43.罪悪感
私はベルフィストと向き合う。
「何をすればいいの?」
「うーん、そうだな。いろいろと方法はあるが……」
ベルフィストは顎に手を触れ、視線を斜め上に向けて考える。
考えをまとめた彼は視線を私に戻し、笑みを浮かべる。
「うん。やっぱりこの方法が一番合っている気がする」
キョトンとする私の肩を、ベルフィストは両手でがしっとつかみ、引き寄せる。
顔と顔が近づき、もう少しで胸が当たる距離。
互いの心臓の鼓動すら、かすかに聞こえそうなほど近い。
身長差で私は見上げて、彼は私を見下ろす。
この時点で私も、彼が何をするつもりなのかを察した。
「ちょっとベルさん! 何するつもりですか!」
「見ての通り、契約だ。ピッタリだろ?」
「勝手に……他の方法は――」
「大丈夫よ、フレア。私はこれで構わないわ」
「スレイヤさん……」
フレアは心配そうな顔で私を見つめる。
無理をしていると思われているかもしれない。
確かに少し驚いた。
そういう経験の少ない私にとって、この行為には大きな意味がある。
けど、私は……。
「私もピッタリだと思うわ」
契約すれば、私は彼の妻になるんだ。
だったら丁度いい。
誓いを立てるのに、これ以上の行為はないだろう。
「そうこなくちゃな」
フレアが見守る中、ベルフィストの顔がゆっくり近づく。
見られているのは少し恥ずかしい。
不安は多少あるけれど、ベルフィストが私を引き寄せる手が優しくゆっくりで、強引さも感じなくて……。
逃げる余地すら残してくれていることに気付く。
その小さな優しさにほだされて、私はすっと目を瞑る。
そうして……キスをした。
愛し合う者同士が、お互いの気持ちを確かめるためにする行為。
物語の中でしか見たことがなかった。
そういう描写は何度も見ている。
体験して、初めてわかる。
キスって柔らかくて……温かいんだ。
相手の存在を強く感じながら、この瞬間を噛みしめる。
触れ合う箇所は小さいのに、どうしようもなく満たされる。
彼から何かが流れ込んできた。
温かさと一緒に、激流のような力の波が。
その奥に、冷たくて暗い何かが眠っている。
私は理解する。
これこそが、彼の魂なのだろう。
唇が離れていく。
ほんの少し、名残り惜しさを感じながら。
「終わったの?」
「ああ、これで契約は完了した」
「そう……」
「なんだ? もう少し続けていたかったか?」
ベルフィストは意地悪な笑みを浮かべる。
多少なり思ったことを見透かされ、私は頬を熱くする。
それを悟らせないように否定する。
「残念ね。私はそこまで初心じゃないわ」
「そうかそうか。それは残念だ……」
彼の見透かしたような表情……ちょっとムカつくけど何も言えない。
初心じゃないなんて嘘っぱちだ。
今も唇に残る温かさを感じて、心臓の鼓動が普段より早い。
「スレイヤさん大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ」
「本当の本当に大丈夫ですか?」
「心配いらないわ」
身体に異常はない。
契約が終わった後も、特に肉体の制限はないらしい。
これで私は彼の妻になり、彼は私の安全を生涯保証することが決まった。
私はベルフィストに確認する。
「力は?」
「……残念だけど未回収だ」
「そう」
予想した通り、私の心の隙間は身の不安ではなかったらしい。
「だったら契約は無効ですよ!」
「残念。一度結んだ契約は、どちらかが死なない限り破棄されない」
「じゃあベルさんお願いします!」
「ひどい女だな……」
プンプンとフレアは怒る。
確かに無駄骨感はあるけれど、これで一つの可能性を潰せた。
心の隙間を作っている要因は彼じゃない。
だとしたら……。
「一体何が……」
わからない。
パッと考えても思いつかない。
悩み私にベルフィストは言う。
「だったら確かめればいい。自分の目で」
「考えてはいるわよ」
「違うさ。考えるんじゃなくて、目で見て確かめるんだ。自分自身の本音を……今ならできる」
そう言いながら、ベルフィストは指を向ける。
私の額にちょんと触れた。
瞬間、意識が薄れる。
「え……」
「スレイヤさん!」
◇◇◇
視界が突然真っ暗になった。
気が付けば私は、真っ白で何もない空間にポツリと立っている。
「ここは……」
「ようこそ、精神世界へ」
「ベル……」
振り返ると彼が立っていた。
情けないけど、少し安心する。
「何をしたの?」
「俺と君の魂は繋がっている。だからこうやって、互いの精神を連結して覗くことができるんだ。ここは君の精神世界……心の中だ」
「私の心……」
周囲を見渡す。
何もない。
殺風景を通り越して、眩しいくらいに白い。
「安心しろ。今から流れるぞ」
「流れる?」
「よく見てみるんだ。君は、もう見ている」
彼の言葉を合図に、真っ白だった視界に映像が流れる。
無数の、異なる景色が四方八方に広がる。
「これは……」
記憶だ。
私自身の……私がスレイヤに転生してから今日までの記憶。
それを客観的な視点から見ている。
記憶と一緒に、その時々の感情や考えも流れてくる。
自分のことなのに、こうして改めて見ると不思議な感覚だ。
「いろいろあったのね」
期間としては短い。
だけど、一日一日が色濃くて、激しく移り変わる。
スレイヤとして生きる私が見える。
私と関わることで、変化する人たちの姿もある。
「――ああ、そっか」
ようやくわかった。
私が何に悩んでいるのか。
心の隙間を生み出す理由……。
罪悪感だ。






