彼の正体は
「ご無事で何よりですエーレンさん」
警察署から出るなり、待ち構えていたマキがほっとしたような笑みで出迎えてくれた。
パッと見は俺を心配していたように見えるが、さてルガード氏の言っていた「食わせ物」とはどういう意味なのか。
それに気になるのは……。
「そっちも無事で何よりだ。そんで。その後ろの紳士は保護者か何かで?」
「あ、この方は……」
「お初にお目にかかる。私はこの子の養父でノルトマンという。皆には伯爵などと呼ばれているがね」
「へえ。俺はエーレンフリートという、しがない工場責任者の息子です」
最近流行りらしい煙突みたいな形をしたビーバーハットを手に取りながら頭を下げる老紳士。
爵位である伯爵を愛称であるかのように名乗る、ノルトマンという男。
噂に疎い俺でも少しばかり聞いたことがある。
「確か隣国の商人どもに買い叩かれそうになっていた鉱山の権利書を、買い集めて王に献上した富豪でしたっけ。他にも色々国に貢献したんで、その功績を称えて一代限りの伯爵になったって聞きましたけど」
「よく知っているね。いや、老い先短い年寄りが金だけ持っていても仕方ないと、最後の奉公のつもりだったのだがね」
そう言って微笑む伯爵は好々爺という印象で底が読めない。
しかし俺たちが早々に釈放されたのは、このマキの養父を名乗る爺さんのおかげだろう。
大方マキが今回の騒動に首を突っ込んだのも、この爺さんに言われての事か。
そうなると、保護者というのも健全なものか怪しいな。
大丈夫なのかマキ。
「マキ。今日は疲れただろう。早く帰ってゆっくりと休みなさい」
「はいお義父様。エーレンさん。足の治療は後日学院で」
「おう分かった。ありがとな」
老紳士に背中を押され帰っていくマキ。
理由はどうあれ、伯爵がマキを大切にしているのは態度から見て本当かもしれない。
「なんかまだ騒ぎは起こりそうだなあ」
というかあの伯爵が何か企んでそうだ。
どうせしばらくは足の治療でマキと関わるのだし、様子を見た方がいいのかもしれない。
もっとも。ただの学生でしかない俺にできることなんて殆どないだろうが。
それを俺は三年前嫌というほど思い知ったのだから。
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「どうだったかね。自分の偽物と会った感想は」
エーレンと別れて帰路につくマキと伯爵。
その最中で、伯爵は世間話のようにマキへと語りかけた。
「心意気はそれなりでしたがやり方が稚拙。何より私や父の名をさらに汚すところでした。到底許せるものではありません」
「ふむ。しかし目眩ましとして……例えば君の影武者にするなど使いようがあっただろうに、殺してしまうのは勿体なかったのではないかね?」
「必要ありません。私の力をお忘れですか?」
そう言いながら、マキは笑う。
敬虔なシスター。その姿が一瞬別の――何かおぞましい物に見えて、伯爵は大袈裟に肩をすくめて震えて見せる。
「流石は『嫉妬の魔女』の弟子。姿を偽るなどお手の物というわけかね」
「お間違いなきように。今は私が『嫉妬の魔女』です。私自身の恨みだけでなく、師の無念をはらすために今私はここに居る」
「おお恐い。お伽噺に出てくる魔女の念など、国が滅びないか心配だ」
「なら私を捕らえて突き出せばいいでしょう」
「それはできんね。成り上がりだの金の亡者だのと罵られた私だが、恩に報いる程度の心は持っているつもりだ」
そう言いながら伯爵は笑う。
国への忠節をもって手に入れた爵位を利用して、国に牙を剥きかねない怪物を守る。
かつて彼から最も遠かったであろう行動原理に従って。
「そんなに孫娘が可愛いですか?」
「もちろんだとも! 昨日など家政婦と一緒にお菓子を作ったのだと笑顔で私に持ってきてくれてね。形は悪かったがいやそれも個性であり可愛らしいもの。何より味は私の贔屓を抜いても大したもので店に出しても……」
「私が悪かったのでその話は帰ってからにしましょう」
今までの紳士然とした態度は何だったのか。
ただの爺馬鹿と化した伯爵に地雷を踏んだと察したマキは、ため息をついて話を打ち切った。
マキシーネ――マクシミリアンの女性形の名前。一般的にはマクシミリアンと同じくマックスという愛称で呼ばれる。




