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彼は舞い戻る1

 ――気が付けば、俺の手の中には全てがあった。


「これはこれは。誰かと思えばエーレンフリートじゃないか。軍学校を中退した貴様が何故この学院に?」

「……」


 本日最後の講義が終わり、学生たちが皆帰り支度を始めている中でかけられた声。

 その侮蔑を隠そうともしない声にため息を吐きそうになる。

 何でこの手の輩は、気に食わない人間にわざわざつっかかってくるのかね。


「そういうおまえは随分と遅いご入学で。俺と違ってどこかの学校を卒業してきたのかな?」

「貴様馬鹿にしているのか!?」


 俺の言葉を受けて怒りをあらわにし、机を叩く男。人を煽ってきた割には沸点が低い。

 これは見覚えはあるんだが、名前すら思い出せないのは言わない方がいいな。

 それに少なくとも学院で見た覚えはないので、今期の新入生だろう。


 学院は特に入学する年齢は定められていないため、こうして同年代の人間が後輩になったりもする。

 それでも親しい知人ならいざ知らず、そうでないなら建前だけでも先輩はもう少し敬うもんだが。


「大体落伍者の貴様が……」

「おうエーレン! この後は暇か?」

「最近は日も高くなってきておるし、どこか寄っていかぬか?」


 なおも俺に絡もうとしていた男だったが、その言葉を遮りながらガタイの良い男二人が間に入ってくる。


「何だ貴様……ら?」


 それに文句を言おうとした男だったが、壁としか思えないような体が目に入り、次いで見上げるほど高い位置に相手の顔があることに気付くと言葉に詰まる。


「なななぁ!?」

「おう! こやつはエーレンの知り合いか?」

「もしや軍学校時代の? ならば是非とも話をきいてみたいものだが!」


 そう言いながら何故か自分たちの体を見せつけるようにポーズをとる筋肉の塊みたいな男二人。

 名をアルヌとアルノといい、顔は勿論体つきや性格まで瓜二つな双子の兄弟だ。

 学院に通っているくせに頭の中まで筋肉なので、元軍人志望だった俺に興味を持ち友人みたいな関係になっている。


「……」

「むっ? 逃げたぞ?」

「何か無礼でもしてしまったか?」


 アルヌとアルノを見て無言で背を向けて走り出す男。

 実に正しい判断だと思う。見ての通りこいつら頭まで筋肉なせいか不公平なことは嫌いだし義理堅い。

 俺に因縁付けてたと知られたら長い長い「お話し」になってたことだろう。


「気にすんな。それで折角のお誘いは嬉しいんだが、すまんが先約があるんだ」

「おう。それでは仕方ないな!」

「馬に蹴られぬよう今回は遠慮しておこう!」


 先約がある。

 それだけ察したらしいアルヌとアルノは気を悪くした様子もなく去っていく。

 まあ俺がこうやって断る時に誰と会ってるか、あいつらは知ってるからなあ。


 ともあれ厄介な人間を追い払ってくれた兄弟に心の中で礼をしつつ、まとめた荷物を持って学院の正門へと向かう。



「エーレン! 遅いわよ!」

「悪いイーナ。待ったか?」

「待った! 大丈夫だったの!?」


 正門を出るなり、俺を見つけて左右の側頭部でまとめた長い水色の髪をなびかせながら駆け寄ってくる一人の少女。

 幼馴染でもあり恋人でもあるその少女――イーナに詫びを入れれば、それを肯定しつつも案じる言葉をいただいた。

 まあ今日はちょっと出てくるのが遅くなったしなあ。


「はいコレ。まったく学院も融通がきかないわよね」

「サンキュ。まあそう言うなよ。理由あってのことだからな」


 イーナが差し出してきた杖を受け取り、何度か手に馴染ませるように握り込むと地面へと先をつける。


 俺は左足の具合が少々悪い。

 日常生活に支障が出るほどではないのだが、ふとした拍子に力が入らずバランスを崩すことがあるし、そもそもあまり高く足をあげられない。

 なので転ばぬ先の杖というやつがあった方がいいのだが、学院は規則によって武器となりえるものの持ち込みが厳しく制限されている。


 俺はガキだったからよく覚えていないが、十年ほど前に学院にどっかの国からスパイが潜り込み、将来国を支えたであろう若者たちを虐殺するという事件が起きたらしい。

 そんなことがあったから学院は武器の持ち込みに敏感になったし、人の出入りまでここは何かの軍事施設かと聞きたくなるほど管理されている。


 だからイーナもわざわざ正門の外で待っていたわけだ。

 学生の身内でも事前に許可を取らないと入らせてもらえないから。


「うっし。わざわざありがとなイーナ。お礼にどっかでお茶でも奢るぞ」

「大丈夫? そろそろお金なくならない?」

「おまえ元軍人様をなめるなよ。おまえに奢ったくらいでなくなるほどケチ臭い給料はもらってねえっての」


 俺が居たのは軍学校だが、軍学校に入った時点で扱いとしては軍人だし、給料もきっちり出ていた。

 おまけに寮生活で金を使う機会もないときてる。

 少なくともガキに小遣い心配されるような額の貯金じゃあない。


「私だってもうお給料はもらってるのに」

「それでも奢らせろって。カッコつかないだろ」

「仕方ないわね。奢らせてあげるわよ」


 なだめるように頭を軽く叩いてやると、拗ねたようにわざとらしく口をとがらせるイーナ。


 イーナは俺より三つほど歳が下だが、商人の家に生まれたせいか金勘定は得意だし俺より余程しっかりしている。

 それでも最終的には納得して俺を立ててくれるんだから、本当にいい女だ。


「それに卒業したらエーレンはうちで働くと思ってたのに」

「それは勘弁だ。オットー兄にこき使われるのが目に見えてる」


 イーナのところの商売は兄のオットーさんが継ぐことになっている。

 そんなところに妹婿として入ってみろ。生憎と俺は商売で大成できるような人間じゃないので、肩身が狭くなること間違いなしだ。


「学院で出来た伝手で就職先のあてはあるからな。まあ少しばかり忙しそうなのが心配だが」

「わざわざエーレンを雇いたがるくらいだもんね」

「どういう意味だコラ」


 そんな軽口を叩きながら、杖をついてイーナの隣を歩く。



 ――かつて俺の手の中には全てがあった。


 でもその手の中にあったはずの「全て」は零れ落ちた。

 それでもこの手の中に大切なものは残ったから。


 俺は前を向いて歩き続ける。

 胸の奥に燻る憎しみに蓋をして。

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