45.私だけの物語
フレアに連れられ廊下を歩いていると、ふいに彼を見つける。
私の元婚約者で、二度私にふられた人。
アルマは多くの女性に囲まれている。
「アルマ様! よければ今後、お食事でもいかかですか?」
「そうだね」
相変わらずの作り笑い。
貴族らしく振舞い、当たり障りなく友好的に接する。
ぱっと見、彼は変わっていないように見えた。
「――でも、すまないね。君とは一度しか話したことがないし、あまり気が合いそうにないから、食事は遠慮しておくよ」
「え……そ、そうですか?」
「うん、ごめんね」
「……驚いたわね」
あんなにキッパリと女性の誘いを断るなんて、私が知るアルマらしくない。
周囲の眼もあるし、立場もある。
とりあえず友好的にしておこうと、彼ならすると思っていた。
彼も変わっているんだ。
貴族としての地位や権力しかない自分を変えようとしている。
自分の気持ちを正直にさらけ出す。
変わっていく私を見て、それを真似ている。
「――また悪だくみか?」
「わ! セイカ先輩!」
アルマを観察している私たちの背後に、いつの間にかセイカが立っていた。
驚くフレアは咄嗟にベルフィストを前に出す。
「お願いします!」
「何を……はぁ、まったく人使いが荒い」
呆れながらもベルフィストは友人と向き合う。
「悪だくみなんてしてないぞ。ただふらっと学園を散策していたら、知ってる奴を見つけただけだ」
「そうなのか? 私はてっきり、また隠し事でもしているのかと思ったが」
「隠し事ならある。言えないけどな」
「おかしいな。友人に隠し事か」
「お互い様だ」
この二人は友人だけど、独特の距離感がある。
本気でぶつかり合った今も、その辺りは変化していない。
「ほどほどにしておけよ。お前たちは目立つ」
「わかってる」
セイカは忠告だけして、去って行こうとした。
そんな彼の後姿を見つめながら、ベルフィストが呼び止める。
「セイカ!」
「なんだ?」
彼は振り返る。
ベルフィストは得意げな表情で指をさす。
「前よりいい顔するようになったな」
「――! そうか?」
「ああ、ほんの少し、だけどな」
「ふっ」
セイカは微笑み、私たちに背を向け歩き出す。
私にはわからないけど、友人のベルフィストにはわかるのだろう。
セイカの変化が……。
ひょこっとフレアが私の視界に顔を出す。
「どうでしたか?」
「どうって……」
「皆さんの様子です! 誰か一人でも、不満そうな顔をしていましたか?」
「……してはいなかった、わね」
いえ、それどころか……。
「楽しそうでしたよね?」
「――そうね」
確かに、そう見えた。
ライオネスも、メイゲンも、ビリーも、アルマも。
「セイカもな」
私が変えてしまった五人の勇者たちは、みんな活き活きと日々を過ごしている。
フレアは後ろに手を組みながら、くるりと回って話し出す。
「スレイヤさんはきっと、本の中での出来事が、みんなにとって幸せだったと思っているんですよね?」
その通りだ。
本の中には彼らの想いが綴られていて、エンディングにたどり着いた時、彼らの心は幸せで染まっていた。
たから、彼らにとって正しい結末は……あの物語通りに進むこと。
そう思っているから、歪めてしまったことへの罪悪感が膨れあがる。
「本当にそうですか?」
フレアは問いかける。
悩む私に。
「見てください私を! スレイヤさんの言った通りの主人公じゃありません! 全然違う日々を送っているけど、とっても幸せですよ!」
「フレア……」
「他の皆さんだってそうです。みんな今が幸せそうでした。そうさせたのは、スレイヤさんですよ」
私が変えたから、みんな幸せになれた。
フレアは優しくそう言ってくれる。
だけど、そう言ってくれる彼女こそ、本来その役目を担うはずだった。
「私じゃなくて、あなたにできたことよ」
「そうかもしれません。けど、今いる場所を気に入っています。みんな幸せになって、スレイヤさんがいて、一応この人いて」
「一応は余計だ」
ぶーっと睨み合う二人。
呆れたように笑い、私を見る。
「私は幸せですよ。本の中の私がどれだけ幸せだったのか知りません。そもそも、幸せに優劣なんてないですよ。どっちも幸せなら、それでいいんです。何度でもいいます。私は幸せです! スレイヤさんとお友達になれたから」
「――フレア」
彼女の明るい笑顔が、私の心を照らしていく。
温かくなって、満たされていくように。
「君は本に影響されてすぎているんだよ」
「ベル……」
「本は本、どこかの誰かが妄想した物語だ。だけど今ここにある現実は、俺たちが体験している今は、間違いなく自分自身のものなんだよ」
「そうですよ! 私たちにとってスレイヤさんは、今のスレイヤさんしかいません!」
二人の視線がまっすぐに向けられる。
スレイヤの中にいる私自身を、ちゃんと見てくれている気がして……。
私がここにいてもいいのだと、教えてくれるように。
「私は……スレイヤじゃないわよ」
「私たちにとっては、ここにいるスレイヤさんが全てですよ」
「……主人公は、私じゃないわ」
「それは本の中では、の話だろう?」
二人は口を揃えて言う。
悪役ヒロインでしかない……その役に入っているだけの私に向けて。
「いいですか? これはスレイヤさんの人生です! だったら、その人生の主役はスレイヤさんです」
「脇役なんていないんだよ。人生の主役はいつだって自分だ。俺たちがそうであるように、君も……君の人生の主人公だ」
二人の言葉が、私の心を満たす。
そうか。
これは私が知っている本の物語じゃない。
スレイヤ・レイバーンの物語でもない。
私が進む道は、私が選んだ先は……。
私だけの物語だ。
「――ありがとう」
スッキリした心で、私は感謝を口にする。
明るくて優しい友人と、魂で結ばれた夫に向けて。
これは私の人生だ。
私が……幸せを掴む物語だった。
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レーベル:双葉社Mノベルスf
イラスト:NiKrome先生
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