三年前の彼は2
「……はい。確認できました。受験会場は二回の第三教場となりますので、試験開始までに着席してお待ちください」
「分かりました」
試験当日。特に問題も起こらず、私は受験会場となる学院の学舎の一つへと足を運んでいた。
いや、問題は起きていないものの、周囲からの視線は質量があるかのように強く、多かった。
それも仕方ない。私の年齢で受験するなどジンクスを知っていればありえないことだ。
ジンクスを知っていて受けるなら愚か者だし、知らないならそれはそれで世間を知らなさすぎる愚か者だ。
要するに、私に向けられる視線の殆どは好意的なものではなかった。
もっとも私がそれを気にするような性格なら、わざわざこんな針の筵になるような愚行を犯したりしないが。
「うわっ!?」
そんなことを考えながら二階へ行くための階段へ向かっていると、視線の先で一人の青年が悲鳴をあげながら膝をついた。
「いってえ……。くそっ!」
どうやら足が悪いらしく、体を不自然にひねりながら立ち上がり歩きづらそうに体を揺らしている。
左足……か? しかしアレでは階段まで辿り着けても上ることはできないのではないだろうか。
「肩を貸しましょうか?」
「は……え?」
そう声をかけると、青年は驚いたように振り向き、しかしそこには誰もおらず少しずつ視線を下げてくる。
「……おまえ受験生か?」
「はい。余計なお世話だったでしょうか」
「いや。おまえの歳で受験って。ジンクスを知らないわけじゃないだろ」
「はい。今回は様子見なので。仮に受かっても辞退すると思います」
「あーその手があったか。年少で合格の実績だけ作ってジンクス回避のために入学は後日にってか」
その発想はなかった。
いや確かにそれならジンクスは回避できるのだろうか。
もしかして公になっていないだけで、私のように十五歳前に受験して合格しても辞退した人は居たのだろうか。
「肩貸すってのはありがたいが……無理すんなよ? しかしよりによって親切に助けてくれるのがおまえみたいなチビだけとはなあ……」
「あはは」
悠々と僕たちを追い抜いていく受験生たちを睨めつける青年に愛想笑いで返す。
少し遠慮がちに肩に置かれた手は大きく、分厚かった。
青年の体格も他の受験生と比べれば大柄で、そこらの兵士より屈強に見える。
「あー……元は軍人志望でな」
そんな私の視線に気付いたのか、青年はバツが悪そうに話し始める。
「訓練中に事故に遭ってこのザマだ。それでも普段はもう少し歩けるんだが、今日は調子が悪くてな。杖も武器になるからってんで取り上げられたし」
そう言って恨めしそうに受付へ視線を向ける青年だが、銀色の髪が印象的な受付の女性はどこ吹く風で涼しい顔だ。
杖くらいならばとも思うのだけれど、規則ならば仕方がないのだろう。
そのまま会場に向かいながら話をしたが、彼はなんというか、公平な青年だった。
周囲から奇異の目を向けられている子供の私に対しても、対等に話をしてくれる。
元軍人志望だからだろうか。きっと同期の人間からも好かれていただろうに、彼のような人が軍人になれないというのは残念に思う。
「やっとついた。ありがとな。そういや助けられたのに名乗ってもなかったな」
「私はマクシミリアンといいます」
「俺はエーレンフリート。長いからエーレンでいいぞ」
「では私もマックスと」
一見粗野な振る舞いに見えるが、エーレンさんの礼は貴族社会で叩き込まれるそれだった。にもかかわらず、エーレンさんは家名を口にしなかった。
これも珍しいことではなく、今となっては平民と変わらない暮らしをしている貴族も少なくないため、いらぬ見栄をはっては余計に滑稽だと家名を名乗らない貴族も増えているらしい。
元が大層立派な家であるほど「あの家が」とその没落ぶりに余計な好奇の視線を集めかねない。
「……さて」
エーレンさんと別れ自分の指定の席へと移る。
追い込みをかけようと荷物の中から本やら書付を取り出し熱心に読んでいる受験生もいるが、とにかく広く基礎を求められるこの学院の試験でそれは付け焼き刃にもならないだろう。
だから私は筆記用具だけとりだし、じっと試験が始まる時間を待った。
もっとも、相変わらず年少である私への興味や侮蔑の視線は減らなかったので、精神を落ち着ける意味合いもあったのだが。
そうしている内に試験官らしき初老の男性が現れ、いよいよ試験が始まった。
さて。最低でもやはり子供だと嘲りを受けるような点は取らないようにしなくては
そう思いながら、私は配布された試験用紙へと目を通し始めた。




