三年前の彼は3
試験は昼休憩を挟んで六時間以上続いた。
幸いというべきか手応えはあり及第点は取れそうだが、それが学院の合格点に達しているかどうかは分からないのが不安なところだ。
試験の合格者には定員がある。
年によってはその定員に合格者数が達しない場合もあるそうだが、そうでないならはみ出した数は点数の低いものから容赦なく切り捨てられる。
ぎりぎり合格ラインに達していても、そうやって不合格になる可能性はあるわけだ。
だったら入学するつもりのない僕が万が一にも受かったら、押し出された受験生に恨まれそうだが、そこは辞退すれば繰り上げで合格になるので問題ない。
その場合はぎりぎりの人にいらない心労をかけることになるかもしれないが。
「ようマックス。出来はどうだった?」
荷物をしまい帰ろうとしたところで、エーレンさんに声をかけられた。
しかしエーレンさんには朝のような覇気はなく、ぐったりとした様子で机に上体を投げ出している。
「五問ほど不安なところはありますが他はまあ何とか」
「げっ、マジかよ。俺不安どころか一割くらい解答用紙埋まらなかったぞ。あーったく範囲が広すぎんだよここの試験。俺の出来が悪い頭じゃ網羅できないっての」
そう頭を掻きむしるエーレンさんだけれど、学院へ入るための勉強を始めたのは軍学校を辞めてからなのだろうし、それでも九割埋めたのは凄いことではないだろうか。
私がそう言うと、エーレンさんは机の上に突っ伏したまま顔だけこちらへ向けて目を丸くする。
「……馬鹿にしないんだなおまえ。俺の方が年上なのに全然だめだって」
「え? だって歳は関係なくスタート地点が違うわけですし」
「おう、さらりと言いやがるな。でもまあ確かに準備期間が違うか。他の奴らだって俺みたいに寄り道せずに真っすぐここに来てるのばっかりなんだろうし」
そう言いながら立ち上がるエーレンさんだけれど、それだけの動作にも机を支えにしていてやはり歩きづらそうだ。
外に出るまでもう一度肩を貸した方がいいだろうか。
「そうだ。この後知り合いと茶でも飲みに行くつもりなんだが、マックスも一緒に行かないか」
「え? でもお邪魔でしょうし」
突然のお誘いに今度はこちらが驚いた。
知り合いとお茶を飲みに行くのに、何故私のような無関係の子供を誘うのだろか。
相手の人だって迷惑かもしれないだろうに。
そう言って私が断ろうとすると、エーレンさんは今度は何か企んでいる悪ガキのような笑みを浮かべると、片手で足を叩きながら言う。
「じゃあ学院の外に出るまで肩貸してくれないか。お礼に茶を奢ってやろう」
「……なるほど」
そう来たか。
確かにそれなら私にはどちらも断りづらい。
礼をしたいと言っているのに無下にはできないし、肩を貸さないのは論外だ。
「そういうことでしたら肩をお貸ししましょう」
「サンキュ。なんなら茶のついでに菓子でも……って、それで夕飯食えなくなったら親御さんに怒られそうだな」
そう私を見下ろしながら言うエーレンさん。恐らく私が少食なのを見た目で察したのだろう。
確かに私はそれほど食べる方でもないので、クッキーを数個摘まんだ程度でも夕飯は完食できなくなるかもしれない。
そう言うとエーレンさんは驚いて見せたが、やはり軍人志望だっただけありよく食べるのだろうか。
「そりゃあ軍人にとっちゃ食べて体作るのも仕事だからなあ。でも演習中の保存食はともかく食堂の飯まで不味いからありゃ軽い拷問だったわ」
そう肩をすくめていうエーレンさんは本当に嫌そうで、その食堂のご飯とやらに逆に興味が出てくるほどだ。
そうして学院外に出るまでの短い間に色々と話したのだけれど、エーレンさんは話が上手くついつい聞かれてもないことまで話してしまった。
頭の出来が悪いと自嘲していたけれど、私のような子供らしくない子供とも会話を弾ませることができる辺り、頭の回転は早いし何より気が回るのではないだろうか。
三年後。
もし私が改めて学院に入ったときにエーレンさんのような先輩がいれば安心できるし、何より楽しいかもしれない。
そう思った。




