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38.最後の一人

「運がよかったな」


 私たちはいつものように中庭で集まり、作戦会議をする。

 昨日の話を済ませて、ベルフィストがそう言った。

 運がよかった。

 まったく、その通りで返す言葉もない。


「いいじゃないですか! ちゃんと回収できたんですよね?」

「ああ、バッチリだ」

「なぜかね」


 昨日、あの場にはベルフィストも隠れていた。

 失敗したはずだった。

 アルマの心の隙間を埋められなかった。

 そう思っていたのに、後で聞いたら驚く回答がベルフィストから飛び出した。


「俺も驚いたよ。まさか飛び出てくるなんてな」


 アルマの身体から、魔王の力の一部が放出されたらしい。

 結果的に、私は目的を達した。


「何一つ予定通りにいかなかったわ」

「見ていてヒヤヒヤしたぞ。予定外の行動をしたときは特に」

「そうでしょうね。反省してるわ」

「別に俺は構わないけどね。前にも言った通り、本気で困るのは俺じゃない。君が何を優先しようと、それは君の選択だし、意志だ」


 彼は遠回しだけと、忠告している。

 今回、私は自分の感情を優先して、アルマを拒絶した。

 それが偶々上手くハマったおかげで目的を達成できただけだ。

 取り返しのつかない結果になることだってありえた。

 その場合、私たちの契約は破綻する。

 

「ま、そういうところも含めて、俺は君に期待してるんだけどね。君は意志も強い。俺に挑んでくるだけの力がある。どうせなら、ちゃんと目的を達成して嫁になってほしいな」

「お嫁さん……本気でなっちゃうんですか? こんな変人と?」

「君は相変わらずひどいことを言うな」

「事実ですから! スレイヤさんにはもっといい人がいますよ!」

「ありがとう。でもいいのよ。私は、ちゃんと生きたいだけなの」


 本来ならば破滅し、死を迎えるだけのエンディング。

 それを回避するために奮闘している。

 彼と結婚することだって、そのために必要な過程だ。

 少なくとも今のところ、拒絶するほど彼のことを嫌ってはいないから。


「もし嫌になったら、その時は戦うだけよ」

「ははっ! 望むところだよ」

「私はスレイヤさんの味方です!」

「心強いわ」


 その時はその時だ。

 今はまだ、考えなくていい。


「次が最後の一人ね」

「セイカ先輩ですよね? 私は一回しか話したことないので、ほとんど知らないのですけど……私にできそうなことなら頑張ります!」


 フレアは張り切っている。

 アルマの件で断ってしまった分、ここで役に立とうとしてくれているのだろう。


「ありがとう。でも、今回は大丈夫よ」

「……また、無茶なことをするんですか?」


 彼女は心配そうに私を見つめる。


「大丈夫よ。頑張るのは私じゃなくて――」


 私の視線はフレアではなく、もう一人に向けられる。


「俺か」

「ええ、あなたの出番よ」


 セイカ・ルノワールの友人キャラクター。

 彼のお話において、ベルフィストはかなり重要なポジションにいた。

 きっかけを作ったのはフレアだけど、問題の解決に一番貢献したのは間違いなく……。


「ベル、あなたの言葉なら彼に届くわ」

「……ふぅ、まぁいいか。これで最後の一人だしな。俺も頑張ろうか」

「ええ、頑張ってね? 私と結婚したいんでしょ?」

「ああ、ぜひしたいな。そのためにも、セイカは俺に任せて――」


 ほぼ同時に、私とベルフィストは気配を察知する。

 がさりという音で、遅れてフレアが気づく。


「――へぇ、私のこと話してくれていたんだ? 気になるな」


 木陰から不気味に、彼は姿を現した。

 物語の勇者、最後の一人。

 セイカ・ルノワールが。


「え、セイカ先輩!?」

「やぁ、フレアちゃんだっけ? 会うのは二度目だね」

「は、はい! この間は道に迷っているところを助けて頂いてありがとうございました!」


 フレアが勢いよくお辞儀をする。

 この子は……またどこかで迷子になっていたのね。


「気にしなくていいよ。今日は迷っている……わけじゃなさそうだね」

「あ、はい。えっと……」


 フレアは反応に困っている。

 セイカの眼は不思議な色をしていて、あの瞳で見つめられると、なぜか自分の心を見透かされているように感じる。


「セイカこそ、こんな場所で何をしてるんだ?」


 気軽に尋ねたのは、彼の友人であるベルフィストだ。

 二人が学園に入ってから知り合い、仲良くなっている。

 幼馴染でもなければ、親友とも呼べない。

 少し、不思議な距離感がある。


「お前がこんな場所に来るなんて珍しい」

「そうか? 確かにここは、よくお前が来る場所だったからな。邪魔をしちゃ悪いと思って少し避けていた」

「なんだ遠慮してたのか? 俺とお前の仲なんだ。そんな遠慮はいらないぞ」

「そうだな。まったく……だからショックだよ。隠し事をされていたなんてね」


 セイカの視線が冷たくなる。

 睨んでいるわけではなく、ただ静かに見ている。

 私たちを、不思議な瞳で。


「君たち、最近こそこそ何かしているね?」

「なんだなんだ? 俺がこっそり美女二人と会っているからって嫉妬か?」

「ははっ、ただイチャついているだけなら私も気にしなかったよ。けど……ここ数日、何度も無断で魔法を行使しているだろ?」

「――! なんのことかな?」

「惚けるなよ。お前は知っているはずだ。ここは私の学園だよ?」


 彼はこの学園のトップの孫であり、彼の手足でもある。

 学園内で不審な動きがないか。

 常に警戒し、対処するのはセイカに与えられた役割の一つだった。

 それなりに派手に動き回ったから、気づかれているとは思っていたけど……。


「向こうから接触してくるとはね」


 ちょっと予想外。

 これから作戦を伝えて準備するつもりだったけど、これは無理そうね。


「何をしていたのか、君たちの目的を教えてもらえるかな?」

「断る、と言ったら?」

「その時は仕方がない。力ずくで聞き出すまでだよ」


 彼の視線はより冷たくなる。

 本気だ。

 もはやごまかしは通じない。


「ベル、あなたの出番よ」

「わかってるよ。こいつの相手は……俺がするべきだ」


 セイカの正面に、ベルフィストが立ちはだかる。


「何のつもりだ?」

「邪魔はさせない。俺たちの目的も話せない」

「そうか。なら、仕方がないな」

「ああ、力ずくで聞き出してみるしかないな!」


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