であるヒューバート王子がへなちょこでも構わないはずだ。

優秀な部下が、その優れた能力を発揮できるよう自由に振る舞う采配さえできていれば良いわけで。王子の父であるエンジェリク王が、まさにそのタイプの君主なのだから。


「けれど、ロランド王を見ていると、さすがに自分のダメさ加減に落ち込むこともあるよ」

「……君主としては立派だが、見習うのはほどほどにしておけ」


ヒューバート王子の言葉に対して、シルビオのほうがフォローするような台詞を口にする。


「あの男の好色っぷりは真似するなよ。愛人を作るなとは言わんが……そのたびに機嫌を損ねた王妃をなだめるのに狼狽する姿は、臣下として見ていて情けなくなるものがある。アルフォンソ王妃が大切なら、もう少し自重しようとは思わないのか、王は」

「その苦労は察するわ」


あれだけマリアが睨みを利かしているのに、それでも王の浮気は止まらない。

有事が去って平和になるとこれだ。子が生まれたばかりなのだから、せめて王女の洗礼式までは我慢できないのだろうか。


「あれに関しては確かに困りものだね。僕を誘って、悪さに加担させようとしてきたり……」

「ユベル、浮気するの?」


オフェリアが悲しげに見つめて尋ねれば、まさか、とヒューバート王子は慌てて否定する。


当たり前だが、浮気なんかしたらオフェリアが許してもマリアが許すはずがない。

オフェリアへの迷惑な恋心からマリアもこれだけ苦労をかけられたのだから、それでオフェリアの立場や心を不安にさせるようなことをしたら……。


「もし浮気なんかしたら、私の手料理を完食させるぐらいの罰は受けてもらわないと――そうだわ。命を奪うとまではいかなくても、そっちの機能をダメにする料理ぐらいなら作れるんじゃないかしら……?」


物騒なことを思いつくマリアに、ヒューバート王子もシルビオも顔色を変えた。


「でもさすがに、こればかりは実験するわけにはいかないわよね。そうなると効果の確かめようが……ロランド様に食べて試していただこうかしら。そうすれば二度と浮気もできなくなるし、アルフォンソ様の憂いも消えるわ」

「やめろ。王妃の憂いは消えるかも知れんが国の一大事だ」


シルビオに真剣に止められ、ヒューバート王子にまで絶対やめてあげてと強く反対されてしまった。

……名案だと思ったのに。


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