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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第四部02 ガードナーの反乱
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-番外編- 続・提督玉砕大作戦


マリア・オルディス公爵が王都に帰って来た。


ジョンとベンの報告を受けたオーウェン・ブレイクリー海軍提督は、さっそく彼女の屋敷を訪ねる。

――ここに、第二次玉砕大作戦が決行された。




前回同様、オルディス邸のある一等区画の前で待機していたジョン、ベンは、血の気を失った顔でフラフラと帰って来た提督を熱く出迎える。


「提督!ご立派です、よくぞ成し遂げられました!提督の散り際、見事でありましたよ!」

「さあ飲みに行って、あんな女のことなんか忘れましょう!朝まで付き合うッス!」


前回と一言一句違わぬ言葉をかける二人を、提督は拳骨で殴り飛ばす。


「おまえら……薄々思とったが、ワシがうまくいくとこれっぽっちも考えてへんな!?」

「え、だって、今回はちゃんと告白してきたんですよね?」

「せや」

「じゃあフラれたんじゃないッスか!」


ジョンが殴り飛ばされた。その提督の反応を見て、ベンが驚愕する。


「まさか、オッケーもらえたんですか!?」

「せや!」

「なんで!?」


ベンも殴り飛ばされた。

しまった、うっかり本音が。


「い、いやいや!オッケーもらえたんなら、なんでそんな死にそうな顔して帰ってくるんスか!そんな顔見たら、誰だってフラれたって勘違いするッスよ!」


殴り飛ばされたままジョンが反論すれば、提督がぴたりと制止する。そしてまた顔から血の気が引いていった。


「……まだ日が高いから、夜、改めて来てほしいって言われた」

「ひゅーひゅー!羨ましいッスねー!」

「おめでとうございます!あんな可愛いお嬢さんが相手だなんて、自分も素直に羨ましいです!」


ジョンとベンは冷やかすが、提督の顔は晴れない。


「……どんな格好してったらええんや……?」

「あっ……」


二人は察したように声を漏らす。


――そうだ、この人童貞だった。

夜に女性のもとを訪ねるどころか、まともにデートに行ったことすらない。そんな男にとっては、死にかけるほど深刻な悩みだったことを忘れていた。




とりあえず、礼服という最強のオールマイティ服が一番無難だろうと言う結論になり、自宅に戻ってブレイクリー提督は着替えることになった。

滅多に着ない服にてこずる提督を、ジョンとベンも手伝う。


「そうだ、提督。後学のためにも聞かせてくださいよ。どうやってお嬢さんを口説いたんですか?」


好奇心に目を輝かせ、ベンが言った。気になるッス!とジョンも同意する。


「口説いたなんてたいそうなことはできてへん。一晩の相手なってくれって頼み込んだ」

「……え。比喩表現とかじゃなく、まんまそれを言ったんですか?」

「せや」

「えー……それ、告白って言いませんよ……」


さすがのベンもドン引きである。むしろ公爵の心が広すぎて彼女を尊敬してしまう。聖女か。


いくら男慣れしてるとは言っても、公爵位にある女性にそんな頼みをするとか失礼にもほどがある。

身分がどうとか抜きにしても、好意を持っている女性に言っていい台詞ではない。返事をもらうどころか、即座に叩き出される。


「提督……もしかして、オッケーもらえたわけじゃなく、提督の脅迫が怖くて頷くしかなかった……なんてことは」

「そ、そないなことはないはずや」


と言いつつも、提督も動揺している。

提督にも自覚があるのだろう。大柄な自分に詰め寄られたら、女性は恐怖することを。


男慣れしていることと、脅迫に耐えられるかは別だ。むしろ生娘のほうが死に物狂いで抵抗し、そうでないほうがリスクを避けるために関係を受け入れるだろう。そういった心理から、提督の頼みを引き受けたのではないか。その可能性は否めない。


「どっちにしろ、提督はお嬢さんに主導権を委ねるべきッス!提督が童貞――怒らないでほしいッス、真面目に話してるんで!提督が童貞なのはお嬢さんも把握済みなわけで、妙な意地を張らずに、経験豊富なお嬢さんにお任せするんスよ!」


禁句を口にして提督に睨まれたが、怯むことなくジョンが言った。


「……それもそうやな。女のほうが大変やって聞くし、ワシは余計なことせんほうがええかもしれん」


納得してくれたことに胸を撫でおろし、ジョンとベンは提督を見送る。


公爵任せにするのなら、最悪の事態は免れそうだ。もしかしたら緊張と興奮で提督は途中でぶっ倒れてしまうかもしれないが――少なくとも、オルディス公爵の無事に変わりはない。




翌日の昼頃に帰って来た提督を、冷やかしている暇はなかった。

朝早く城からの使いがやって来て、提督に登城せよと伝言を残したからだ。ようやく謹慎が解ける――ジョンとベンは歓喜した。


船乗りとは単純なもので、海に出れるとなった途端に女のことなんか忘れてしまっていた。

次の日には早速城へ通い始め、謹慎が解かれるなり提督は演習に向けて仕事に取りかかることになった。

せっかく深い関係を持ったというのに、オルディス公爵の屋敷を訪ねる機会は少なく。


「ヤることヤったらすぐ仕事に行ってしまうワシのこと、呆れとるやろうな」


そう自嘲しながらも、提督は寂しげだった。ジョンとベンも、こればかりは軽口を言えない。


提督の言うとおり、オルディス公爵は呆れて提督のことを見捨てたかもしれない。だが水夫たちの命を預かる提督は、仕事を疎かにできない――そんな人だから自分たちはずっとついてきたのだし、水夫たちも彼を慕っているのだから。


こればかりは、公爵に理解があることを祈るしかない。きっと彼女は分かってくれるはずだ。

そうでなければ、船がつけてある港町にまでわざわざ来てくれないだろう。


「提督、提督!お嬢さんッスよ!ほら、あそこ!」


提督を引っ張り、興奮したようにジョンが叫ぶ。体格の良い提督はビクともせず、服が破れそうになるだけだった。

提督は困惑し、ベンもうさんくさそうにジョンについていく。


「見間違いじゃないのか?」

「んなわけねーよ!男物の服着てる美人なんか、お嬢さんだけだって!」


船の準備を進めていた一同は、甲板から町を見下ろす。

ジョンの言う通り、彼女はよく目立った。白い馬を引き、男物の乗馬服を着た美人――おまけに赤毛のチャコ人を連れたオルディス公爵は、否応なしに目についた。


オルディス公爵を視界にとらえた提督は、目を見開く。


「ホンマにマリアが……」


いつの間に名前で呼び合うような関係になったんだ。

ジョンとベンが茶化す間もなく、ロープをつたって提督が船を降りていく。梯子を降ろすのももどかしかったらしい。


町に降りると、提督は一目散に公爵に駆け寄る。


「すみません、お仕事の邪魔をするつもりはなかったのですが」

「邪魔やなんて。そんなん気にせんでええ。その……もしかして、ワシに会いに来てくれたんか?」

「はい」


にっこりと微笑んで頷く公爵に、提督が顔を赤くしながらも喜ぶ。

梯子を降ろしたジョンとベンも追いつき、お久しぶりです、と公爵に挨拶した。


「皆さんもお久しぶりです。少しの間、提督とお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですよ!提督もお嬢さんが恋しくて、夜な夜な泣いてたぐらいですから!」


ベンが思いっきり嘘を言えば、驚く提督に睨まれる。光栄です、と提督を見上げて嬉しそうに微笑む公爵のおかげで、鉄拳は回避できそうだが。


「ところでお連れさん、えらくうちの船に興味あるみたいッスけど」


公爵の従者である赤毛のチャコ人は、目を輝かせて船を見上げウロウロしている。その青年を指してジョンが言った。

ああ、と頷いたのは提督のほうだった。


「あのにーちゃん、海軍に興味あるらしいねん。ワシも休むし、みんなにも休憩取らせたれ」


提督は赤毛のチャコ人にも声をかけ、公爵と彼を船へと案内する。船に乗ると、チャコ人はそわそわし出し、甲板のあちらこちらを忙しなく移動していた。

公爵は、手に持っていたバスケットを提督に差し出す。


「近くの宿屋で厨房をお借りして、差し入れを作ってみました。お口に合うと良いのですが」

「あ、あんたの手作りか!?」

「はい。無難なものしか作れませんが」


大好きな相手から手作り料理の差し入れ――いわゆる愛妻弁当に、提督は憧れがあった。ついのその夢が現実に。

傍目にもはっきりと分かるほど感激しながら、提督は差し入れを受け取る。


しばらくバスケットを凝視した後、提督はそれを丁寧に足元に置いてマリアの手を握った。


「おおきに。あとでじっくり食べさせてもらうわ!」

「あとで……は、お止めになったほうが。あの、皆さんが」


提督が手を離したバスケットをさっと掠め取り、ジョンやベンを始め水夫たちがむしゃむしゃと食べ始める。

「食え!食い尽くしちまえ!」と叫びながら、恨めしそうに差し入れを食べ尽くそうとしていた。


「ゴラァ!ワシのもんに何さらしとんやボケェ!」


蜘蛛の子を散らすように逃げ出す水夫たちを、提督が拳を握りしめ追いかける。

次はもっとたくさん作って持ってきますね、と公爵は笑っていた。




船も停泊していることだし、以前よりは楽かもしれない。

そう誘われ、オルディス公爵は再び見張り台を目指してロープを登っていた。以前はのろのろと危なっかしげであったが、二度目ということもあって今回は快調に登っていく。

落下を防ぐために、公爵のすぐそばを提督も登っていた。


「ここは相変わらず、眺めが良いですね。水平線が一望できます」


登り終えた公爵は海を見つめて呟く。

微笑んではいるが、その顔はどこか寂しそうで。眼差しは、はっきりと彼女の故郷キシリアがある方角を向いていた。


こういう時、気の利いた言葉が思いつかない自分が恨めしい。提督は、おずおずと手を伸ばして公爵の肩を抱いた。それぐらいはしてあげたくて。

いや、自分がしたかったのだ。折れてしまいそうなほど儚く細い彼女に、少しでも自分が寄り添っていたくて。

ぎこちなく抱き寄せれば、公爵は提督の肩に頭をもたれさせていた。


公爵と離れるのが名残惜しくて、あれやこれやと誘いをかけて、提督は彼女を引き止めた。彼女には、往生際の悪いそんな自分の気持ちを悟られていたような気がする。

だがそんな素振りを見せることなく公爵は付き合ってくれて――結局、その日は港町に泊まっていくことになった。




赤毛のチャコ人は水夫たちに気に入られ、宿屋のレストランで水夫たちの食事に混ざり、陽気に過ごしていた。

オルディス公爵もにぎやかな食事に笑顔で対応し、水夫たちは彼女に鼻の下を伸ばす。


そこに、提督が戻って来て公爵に気安く話す水夫に拳骨を落とした。


「部屋がひとつ取れた。ワシらが引き止めたんやから、代金は気にせんでええ」

「部屋がひとつ……なら、ララは我々の宿舎に泊まらせるんですね」


宿の隣には、海軍が宿舎にしている建物がある。船の整備などでこの港町に滞在する期間は長く、そのための宿泊施設はあらかじめ用意されていた。

男の従者はオルディス公爵と同じ部屋で寝泊まりできない。そう思い、当たり前のようにベンが言ったのだが……。


「何言うとんや。宿はそのにーちゃんのために決まっとるやろ。マリアはワシの部屋に泊まるんやから、宿を取る必要なんかない」


悪びれることなく言い切る提督に、ジョンもベンも目玉が飛び出そうになった。


「一応職務中ですよ、提督!」

「てかズルいッス!羨ましいッス!ちくしょー呪ってやるぅうううううッス!」


ブーイングを飛ばす水夫たちを、提督は鼻で笑う。


――ちょっと前まで童貞だったくせに生意気な!

悔し紛れにそんなことを言っても、提督は余裕で笑い飛ばすだけだった。


「おー、おー、吠えとれ!行くで、マリア。久しぶりなんや。あんたのことを独り占めしたくてたまらへん。もう限界や」

「はい――それでは皆様、また明日。お休みなさい」


手を振って提督と共に酒場を去るオルディス公爵――あんなに可愛らしい美少女を、無骨な提督が好き放題……想像するだけでも妬ましい!


「くそぉ!提督のツケで酒を飲んでやる!提督の財布をすっからかんにしてやるぅぅう!」


その夜の酒場は水夫たちの怨念が飛び交い、異様な雰囲気に包まれた。

それでも、翌朝、オルディス公爵と幸せそうに部屋を出てきた提督を見ていると、ジョンもベンも幸せで、どこか誇らしげな気分になった。


――あんな可愛い恋人ができるなんて、絶対許せないけどな!


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