39.友の叫び
二人が衝突する。
と同時に、私は隔離結界を展開した。
「スレイヤさん! 二人を止めなくていいんですか!」
「……これでいいのよ」
不安そうに尋ねるフレアに、私は静かに答える。
「この二人は……戦わなくちゃいけないわ」
セイカ・ルノワール。
一学年上の先輩で、二年生の主席を務める逸材。
座学、実技ともに学園トップの実力者。
原作において、五人の勇者の中でも彼の実力は抜きん出ていた。
魔法使いとしてのセンスはビリーに劣るものの、培われた経験と技術で彼すら凌駕する魔法使いとして描かれていた。
彼が抱える問題、秘密はこの学園と深く関わっている。
単純な解決は難しい。
少なくとも、私やフレアには不可能だ。
「初めてだな。お前とこうして戦うのは」
「そうだな。なんだかんだ喧嘩もせず仲良くやってたからな! 俺たちは!」
「……ああ、仲良くな」
セイカは水を操る魔法陣を展開し、生成した水を生き物の形に変化させる。
鳥、狼、ゾウ、イルカ。
様々な動物の形に変えた水を操り、ベルフィストを襲う。
対するベルフィストは魔力による身体強化を施し、拳に冷気を纏わせる。
彼の拳が衝突すると、水の生物が一瞬で凍結して粉々に砕け散る。
「やるな。けど、その方法じゃこの数は捌けないぞ?」
ベルフィストの周囲を、数十体の水の像が囲む。
逃げ場はない。
完全に囲まれたベルフィストは、ニヤリと笑みを浮かべて両手をあげる。
降参?
まさか、そんなわけがない。
彼は魔王の依代、この程度の包囲なんて、簡単に打ち破れる。
「俺をなめるなよ」
ベルフィストは振り上げた拳を勢いよく振り下ろす。
殴ったのは地面や敵ではなく、空気だ。
空気を叩き、その衝撃は周囲に拡散する。
空気の振動、衝撃波によって動きが一斉に止まった水の偶像は、次の瞬間消滅する。
「今のは……魔法の強制解除?」
「正解だ」
それは、魔王である彼だけが成せる御業。
魔力そのものを操り、放出することで相手の魔法を妨害する。
セイカの魔力によって制御されていた水の偶像は、ベルフィストの魔力が混ざったことでコントロールを失った。
「そんなことできる人、初めて見たよ。驚いたな」
「そうか? 驚いたようには見えないけどな」
「いや驚いてるよ。まさかお前が、ここまで戦える奴だったなんて」
「……はっ! それこそ心にもないだろ! お前は最初から警戒していたはずだ! だからこそ、お前は俺に近づいた。学園の守護者として監視するために」
二人は向き合い、視線を合わせる。
原作でもそうだった。
セイカは唯一、ベルフィストが魔王の依代である可能性に気付いていた。
厳密には疑っていたんだ。
「入学式の時、お前から声をかけられたのには驚いたよ。学園長の期待の孫って噂は聞いてたから、なんでそんな奴が俺にって思ったさ」
「偶々だよ。入学式の席が隣だった。それだけだ」
「そうだろうな。あの時は偶然だ。お前が俺を疑い始めたのは、一年の終わり頃からだろ?」
「ベルフィスト……さっきからまるで、疑っているのは正しいと言っているように聞こえるぞ」
セイカが問いかける。
ベルフィストは……いいや、サタンは笑みを浮かべる。
「そう言ってるんだよ」
「……」
「お前が睨んだ通りだ。俺の中には魔王サタンの魂が宿っている」
「――!」
一瞬の驚愕の表情、の直後には冷静な表情に戻っていた。
納得したのだろう。
胸の中にあったモヤモヤが、目の前で真実という形になったから。
「ちょっ、ちょっといいんですか? あの人ばらしちゃいましたよ!」
「構わないわ。どうせ彼で最後よ」
私は見守る。
以前、セイカは最後にしてほしいと彼は言った。
その理由はもしかしたら、最初からこうするつもりだったのかもしれない。
彼はすでに知っている。
物語の中で、自身とセイカがどういう結末を迎えたか。
それが彼にとって……ベルフィストという人格にとって不本意だったことを。
「信じた、って顔してるな」
「……普通は信じない。けど、さっきの攻撃は普通じゃない。魔力をそのまま操るなんて人間には不可能な芸当だよ」
「ああ、だから見せた。わかりやすい証明だろ?」
「……お前は、ベルフィストじゃないのか?」
初めて、彼は睨むようにベルフィストを見つめた。
「俺は俺だ。混ざり合っている状態、どちらが主とかはない」
「……そうか」
セイカはどこかホッとした表情を見せる。
しかしすぐ真剣な表情に切り替わり、ベルフィストに問いかける。
「お前がサタンの魂を宿しているなら、私も立場上見過ごせない。抵抗しないなら……身の安全は保障する」
「それは無理だな。言っただろ? 混ざり合ってるんだ。お前が考えていることなんて簡単にわかるぞ」
「ベルフィスト……」
「サタンでもある。が、安心しろ。お前が思っているようなことは考えていない。俺は人間に害をなすつもりはないからな。今まで通り、普通に学園に通うだけだ」
セイカは僅かに動揺を見せる。
魔王の言葉か、ベルフィストの言葉か判断しかねているのか。
仮に事実だとしても、彼の立場は見過ごせない。
「それはダメだ。お前のことは今後、学園側が管理する」
「管理じゃなくて幽閉だろう? 魔王はいいサンプルだから、さぞ学園も喜ぶだろうな」
「……」
「怖い顔をするな。そこまで踏み込む気はない」
学園が裏で何をしているのか。
彼はすでに知っている。
私が話したからではなく、魔王としての感覚でわかっていた。
この学園が……ただ生徒を育てる場所ではないことを。
セイカが一体、何を守っているのかを。
「俺は自由に生きる。止めたければかかってこい」
「……そうするしか、ないか」
二人は再び衝突する。
力を隠すことを辞めた魔王と、相手の実力を認めた学園最強。
二人が本気で衝突すれば、決着がつくまで止められない。
いいや、私なら割って入れる。
けど……。
「無粋よね」
ここから先は、友の時間だから。






