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31 私と私の王子さま


「……う……うぅん」


目が覚めると、そこは豪奢なベッドの上だった。


「気が付いた?大丈夫?ミラ」


目が覚めた瞬間に感じる体の重怠さに思わず眉をしかめて唸ると、ベッド脇で私の様子を見ていてくれたのだろうイージオ様が、それにすぐに気付いて私の顔を覗き込む。



「え!?あ、あれ?……私…………あぁ、そういえば……」


誰か目覚めた時に傍に……それも手を伸ばせば触れられる場所にいるなんて事、もう長い間なかったから一瞬混乱した。けれど、すぐに意識を失う前の事を思い出し、詰めた息をフゥと吐き出してベッドに再び体を預ける。


あれもこれも夢だったなんて事はないよね?


鏡を隔てる事なく、すぐ傍にあるイージオ様の存在に急に不安を感じる。


何とかやり遂げる事の出来た魔女の断罪が私の頭の中で作り出した幻だったとしたら……と、辛い状況に慣れてしまった私の脳は目の前に何の躊躇いもなく置かれている幸せについつい警戒してしまう。



「……イージオ……様?」


恐る恐る呼んだ彼の名。


それに反応してニッコリと穏やかな笑みを浮かべて「どうしたの?」と返事をしてくれるイージオ様の姿に、急にフッと涙が溢れた。


鏡を隔てずに初めて直接見るイージオ様の顔は、どうやら神々し過ぎて私の目と心臓によろしくないらしい。


涙が止まらず、押し寄せる様々な感情に胸が苦しい。



「頑張ったね、ミラ。もう、大丈夫だから」


急に泣き出した私を安心させるように、元々穏やかだった声音を更に和らげてゆっくりと声を掛けてくれるイージオ様。


頬を伝う涙を拭う為に伸ばされた彼の手に、私は一瞬ビクッと体を強張らせてしまった。


もちろん、イージオ様に対して怯えているのではない。


「私に触れた彼が幻だったらどうしよう……」という不安が私を竦ませたのだ。


それを知ってか知らずか、イージオ様は私の反応を確認しつつも、その手を止める事なくゆっくりと私に触れた。




……温かい。


今までのイージオ様は常に鏡越しの存在で、触れたいと思っても決して触れる事の出来なかった人だった。


だから、私にとっての彼の体温は鏡面のひんやりとした感触そのもので、それが当たり前過ぎて温もりがある事が何だか不思議に感じた。


「イージオ様って、意外と体温が高めなんですね」


触れても消えない。


その安心を甘受するように、私の頬に触れる彼の掌に自ら頬を擦り寄せる。


イージオ様は私の言葉と行動に一瞬少し驚いたように眉を上げ、傷ひとつない白磁のような頬を少し赤らめた。



「そんな事、初めて言われた。……きっと、ミラに触れているからじゃないかな?」


如何にも王子様らしい柔らかな笑みを浮かべてくすぐったそうに肩を竦めてみせるイージオ様につられるように、私も泣き笑いのような顔になる。


その穏やかな空気に、「あぁ、やっと終わったんだ」と実感した。



「何だか変な感じです。もう何度も鏡越しに話してるのに、こうして実際に会うのは初めてなんですよね……」


「あぁ、そういえばそうだね。こうやって触れるのも初めてだ」


お互いの視線を合わせてクスクスと笑い合う。


イージオ様は王子様で、私は鏡の精から昇格したばかりの平民。


あ、正確にはこの世界の市民権を持ってないから、平民でもないのかな?


とにかく、鏡から出られたところで私達の立場的な距離は決して近くはないはずなのに、鏡という物理的な隔たりがなくなっただけで、とても近付けた気がする。



「……はじめまして、ミラ・カガミ嬢。私はグリーンディオ王国第一王子、イージオ・グリーンディオと申します」


姿勢を正し、胸に手をあて少し畏まった雰囲気で私に挨拶してくれる。


その洗練した動作は彼の容姿と相まって、如何にも王子様!という雰囲気を醸し出していた。


「はじめまして、イージオ・グリーンディオ様。私はミラ・カガミ。異世界からこちらに来て、つい先日までは鏡の精をしていましたが、晴れて退職する事が出来ました。現在は求職中の一般市民です」


イージオ様が王子らしい挨拶をしてくれたから、私も私らしい挨拶を返そうと思って右手を差し出し、握手を求める。


イージオ様はその手をジッと見つめた後、その意味を理解したのかニッコリと笑って私の差し出した手を自分の右手でしっかりと握り返してくれた。


「「よろしく」」


2人の声が重なる。


これから先、私達の関係がどうなるかはまだわからないけれど、例え傍にいられなくても何処かで繋がっていられればいいなって思う。


そんな思いで握り合った手に視線を落して、「あれ?」と思った。


「……この痣は?」


今まで魔女によって付けられていた契約の印。


魔女を鏡に封じる為だけにスノウフィア王女に譲られた時に付いたはずの新たな契約の印。


その2つは綺麗さっぱりなくなっているのに、薄らと発光する緑色の痣だけがまるでブレスレットか何かのように綺麗な模様を描いている。



「それは私が君の事を繋ぎ止めた証だよ。黒の魔女やスノウフィア王女が鏡を介して契約を結んだ証しとは違って、私はミラ自身に言葉を贈ったから……」


魔女によってミラとしての意識を封じられ、鏡そのものにされそうになった時イージオ様が私を私として繋ぎ止めてくれた……イージオ様の「大切で愛しい女性」だと、「唯一にして無二の姫」だと言ってくれた証。


色々な事が一気にあり過ぎて、頭の片隅に寄せておいたその事実を思い出し、顔が一気に熱を持つ。


この綺麗な人が……。しかも正真正銘の王子様が私の事を?


それはあまりにご都合主義な展開過ぎて頭がついていかない。


そりゃあ、私だってそんな奇跡のような事が起これば嬉しいけれど、奇跡は起こる可能性が極端に少ないから奇跡というのであって……。


「……もしかして、嫌だった?本当は全てが終わって落ち着いてから、もっとちゃんとした所でこ、告白しようと思ってたんだけど、時間がなかったから」


顔を真っ赤にしつつもピキッと固まってしまった私を、イージオ様が眉尻を下げて不安そうな表情で覗き込んでくる。


嫌かどうかでいえばかなり嬉しい。


嬉しいけれど……



「……私はただの庶民で、見た目も平凡ですけど、良いんでしょうか?」


いや、良くない。良いわけがない。


自分で尋ねて自分の心の中で答える。


けれど、私の回答とイージオ様の回答は違った。


「もちろんだよ。私を私として見てくれて、ダメな事をちゃんと正面から注意してくれるこんな素敵な女性は他にはいないからね」


「そんな人は探せば山ほどいると思います」


一目で凄く嬉しいんだなってのが伝わってくるくらい表情を緩めて語るイージオ様に思わずツッコミを入れてしまう。


いつもは鏡面に阻まれて触れる事が出来なかった突っ込み用に振るった手が、そのまま彼の肩に触れてちょっと焦った。


焦ったけど、そんな何気ない事の1つ1つが魔女と陰ながら戦ってきた事へのご褒美のように思えて、幸せを噛み締める。


「いや、いないよ。少なくとも私はミラ以外に会った事がないしね」


まるで「ここは譲れないよ」とでもいうように真剣な表情になって話すイージオ様に、プッと小さく噴き出してしまった。


相手のいい所を褒めてそれを否定されて説き伏せに掛かる。


それはまるで出会った事の私達のやり取りそのもの。


ただ、あの時とは言う側と言われる側の配役が逆になってるけどね。



「私、本当はイージオ様にはもっとピッタリの可愛くて優しいお姫様が似合うと思うんですよね」


そう、例えばスノウフィア王女とかスノウフィア王女とかスノウフィア王女とか……。


以前に町中であった時の彼女はとても危うくて頼りない存在に思えたけれど、魔女の断罪の時の様子を見て考えを改めた。


改めたら、彼女が本当に素敵なお姫様に見えてきて、イージオ様とお似合いだって思えてしまった。


「えっと……これはもしかして、私は振られ……」

「振ってはいません!!」


サッと顔を青褪めさせてとんでもない事を言おうとしたイージオ様の言葉を遮って即否定する。


振るにしても受け入れるにしても、その選択権は私ではなくてイージオ様のものだと思う。


私のような平凡な一般市民が美貌の王子様を何の理由もなしに振ったりなんかしたら、「お前は何様のつもりだ!!」とイージオ様ファンと人達に怒られてしまう。


否。むしろ怒るだけならまだ良い方かもしれない。


何せ彼のシンパは多い上にイージオ様を崇め奉っちゃってる人達までいるのだから。



「それならまず、恋人候補の友達位からでも良いから考えてみて?私はもっともっといっぱい、そしてこれから先ずっと君と楽しいお喋りをしたいんだ」


そういうと、イージオ様は握手をしていたはずの手をいつの間にか横にして、まるでお姫様をエスコートする時のように私の手を持ち上げ、ソッとその整った顔を近付け口付けを落とした。


……ヤバい。鼻血出そう。ってかむしろ心臓が止まりそう。


このシチュエーション確かに乙女の夢だけど、乙女と言えるか怪しくなった年齢の女には少々刺激が強過ぎる。


いや、年齢は関係ないかもしれない。


イージオ様が格好良過ぎるのがいけないんだ。


これを元仕事のそれなりにいい歳をした同僚のチャラ男くんがやったら、ネタとして爆笑するか、「セクハラで訴えるぞ!」と叫ぶかのどちらかだ。


「……でも、イージオ様にはスノウフィア王女がいるじゃないですが。容姿も身分も釣り合わない私なんかを選ぶよりそっちの方がよっぽど……」


自分で言ってて胸が痛い。


本当はそんな事言いたくないのにまだウジウジとそこに拘ってしまうのは、私が恋に臆病になった大人だからだろうか?


「ミラは可愛いよ。その真っ直ぐで元気な笑顔がとてもね。身分については……これから追々考えていこう。きっとリヤルテが良い案を考えてくれるさ」


本当はリヤルテさんに任せっきりにする気なんてないのに、わざと冗談っぽくそう言うイージオ様を見ていると、何とかなるものなのかもしれないなんて楽観的に考えてしまいそうになる。


世の中そんなに甘くないって事は十分承知して……



「そう仰ると思って、ホワイティス国王と交渉してきましたよ」


「は?」


「え?」


いつの間にか音もなく開かれていた扉の前には、丁度話題に上がったリヤルテさんの姿があった。


そして、その後ろには国王陛下とスノウフィア王女が苦笑を浮かべて立っている。


って、「音もなく」はこの場合駄目でしょう?


だって、ここは淑女の寝室だよ?ノックくらいは最低限しようよ。



「……リヤルテ、お前いつからそこに?」


2人してポカーンと口を開けて固まっていた私とイージオ様。


先に再起動して非難の色を込めた口調で尋ねたのはイージオ様の方だった。


「つい先程……具体的には振られた振ってないというやり取りをしている辺りからでしょうか?扉越しにも御2人が2人の世界を作っているのが感じられましたので、お邪魔をしないように物音や気配を消す魔法を使わせて頂きました」


「そ、そんなところから聞いてたの?……気遣いの方向性が間違っていると思うんだけど?」


頬を引き攣らせながら冷静に注意をしようとするイージオ様。


だけど、私に言わせれこれは気遣いの方向性云々の話以前に、盗み聞きをして楽しみたかっただけ……要するに確信犯だと思う。


だって、リヤルテさんが物凄くいい笑顔をしているから。



「それは失礼しました。では次回から気を付けるかもしれません」


「それって絶対気を付ける気がないよね!?」


「細かい事は気にしないで下さい。それより、今はミラ様の今後についてですよ。……それが終わらないといつまで経っても帰れなそうなんで、ちゃっちゃと話をまとめちゃって下さい」


何だかよくわからないけれど、リヤルテさんはどうやら私の為になる何かを国王陛下と交渉してくれたみたいなんだけど……後半だだ漏れている本音が、いつも通り全てを台無しにしてくれている。


でも、これがリヤルテさんの通常運転。今更変えろと言っても変えれないくらいにはこの人の性格は捻じれに捻じれまくっているだろうから仕方ない。



それより……


「国王陛下、スノウフィア王女、このような格好で申し訳……」

「よいよい。病み上がりに無理はするな」


ホワイティス王国の2大トップのお出ましに、慌ててベッドから起き上がろうとした所、国王陛下が掌をヒラヒラと振って私の行動を制止する。


ちなみに、イージオ様も王子様なんだけど、ベッドから起き上がって挨拶を……なんて考えず、ベッド上で話し続けていたのは、あくまで相手との距離感の問題だと思う。



「ミ、ミラさん!事情は聞きました。改めて今まで本当に有難うございました!!」


国王陛下の脇から私の方へと駆け寄って来たスノウフィア王女が、そのままの勢いで私にギュッと抱きついてきた。


……抱き付いてきた?


王女の急な行動に拒否する事も出来ず、ただ茫然とそれを受け止める。


まぁ、何となく普段のスノウフィア王女のあどけない様子を見ていると、こうやって感情のままに行動しそうだなぁって感じはするから違和感はないけど……私、ほぼ初対面の一般市民だよ?


そして、可愛いけどスノウフィア王女はもう婚姻も出来る立派な王族の淑女のはず、なんだけどなぁ?


「それで……あの……その……ミラさん、私のお姉様になって下さいませんか?」


少し照れたような、それでいて嬉しさを前面に押し出した表情で告げられる謎の言葉。


……え?何それ?どういう意味?これは一体どういう状況?


困惑して、助けを求めるように視線を周囲に向ければ、同じく困惑した様子のイージオ様と「手間を掛けさせやがって」的なオーラを醸し出しつつも説明するのを面倒くさそうに渋るリヤルテさん。そして苦笑する国王陛下の姿があった。




***


一旦私に抱き付いていたスノウフィア王女を引き離したところで、国王陛下を中心に時々リヤルテさんやスノウフィア王女が補足する形で説明された内容はこんな感じだった。


まず、魔女についてなんだけど、無事に新鏡の精に就任して、現在多くの女性魔術師が警備する地下牢に鏡毎閉じ込められているらしい。


何故女性魔術師に警備させているかと言うと、下手に女性に免疫のない男性魔術師が警備についたりなんかしたらい、何かの拍子に魔女の色香に惑わされて愚かな判断をしてしまうかもしれない。これはそうならないようにする為の配慮なんだとか。


……魔女、容姿だけだったら絶世の美女だからね。


そういった意味では同性の方が安心だし、今まで同性……特に綺麗な女性に対して陰湿な言動をしてきた魔女に対する目は、必然的に男性より女性の方が厳しめだ。


「黒の魔女は多くの人間を犠牲にして多くの魔力を得て、己の美貌を保ってきた悪しき魔女です。不老不死まではいきませんが、それに近い力を得ていました」


スノウフィア王女が犠牲にされた人を思ってか、辛そうな顔をしながら話す。


「しかし、それももう終わりです。鏡の中の彼女はもう誰かを犠牲にして魔力を得る事は出来ません。そして、彼女が現在持っている魔力は鏡によって吸い取られていきます。他者を犠牲にして溜め込んだ分の魔力と魔女自身の魔力、その総量を考えれば、その命を終えるには長い長い時間が掛かるでしょう。しかし、これから先、体の老化は止まる事なく進んでいく。私がそうなるように契約を組み直しましたから」


言い切ったスノウフィア王女の顔は、先程までの辛そうな様子から一転、満面の笑みだった。


その笑顔が嬉しそうなら嬉しそうな分、そこに彼女の仄暗い怒りとも恨みとも思える感情が見え隠れしているように私には思えてならなかった。


……それもそうか。


彼女は物語の中で語られる存在とは違い、今目の前で生きている1人の人間だ。


人間ならば酷いめ合えば怒るし憎みもする。


むしろそういった負の感情がない方が違和感があって気持ち悪い。


私はこの時改めて、スノウフィア王女を『白雪姫』という物語の登場人物ではなく、ただの人間なのだという事を痛感した。



「……それは、魔女にとってとても厳しい罰ですね」


やってやったとばかりに清々しい表情をしているスノウフィア王女に思わず苦笑が漏れる。


処刑どころか人の領域を超えた長い生を甘受し続ける一方で、彼女が1番固執していた美貌が老化によって失われていくのを長い間幽閉されひたすら見続けさせられる人生を送る。


そこには生きながらえる事が出来た喜び以上の苦痛の日々が存在するのだろう。


いつか、魔女が自分の老いも含めて「美しい」と感じられるようになれば話は別だろうけど、今の彼女から考えたら長い長い魔女としての一生を以てしても難しい事だろう。


「当然です。黒の魔女は一瞬で与えられる死以上の罪を犯し続けてきたのですから」


フンッと鼻息荒く宣言した後、スノウフィア王女はフッと表情を緩めて視線を落とした。



「……でも、もし魔女が全ての罪を償えるだけの贖罪の時を過ごし、その上で真実の愛を見つけ、相手からも愛されたのなら……一応は鏡から出られるようにはしておきました」


……全ての罪を償うだけの時間。


それはどれ程の時だろうか?


その時まで魔女が生きているかはわからない。いや、むしろ生きている可能性は限りなく0に近いだろう。


それに、どれ位のペースで老化が進むのかはわからないけれど、きっとその頃には王妃は見事な老婆になり果てているだろう。


それからの恋愛はとても難しいと思う。


でもまぁ、恋愛だけが愛じゃないもんね。他の『愛』に期待する事にしよう。


って、私が魔女の将来の事を心配する必要性なんて全くないよね。


「……そうですか」


誰の事であっても、罰の話を聞いたり話したりするのはあまり気分の良いものではない。


今まで20年以上日本で平和に暮らしていた私は、誰かに罰を与える経験なんてした事ないから、慣れない話題に余計にそう感じてしまうのかもしれない。


その後に続いたスノウフィア王女の話によると、このまま魔女と魔女が入っている鏡はスノウフィア王女が管理し、彼女が亡くなった際には彼女の後を引き継いだ人物がしていく事になったそうだ。


もしも魔女と魔女のいる鏡に何かあった際に、唯一対抗出来るだけの力を持っているのがスノウフィア王女だ。


それならば、彼女がしっかり責任を持ち、管理していく方が良いに決まっている。


「後、残る問題はミラさんの事です。ミラさんは我が国の元王妃の悪事の被害者であり、私の命の恩人でもあります。また、ミラさんが協力してくれたからこそ無事に魔女を捉える事が出来たんですから、今後魔女によって苦しめられていく可能性があった多くの民の恩人でもあります。だから、その身柄は責任もってホワイティス王家が引き受けるのが妥当だと言えるでしょう」


「ホワイティア王家が私の身柄を?」


スノウフィア王女の言葉に首を傾げた私に。スノウフィア王女だけでなく、国王陛下まで頷く。


「待って下さい!ミラは私が国に……」


スノウフィア王女と国王陛下の言葉に、イージオ様が慌てたように声を上げる。


私の身柄がホワイティス王家に引き取られるとすれば、イージオ様と共にグリーディオに行き生活する事は難しくなるだろう。


私はホワイティス王家の力を借りつつ、ホワイティス国内できちんと自立した生活が送れるようにならなくてはならないと思う。


まぁ、実際王家がどれ位力を貸してくれるかはまだわからないから、あくまで推測でしかないけれど。



「イージオ殿、このままミラ嬢を連れて国に帰ってどうします?彼女は平民だ。彼女の右手に残る契約の印が貴方の気持ちを示しているものだとしても、結ばれるのは難しいだろう」


国王陛下の尤もな発言にイージオ様がグッと息をのみ、不快気に眉を寄せる。


「身分については追々考えていこう」とは言ってくれたものの、現段階で良い方法は見つかっていないのだから言葉を詰まらせるのも仕方のない事だ。


「それに君は元来、私の娘……スノウフィアとの縁談の意味もあってこの国に来ているはずだよ?そっちについてはどうするつもりかね?」


「どうだ?」と言わんばかりに首を傾げ、片眉を上げて見せる国王陛下。


「それについては……」


今回の縁談については、イージオ様のお父さんであるグリーンディオ国王も絡んでくる国同士の問題である為、否定や反論をしたくても、気持ちが向くままに口に出すわけにはいかない。


だって、それが1人の男の発言ではなく、一国の王子としての言葉だと認められてしまえば、国自体に何らかの被害が及んでしまう可能性が高いからだ。


言いたい事を言葉に出来ず、それでもこの点に関しては譲る気はないのだとアピールするように強い意思が籠った目で国王陛下を見据えている。


私は2人間で交わされる、国を担うものだから発する事の出来るオーラのようなものにあてられて固まる事しか出来なかった。



流れる沈黙。


「さて、どうしよう?」と考え始めた丁度その時、沈黙は第三者によって打ち破られた。


……スノウフィア王女の空気を読まない発言によって。



「お父様、さっきも言いましたけれど、私は年下が良いんです!年上の方は立派な方であれば素敵だと思いますが、タイプではありません」


プゥと頬を膨らませて不満を前面アピールするスノウフィア王女の愛らしい主張に張り詰めていた空気が霧散して、何とも言い難い空気が漂う。


「スノウフィア、物事には……交渉事には順序というものがだな……」


「助けて貰った方が助けてくれた人に要求を吹っ掛けるつもりですか?」


愛娘の非難を帯びた視線に、国王陛下わたわたと急に慌て始める。


何とかあの手この手で機嫌を取ろうとするのだが、どれも上手くいかず「わかった」と一言呟いて肩を落とした。


……愛娘強し。


国王陛下は可愛い娘に嫌われないようにする為に、『交渉』を諦めて『提案』に切り替えたようだ。



「イージオ殿、スノウフィアはこの通りこの婚姻に乗り気ではない。私は今は亡き最愛の妻との唯一の娘であるスノウフィアには嫌われたくないから、この婚姻の話はなかった事にしてくれ」


「それはもちろん良いですが……」


突然の掌を返したような国王変化の対応の変化に、ちょっと戸惑いつつも特に拒否する事なく受け入れるイージオ様。


国王陛下はさっきまで交渉だなんだかんだと言っていたけれど、国王陛下達と一緒に来たリヤルテさんが何も言わずただ成り行きを見守っている辺り、リヤルテさんが最初に言った通り、もう既に交渉は住んでいて、ここでのやり取りは国王陛下の茶目っ気満載の茶番でしかなかったのかもしれない。


……無駄に緊張して損した。


「だが、我が国としても、この辺でグリーンディオ王家との繋がりはしっかりと作っておきたかったのも確かだ。そこでだが……」


国王陛下がチラッと私の方を見て、一瞬だけだけと視線が合う。


その目がニヤリッと意地の悪そうな弧を描いた事を私は見逃さなかった。



「今度、色々と事情があって私は娘1人を養子として迎えようと考えている。その娘が実は年の頃がイージオ殿と丁度良さそうでなぁ……」


国王陛下の言葉の意図がいまいち組み取れていないのか、パチパチと瞬きを繰り返すイージオ様に、国王陛下が楽しそうに笑う。


「その娘はスノウフィアとこの国の恩人でな、亡き妻の無念を晴らす一端も担ってくれた。元々の身分はわけ合って話せないが、この国での働きは十分王女として認められるだけのものがある」


イージオ様と2人で顔を見合わせる。


お互い国王陛下の言おうとしている事は理解できていると思う。


理解した上で、色々と突っ込みたい。


だって、私はそんな大層な事はしていないし、身分だって『日本の』という言葉を抜かせば、ただの平民でしかない。


ってか、働きが認められたら王女として認められるなんて話は聞いた事がない。


王女はあくまで王の娘という立場であって、爵位のように活躍に応じて与えられるようなものじゃないはずだ。


「どうだ?私の新しい娘、ミラ王女を国同士の友好の証として妻に迎えてはくれないか?」


「はい、喜んで!!」


「え!?」


顔を見合せて一緒に戸惑っていたはずのイージオ様が、国王陛下が私を妻に迎えるようにと言った途端、パッと私から視線を外し国王陛下に向って満面の笑みで頷いた。


「そうかそうか、それは良かった。後はグリーンディオ国王にその旨を伝えて了承を頂けば良いな」


「父の説得は私の方でもしっかりとさせて頂きます」


「え?ちょっと待って!!」


花嫁(仮)を置いて話がどんどん進んでいく。


「スノウフィア王女、本当に良いの!?貴方イージオ様の事が好きなんじゃ……」


ニコニコと微笑み中が私達のやり取りを見守っていたスノウフィア王女に詰め寄る。


年下の方がとか何とか言ってた気がするけど、貴方白雪姫でしょ?王子と結ばれるお姫様なんでしょ!?


「いいえ。私年下の可愛い方の方がタイプなんです。でも、一般的には年上の妻はあまり好まれないんで、その点は悩みどころですけど……。小人さんの所とか、年上なのに年下……永遠の見た目的年下の男性がたくさんいて幸せでした」


ちょっと、何言ってるのこの子!?


ほんのり頬を染めて初恋を語るような顔になる美少女。


見た目は可愛いけど、言っている事は可愛くない。


だって、このまま順調に成長して言ったら、最終的にショタコンに進化する未来しか見えない!!


「でも、彼等は森から離れたくないみたいだし、身分的にも結婚するのは厳しそうなんて、ヤミアス様にしておこうかと今は考えているんです」


え?それって妥協してヤミアス王太子って事!?


あんだけスノウフィア王女に好き好きオーラ出している彼が聞いたらショック受けるかもよ!?


「あ、別に妥協とかじゃないですよ?彼への恋は今育て中なだけで。ヤミアス様って、棺に入った私を見て『例え死んでいても国に連れて帰ろうと思う位私のスノウフィア王女が好きだ』って思って下さったんですって。素敵だと思いませんか?」


「思いません」


即答した私に、スノウフィア王女が「あれ?おかしいなぁ?」と首を傾げる。


私からしたら、同意を得られなくて不思議がる貴方の方が不思議です。


ってか、今、何だか重要な事実に直面した気がした。



「スノウフィア王女、ヤミアス王太子は王子様ですよね?」


「もちろんそうですよ」


「クロウェルって隣国で、小人のいる森と繋がってます?」


「あの森はクロウェルとグリーンディオの二カ国と繋がってたはずですよ」


「ヤミアス王太子はスノウフィア王女に一目惚れ?」


「いやだ、お姉様ったら!!恥しいじゃないですか!!」


……私はまだ貴方の姉じゃありません。


「そして、棺桶に入った貴方でも自国に連れ去りたいと」


「ロマンチックですよね!」


少なくとも私はそこにはロマンを感じれません。


「はぁぁぁぁぁぁ……」


お腹の底から息を吐き出すように、大きな溜息を吐いた。


大変な事に今更ながらに気付いてしまった。



「スノウフィア王女の王子様はヤミアス王太子なんですね?」


「その予定です!やだもう、お姉様ったら!!何言わせるんですか」


私達のやり取りに国王陛下が遠い目をする。


「娘はまだ嫁にやらん」とか呟いているような気がするのはあくまで気のせいだ。


「ミラ?」


今まで何の疑いもせず、イージオ様こそがスノウフィア王女の王子様なんだと思い込んでいた私は、その衝撃の事実に国王陛下と一緒に遠い目をしていた。


そこに近寄って来たイージオ様が私の手を取り、再び私の手の甲に口付けを落とす。


「これで障害はなくなった……とまでは言わないけど、かなり減ったよ?だから、また私と一緒にまた立ち向かってくれないかな?」


至近距離で上目遣いにイージオ様が私を見る。


美しい人の上目遣いはまさに凶器だと思う。


ついつい頷きたくなってしまうではないか。


「ちなみに身分問題が解決した後の1番の障害は?」


「……多分、義母上との嫁姑問題?」


「それはとても大変そうですね」


イージオ様の家庭環境……というか義母と兄弟との仲の悪さは一部とはいえわかっているつもりだ。


鏡の中で色々と調べたりしていたから。



「でもまぁ、お姫様が王子様と結ばれるのに義母問題は付きものですよね?」


主にお伽話の世界では。


私の言葉の意味がわからないのか、イージオ様はキョトンとして首を傾げる。


そんな姿も麗しい。


こんな綺麗な人のお姫様になれるのなら……もういっちょ、お局様(仮)と闘うのもありかもしれない。




これにて本編完結です。

読んで下さった皆様、本当に有難うございました。


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